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美しいくらし
旅する写真家に聞く世界の「最も美しい村」 写真家
吉村和敏
第4回 イタリア編:ホテルから見た絶景
 吉村さんが撮影した写真を見ていると、その村にしかない、かけがえのない風景の美しさはもちろんですが、昔のままの姿で存在し続けている尊さ、ゆっくりと時間が流れる心地よさを感じます。それこそがヨーロッパの「最も美しい村」の魅力なのかもしれません。その魅力を繰り返し目にしてきた吉村さんは、イタリアで何を感じたのでしょうか。

ウンブリア州のスペッロ村


イタリアでは村人の気質、のどかな生活感を味わって
「意外に生活感があるなあ」。それが「イタリアの最も美しい村」の第一印象でした。フランスの厳格さとは異なり、それほど手入れが行き届いているとは言えない古い建物があったり、中には廃れてしまった場所があったり。これは美しい村の数の多さも関係しているかもしれません。
 僕が取材したときは、協会に認証された村が234、今は確か300を超えていると聞きます。それだけに、村によっては「“最も美しい村”に選ばれている認識が低いのかな?」という印象です。言い方を換えれば、イタリアの村の人たちは、いい意味で「歴史的建築物の中で普通に暮らしをしている」のだと思います。

 たとえば、中部のウンブリア州にあるスペッロは「花の絨毯の村」として有名で、迷路のような路地裏が花で埋め尽くされています。どこまでも続くこの美しさに観光客は心を奪われてしまいますが、彼らがおもてなしの意味で花を飾っているかというと、そうではありません。美しい花の光景はこの村の気質の表れであり、あくまで地元の人たちが自分たちの楽しみとして飾っているのです。そこがすてきだと、僕は感じます。路地裏を散策しながら村人の心の豊かさが感じられるのも、イタリアの村をめぐる醍醐味の一つです。

シチリア州にある村、ガンジ

 南部のシチリア島にあるガンジは、別の意味で生活感がありました。州都パレルモの背後に連なるマドニエ山地の一角にあるこの村の歴史は古く、言い伝えによれば、紀元前1200年頃、クレタ島から渡ってきたギリシャ人によって造られたそうです。1つの山の斜面を覆いつくすガンジの家並み、その景観は驚きに値します。
 いくつもの山を越え、目の前に村の全景が飛び込んできたときは、さすがにびっくりしました。目を凝らしてみると、家々のバルコニーには洗濯物が干され、花に水をあげている人もいて、遠くから村人の暮らしを眺めるのは楽しかった(笑)。しかし、「ようやく大きな観光地に来た。ここで食事をしよう」と、村の中心まで行ってみましたが、レストランがどこにもないのです。あるのは大聖堂や石造りの建物など建築遺産と村人の暮らし。フランスで感じた地上の楽園とはひと味違う、のどかな生活感が漂う山岳の村の空気を味わいました。

シチリア州のチェファル村

 ちなみに、同じパレルモの海沿いにあるチェファルは対照的に観光地化され、メインの通りには土産物店やリストランテが軒を連ね、ずいぶんとにぎやかでした。ここは、映画『ニュー・シネマ・パラダイス』のロケ地としても知られています。シチリア島の2つの村を1日かけて周遊するのもおすすめです。

ホテルオーナーからのサプライズ・プレゼント
 南部のカラーブリア州にあるモラーノ・カラブロへはシーズンオフに行きました。円錐型の山の上から麓まで家がびっしりと密集していて、その景観は少しフランスのモン・サン・ミッシェルを彷彿とさせます。

カラーブリア州のモラーノ・カラブロ村

 このような地形の村めぐりをする際、僕はまず、上へ上へと歩を進め、てっぺんを目指します。たいていはいちばん高いところに城があり、そこを起点に行動すると道に迷いません。今度は麓に向かって少しずつ下っていき、心が動いた建物や人、風景を撮影して回ります。そうすると、1つの村をまとめた作品が完成するのです。
 この日も同じように上まで行って城を見学し、撮影しながら麓まで下りてきたところで日暮れを迎え、村で宿をとることにしました。4階建ての大きなホテルです。ところが、宿泊客は僕しかいなかったのに、案内されたのは最上階の部屋。撮影旅行ですから多くの機材を持っていた僕は、重い荷物を階段で4階まで運ぶことに。内心、不満を感じていました。「疲れているのに、まったく……」とつぶやきながら部屋に入り、その日はそのまま寝てしまいました。

 そして、翌朝。窓の扉を開けてみると、驚くほどの大絶景が広がっていて、その美しさに心を打たれました。「オーナーは僕にこれを見せたかったんだ!」と気づいたときのうれしかったこと! ホテルのベランダから最高の1枚を撮影したのです。
 それにしても心憎い演出でした。1階の部屋でこんな絶景にはお目にかかれません。でも、オーナーは、「明日の朝、窓を開けてごらん。とっておきの光景が見られるよ」とも言わないのです。この粋なサプライズ・プレゼントに感激したのは言うまでもありません。(つづく)


――――「イタリアの美しい村」にあるレストランで食べたパスタは、何を食べてもおいしかったと吉村さん。第2回で紹介したマルケ州サン・ジネーズィオ村のラヴィオローネのほか、ウンブリア州モントーネ村で食べたファルファッレもチーズで和えた濃厚な味わいが至福のおいしさだったそうです。作り方を聞いても、「これはわが家に伝わる秘伝の味だから」と、教えてもらえないことが多かったとか。村の景観と同様、マンマの料理も大切に受け継がれているのでしょう。次の最終回はスペインの印象的な村について。そして、「吉村さんにとって旅とは?」をお聞きします。

(写真提供・吉村和敏、構成・宮嶋尚美)

【写真家・吉村和敏さんの公式サイト】⇒https://kaz-yoshimura.com/
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【よしむら・かずとし】
長野県生まれ。印刷会社勤務を経て、1年間のカナダ暮らしをきっかけに写真家としてデビュー。自ら決めたテーマを長い年月を費やして取材し、作品集として発表するスタイルで、世界各国、国内各地をめぐる旅を続けながら撮影活動を行っている。主な作品集に『プリンス・エドワード島』(講談社)、『BLUE MOMENT』(小学館)、『あさ/朝』『ゆう/夕』(アリス館)、『錦鯉Nishikigoi』(丸善出版)ほか多数。2003年 カナダメディア大賞受賞、2007年 日本写真協会賞新人賞受賞、2015年 東川賞特別作家賞受賞。
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