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美しいくらし
旅する写真家に聞く世界の「最も美しい村」 写真家
吉村和敏
第3回 フランス編:どこを切り取っても美しい
「最も美しい村」協会への加盟が認められるのは、村にとって大変名誉なこと。しかし、認証を勝ち取ったからといって喜んでばかりはいられません。現在の景観を守るために努力し続けなければ、数年ごとの審査で落とされ、ブランドを失ってしまうからです。そんな選ばれし村をすべてその目で見てきた吉村さんに、中でも際立って印象に残った村や、そこでの思い出についてうかがいました。第3回はフランス編をお届けします。

ミディ・ピレネー地方(現オクシタニー地方)にあるピュイセルシー村


村人だけが知る教会の美しい世界
 フランスの特徴は、なんと言っても統一感のある美しさです。遠くから全体を眺めても、また細部を見ても隙間なく美しい。南仏ミディ・ピレネー地方(現在はオクシタニー地方)のコンクやプロヴァンス・アルプ・コート・ダジュール地方のゴルドなど、日本人がよく知る有名な村はさすがといえる完璧な美しさを放っていて、行くだけの価値があると思います。
 村と都市との住民意識に大きな隔たりもなく、国全体、国民全体で村を盛り上げている印象です。その自負があるせいか、審査も厳格で、協会に加盟する数をむやみに増やしたりせず、だいたい150~160村をキープしています。

 その中で僕のおすすめは、コンクと同じオクシタニー地方にあるピュイセルシーです。城壁に囲まれた古い村で、日本人はほぼ誰も行かないところですが、小高い丘のてっぺんを覆いつくすように石造りの建物が密集して建っており、村に泊まった翌朝、朝日が村を染め上げる美しい光景にはため息が出ました。
 宿泊したホテルの傍らには小さな教会があったので堂内に入ってみると、鮮やかな群青を背景に描かれた天井画にとにかくすばらしかった。僕の最も好きな青の美しい世界が広がっていたのです。色だけでなく、静寂でおごそかな雰囲気も忘れられません。村人たちがとても大切にしている祈りの場は、少し空気が冷たくて、聖なる威厳が確かに感じられたのです。
 都市にある大聖堂もたくさん回りましたが、どこも観光客がいっぱいで、これほどの感動を味わうことはできませんでした。俗化されていない、小さな村だからこそ心に響くものがあったのでしょう。

 同じくミディ・ピレネー地方のベルカステルも素朴で魅力的な村です。訪れたのは春で、高台のベルカステル城へ向かう途中、緑の美しさに見とれ、しばらく足が動きませんでした。民家の玄関先でおじさんが昼寝をしていたので、起こさないようにそっと通り過ぎたのですが、十数年後に村を再訪すると、おじさんがそっくり同じように昼寝をしていたのが印象的です。10年後もいつもと変わらぬ時を過ごしていることに、ノスタルジックな感情を覚えました。ここは紅葉の時期も美しいと思います。

中世と変わらぬ姿を残す小さな村
 南仏ラングドック・ルシヨン地方(現在はオクシタニー地方)にあるモンクリュでは、村人とのすてきな出会いがありました。ここはラベンダーとブドウ畑に囲まれた小さな村で、人口は150人ほどしかいません。バラが咲く静かな路地を歩いていると、何人かの村人が声をかけてきました。

ラングドック・ルシヨン地方(現オクシタニー地方)のモンクリュ村

 そのうち二人組の女性で、中年女性のほうが片言の英語で話しかけてくれたので、「村の写真を撮りにきました」と告げると、「だったら、古いお城を案内しましょう」と、特別に城塞の鍵を開けてくれたのです。若い女性は途中でいなくなり、中年の女性と二人、お互いに身振り手振りでなんとかコミュニケーションを取って、1時間ぐらい一緒に過ごしました。
 この女性はフランス語しか話せないのに、なぜ親切にしてくれたのかといえば、村の自慢の場所を見せたいという気持ちが大きいのだと思います。言葉の壁はあっても、それ以上の地元愛が強く伝わってきました。

 もちろん、現地の言葉が話せたらいいなと思います。ただ、それほど不自由さは感じませんでした。どの村もそうですが若者は英語を話すので、何か困ったことがあれば、相手が英語をしゃべれる若者を連れてきてくれます。また、村は都会と違い、とても安全です。観光客を狙うスリもいませんから、カメラを首からぶら下げていても平気。夜も一人で歩けます。


 南西部のアキテーヌ地方(現在はヌーヴェル・アキテーヌ地方)にあるカステルノー・ラ・シャペルもよかった。この村の見どころは、13世紀に建てられたカステルノー城です。午前10時のオープンと同時に城内に入ると、地元の人たちが昔の衣装に身を包み、当時の暮らしを再現していました。場内を無邪気に駆ける子どもたちがかわいらしく、たくさん写真を撮りました。中世の時代に実際に使われたトレビュシェット(投石機)や武器も展示されています。タイムスリップしたかのような情景に触れ、時間が経つのを忘れました。

ブルターニュ・ノルマンディ地方(現ノルマンディ地方)のブーヴロン・アン・オージュ村

 北西部のブルターニュ・ノルマンディ地方(現在はノルマンディ地方)のブーヴロン・アン・オージュは、カラフルで可愛い村です。日本でも人気らしく、よく女性誌に取り上げられています。リンゴの発泡酒・シードルが名物で、村の民家はリンゴ畑に囲まれるように建っています。道の両側には木組みの建物が連なり、アンティークショップやカントリー雑貨を売る店が多く、村歩きをするだけでも楽しいと思います。

 こうした村々を訪れ、カメラをぶら下げて歩き始めるとき、僕はいつもワクワクします。地図を頼りに新しい村を発見し、自分の足で歩いて、いろんなことを学んでいるんだという高揚感でいっぱいになるからです。もちろん、フランス語がわからないので、旅している最中は村の詳細を知ることはできません。ですが、あとで資料を読み、村が守ってきた歴史を理解するとさらにその土地への興味がわき、僕自身が歩いてきた旅がより深く思い出として残っていくのです。(つづく)

――次回は、イタリアで思い出に残った村、おすすめポイントを吉村さんにうかがいます。

(写真提供・吉村和敏、構成・宮嶋尚美)

【写真家・吉村和敏さんの公式サイト】⇒https://kaz-yoshimura.com/
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【よしむら・かずとし】
長野県生まれ。印刷会社勤務を経て、1年間のカナダ暮らしをきっかけに写真家としてデビュー。自ら決めたテーマを長い年月を費やして取材し、作品集として発表するスタイルで、世界各国、国内各地をめぐる旅を続けながら撮影活動を行っている。主な作品集に『プリンス・エドワード島』(講談社)、『BLUE MOMENT』(小学館)、『あさ/朝』『ゆう/夕』(アリス館)、『錦鯉Nishikigoi』(丸善出版)ほか多数。2003年 カナダメディア大賞受賞、2007年 日本写真協会賞新人賞受賞、2015年 東川賞特別作家賞受賞。
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