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美しいくらし
旅する写真家に聞く世界の「最も美しい村」 写真家
吉村和敏
第2回 自然と人が織りなす風景の美しさ
 現地でカメラに収めた数千点、数万点にもおよぶ村の景色を、国ごとに1冊の中に閉じ込めてきた吉村さん。ヨーロッパ各国に点在する「最も美しい村」をくまなく訪れて写真を撮るというハードなミッションを遂行するために、それぞれの村ではどのように過ごしているのでしょうか? 今回は吉村さんの旅のスタイルについてうかがいます。

スペイン:アラゴン州アルバランシン村


村めぐりは完全にノープラン
 美しい村はどこも魅力的で絵になります。レンタカーで道という道を走り、村が近づいてくると、最初に視界に入ったその佇まいに感動します。だからまずは村の全景を撮影し、次に村に入って車を停め、今度は道という道を歩く。細くて小さな路地もすべて、とにかく徹底的に歩き回ります。周囲の建物を見ながら石畳の道を歩き、気になるものを次々に撮っていきます。

 たとえば、石造りの家屋、古い教会、公園、村人同士がおしゃべりしている光景、向こうから近づいてくる子ども、窓辺に飾られたこぼれんばかりの花、惰眠をむさぼる犬や猫、レストランで食べた地元料理……すべてをカメラに収めます。
 そのとき、「いい写真を撮ろう」とは考えていません。

「これがいいなと思ったものを記録すればいい」
 それだけを心に留めて、次々とシャッターを切っていく。すると、1つの村で何百枚も写真が撮れるでしょう。それを後で編集するのです。もちろん、パッと見て「これは表紙になるな」と思えるようなすてきな風景と出合ったら、三脚を立て、光の具合、空模様も計算し、一枚の絵をつくり出していく感覚でシャッターを押します。それ以外の撮影では、計算も何もしていません。


 計算しないという意味では、「この村では何月にお祭りがあるから、そこを狙ってスケジュールを組もう」とか、「この村は世界遺産があるから必ず押さえておかないと」といったことも考えません。ホテル、食事も含めて完全に旅はノープランです。
 そうは言っても、多くの村は3時間も歩けば1周できるほどの規模なので、主要な建造物は歩いていれば必ず見つかります。偶然にもお祭りや結婚式に遭遇することがあればラッキーですね。

みんなで守ってきた景観に誇りを持つ村人たち
 「最も美しい村」の基準は国によって異なりますし、国ごとの印象はそれぞれ違いますが、共通しているのは、やはりまとまりのある景観ではないでしょうか。
 ヨーロッパは戦いの歴史と人の暮らしが結びついているためか、互いに緊密な連携が取れるよう、家々が散らばっていないのです。村のいちばん高いところからの眺望も秩序立っていて、見ごたえがあります。素朴な自然風景の中に、人がつくった歴史が息づいている。僕はそこに美しさを感じるのです。村で暮らしている人たちもまた、時代を重ねてきたこの景観に心地よさや愛着を感じているのだと思います。

イタリア:バジリカータ州のカステルメッツァーノ村


 集落の中には、実はポツンポツンと、つい最近建てられたような家もあります。いわゆる「新築物件」です。でも、注意深く色や形をそろえ、周りの家に溶け込んでいるので、一見しただけではわかりません。もちろん、家の中にはWi-Fiも飛んでいますし、モダンな家具も置いてある。都会の暮らしと何ら変わりません。それでも全体の調和が保たれているから、村の景観を非凡に見せ、観光客を惹きつけるのです。

 村の新しい住人は、都市から移り住んでくる若者が多いと聞きます。また、アーティストと呼ばれる人たちも、田舎を好んで暮らしているようです。日本では大都市への人口流出が進む一方で、地方の集落では過疎化・高齢化が加速していますが、ヨーロッパの「最も美しい村」にさびれた感じはありません。
 そこに暮らす人たちは、お年寄りも含めて大都市のパリやローマに憧れはなく、むしろ穏やかな地で暮らすことにステータスを感じているのです。生まれて一度も村から出たことがないというおばあさんもいて、郷里が発する力強さを感じます。

 そんな村々を訪ね歩いて、僕自身が楽しみだったのは地元料理です。小腹が減ると、村内のレストランに入って食事をしました。英語以外しゃべれないので、身振り手振りで「ローカルメニューが食べたい」と伝えると、オーナーが自慢の料理を出してくれます。

 フランスはとにかく村をめぐることに必死だったせいか、料理を味わう余裕がありませんでしたが、次のイタリアからは食事も楽しむことができました。イタリアはやっぱりパスタ。どんなに小さな村のレストランでもおいしいパスタが出てきて、感動しました。
 中部のマルケ州、サン・ジネーズィオで食べたトリュフのラヴィオローネ(大きいラヴィオリ)のおいしさは忘れられません。スペインでは名物の生ハムばかり食べていた記憶があります。その料理を食べにもう一度その村に行きたいと思うほどで、食の力は本当に大きいと思います。(つづく)

――お話を聞けば聞くほど、「一度は美しい村を訪れてみたい」という思いが強くなるばかり。渡航が難しい今だからこそ、まだ見ぬ小さな村の景色に旅情をかき立てられます。次回はフランスの印象的な村、吉村さんのおすすめポイントを教えていただきます。

(写真提供・吉村和敏、構成・宮嶋尚美)

【写真家・吉村和敏さんの公式サイト】⇒https://kaz-yoshimura.com/
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【よしむら・かずとし】
長野県生まれ。印刷会社勤務を経て、1年間のカナダ暮らしをきっかけに写真家としてデビュー。自ら決めたテーマを長い年月を費やして取材し、作品集として発表するスタイルで、世界各国、国内各地をめぐる旅を続けながら撮影活動を行っている。主な作品集に『プリンス・エドワード島』(講談社)、『BLUE MOMENT』(小学館)、『あさ/朝』『ゆう/夕』(アリス館)、『錦鯉Nishikigoi』(丸善出版)ほか多数。2003年 カナダメディア大賞受賞、2007年 日本写真協会賞新人賞受賞、2015年 東川賞特別作家賞受賞。
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