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美しいくらし
ジョージア旅暮らし日記 モデル・定住旅行家
ERIKO
第2回 近代さと古風さが同居するトビリシの街

 ジョージアの首都トビリシに到着して数日経ったある日、旅行会社HISのジョージア支店で働くケイティさんが街を案内してくれることになった。日本に留学経験のある彼女はその流暢な日本語を生かしてガイドの仕事などをしている。トレンドを取り入れたおしゃれな身なりをした20代半ばの若い女性だが、小学生の娘がいるせいか、落ち着いていて頼りがいのある雰囲気をまとっている。

 しっかりとした濃い眉毛に大きく黒い瞳、自然に口角の上がった口もとは、初対面でも人懐っこさを感じさせるジョージア美人だ。日本へ来たならたちまち綺麗だと褒めそやされるのだろうが、後に彼女の美貌は平均的なのかと疑ってしまうほど多くの美女を見かけた。

「地上に降り立った神様は、世界中から美しい女性を集めて天国へ連れて来るよう命じた。使者は世界中を駆け回り、美しい女性を大勢集めたが、神様は天国へ戻る途中で死んでしまった。残された美しい女性が住むようになったのが、今のジョージアである」
――こんな伝説もあるぐらい、ジョージアは美人が多い国なのだ。

自由広場

 約束の日、ケイティさんとトビリシ中心部にある自由広場で待ち合わせをして、街へ散策に出かけた。自由広場には、ジョージアが目指す欧州連合(EU)加入への希望が、掲げられた欧州旗に託されるように晴天の空にはためいていた。もうすぐ9月になるというのに気温は30度を優に越え、日陰を優先して歩かなければ暑さで一気に体力が奪われてしまいそうだった。

 街には携帯電話で話しながら歩くラフな格好をしたビジネスマン、露店でスパイスを売る恰幅のいい女性、車の窓越しに通行人と話す若者……。人びとがそれぞれの目的に向かって通りを行き交い、生活をしている。自分が知らなかったこの土地にも人びとの生きる営みがあるのだと、そんな当たり前の光景に勇気づけられた。


 「トビリシには、地方から多くの人が仕事や勉学を求めて集まってくるんです。特に若い人は、学校を出ると都市にやって来て暮らす人が増えました」とケイティさん。
 ジョージア国内には、黒海に面した西部のグリア地方の人は冗談好き、中部のイメレティ地方の人はおもてなしに優れている、北西部のラチャ地方の人は物事の飲み込みが遅い、西部サメグレロ地方の人は働き者と、それぞれの地方で言い表されるステレオタイプがある。

 一方、ジョージア東部に位置する首都トビリシの人がどんな人たちなのかを形容する表現は見当たらないようだ。地方から持ち寄られるそれぞれの特色は、都市という環境の中で化合してその街特有の個性になっていく。約110万人が暮らすトビリシは、ひとことに集約できないさまざまな要素がより集まった都市の一例なのかもしれない。

 空は開けていて伸びやかで、その広がりが、ひっきりなしに行き交う車の喧騒をも昇華してしまうような静けさを与えているように感じられる。私の目に飛び込んできたトビリシの街は、近代さと古風さが同居するそのエキセントリックなギャップがとにかく印象的だった。
 セレクトショップが立ち並び、アップテンポの音楽が店から漏れ出す都会的な通りをぶらぶら歩いていると突然、荘厳な歴史建造物に遭遇する。開放的な近代的空間に佇む古代の記憶が、街の景観をキュッと引き締めていた。

シオニ大聖堂

平和の橋

 ケイティさんは、近代につくられた建物と歴史的建造物の年代を、歴史の流れを行ったり来たりしながら説明してくれた。エルサレムのシオン山の名を冠する620年完成のシオニ大聖堂。5世紀に創設され、モンゴル帝国によって崩壊したのちに再建され、帝政ロシア時代には刑務所として使われていたメテヒ教会。幾度となく修復を重ねた石と煉瓦で造られた教会たちが、トビリシの街に厳かな雰囲気を醸し出している。その間をぬうようにポツポツと建てられている異色な近代建築が、過去に包まれた重たい街の雰囲気を打ち消しているように思えた。

 トビリシの旧市街と東部を結ぶムクトゥバリ川(ロシア語名・クラ川)に架かった「平和の橋」は、2010年に完成したもので、殻のような構造のガラス屋根に覆われた奇抜なデザインをしている。過去と現在の対話を象徴するこの橋は、イタリア人建築家のミケーレ・デルッキによって手がけられた。ギラギラと太陽の光を反射する鉄筋でできた市の合同庁舎ビルは、上空から見ると花びらが広がった形をしている。ホルンの角笛のベルが横たわったような格好をした、きらびやかなミュージックホール。
 イタリアやドイツの建築家に依頼する公共建築が街に増え続けている背景には、「近代化には大胆な建築が必要」というジョージア政府の意図が体現されているようだ。

 世界遺産に指定されている街や地区や、トビリシのように古い街並みを残す場所は、建築条例が厳しく規定されていることが多く、新しい建造物を増やすことなどは稀である。古い歴史を内包する街が近代的な要素を組み入れるアイデアを施行したことは、歴史を大事にしながらも未来に希望を見据えたいという、この国の意思が現れているようである。

 街のど真ん中からトビリシが一望できるナリカラ丘まで、一直線に張られたロープウェイに乗って上空から街を見下ろす。教会の三角屋根やムクトゥバリ川の景色が足下を流れていく。歴史と近代の色が混じり合った街の相貌があらわになり、新しいトビリシの印象が目に飛び込んできて、清新な気分になった。

ナリカラ要塞

 丘の頂上に着くと、ナリカラ要塞がトビリシの街を見下ろしていた。この要塞は4世紀から現在に至るまで侵略者に幾度となく破壊され、再建が繰り返されてきた。入れ替わり立ち代わりやってきた侵略者たちは、この丘から何を展望していただろう……。
 「トビリシはとっても歴史が古くて、紀元前3000~4000年ごろから人びとが暮らしていたといわれているんです。6世紀には古都ムツヘタに代わって、現在のジョージア東部にあったイベリア王国の首都が置かれました」
 ケイティさんは年上である私に対して丁寧な敬語で話かけてくる。「友だちのようにフランクに話していいですよ」と言っても、「いえいえ、年上の方ですから」と謙遜する。ジョージア語にも敬語があり、目上の人には丁寧語で話すのが基本だと教えてくれた。

 コーカサス山脈からジョージアを横断してアゼルバイジャンへと流れ、やがてカスピ海へと注ぐムクトゥバリ川。この川によって河岸段丘として開けた土地に、トビリシができている。
 視線の的を変えながら街を展望してみると、三方を小高い山に囲まれ、岩肌の上に赤茶色の屋根の絨毯が広がり、その間をぬうようにムクトゥバリ川の苔色が染まっていた。重量感ある古代建築の黄褐色の街の中に、メタルや鉄骨素材の奇抜な近代建築が太陽に反射して光っている。

 歴史の重みで統一されたヨーロッパなどの風景とも違う、または旧ソ連の国であったことを微塵も感じさせない、なんとも不思議な景色だ。マルコ・ポーロが「絵に描いたように美しい」と称え眺めたトビリシの姿はもうないが、近代と古代が共存するこの光景の中にこそ、今のジョージアの姿が映し出されていると思った。(つづく)

(写真:ERIKO)

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【エリコ】
鳥取県米子市生まれ。東京コレクションでモデルデビュー。「定住旅行家」として、世界のさまざまな地域で現地の人々の家庭に入り、生活を共にし、その暮らしや生き方を伝えている。これまで定住旅行した国は、ラテンアメリカ全般(25カ国)、ネパール、フィンランド、ロシア、サハ共和国、ジョージア、イタリア、イラン、スペイン、パラオ、カルムイク共和国、タタールスタン共和国など。とっとりふるさと大使。米子市観光大使。独立行政法人 国際協力機構JICA「なんとかしなきゃ!プロジェクト」著名人メンバー。著書に『暮らす旅びと』(かまくら春秋社)、『世界の家、世界の暮らし①~③』(汐文社)など。※写真:KATUMI ITO
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