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美しいくらし
ジョージア旅暮らし日記 モデル・定住旅行家
ERIKO
最終回 ジョージアの古都・ムツヘタ
 入り口から身廊を真っすぐ中央の祭壇に向かって歩く。両脇はアーチ型の側廊が続いている。中央の天井はひと際高く、そこに小さく設けられた穴からは、昼の強い日差しがわずかに漏れている。教会のつくりは、こうして自然と視線が天に向かうようになっているのだと感心してしまう。そして、それが私たちの存在をよりいっそう小さく感じさせるのかもしれない。空間は広々としているものの、石という素材のつくりが重厚な雰囲気を全体にまとわせ、多くの参拝者がいるにもかかわらず、ある種の静けさが漂っていた。聖堂内にはジョージア歴代の王族の墓や歴史あるフレスコ画、イコンが残されており、絶え間なくろうそくに火が灯され続けている。

キリストの聖骸布と共に眠るシドニアの墓

 キリストの聖骸布と一緒に埋葬されているシドニアが眠る場所では、人びとが額と唇をつけて祈りを捧げていた。ひそひそとこだまする人びとの祈祷や話し声が広い天井に反響して、ジョージア語の乾いた子音の音がまるで天から降り注いでいるかのように感じられる。
 何度も訪れているからだろうか。ケイティさんは見慣れた表情で教会全体を眺めていた。
 「私、ここで結婚式を挙げたんです」
 こんな歴史的な大聖堂での式はきっと盛大に行われただろう。ケイティさんの派手やかなウェディングドレス姿のイメージが私の心によぎる。時を経てシングルマザーとなった彼女は、自分の人生が通った一つの思い出の場所に、今はどんな気持ちで立っているのだろうか。

 ひんやりとした大聖堂を後にしてジュヴァリ修道院へ向かう。小高い丘にぽつんと佇むこの修道院は、ジョージア国民に慕われている聖ニノゆかりの地である。
 丘を登っていくと、眼下には豊かな水をたたえたムツクヴァリ川とアラグヴィ川の合流とムツヘタの街の絶景が広がっていた。トビリシの街で見かけるような近代的な建物は目に映らず、時の流れが止まったような、遠い昔のジョージアの原風景を慎ましく残したような姿がそこにあった。
 「この修道院は先ほどのスヴェティツホヴェリ大聖堂と比べるとこぢんまりとしていますが、ジョージア人にとってはとても神聖で重要な場所なのです」
 私と一緒に丘を登っている最中、ケイティさんは息を切らしながらそう説明してくれた。

ジュヴァリ修道院

 ジョージア人の女性の名前によく使われている「ニノ」は、4世紀ごろにジョージアに初めてキリスト教を広めたカッパドキアの貴族の女性、聖ニノに由来する。ジュヴァリ修道院は聖ニノが異教の神殿跡に十字架を立てた場所であり、その十字架が今も残されている。
 ジュヴァリとはジョージア語で「十字架」という意味。この修道院を上空から見ると十字架の形になっているが、これをテトラコンチ(四葉型)建築という。ジョージアではジュヴァリ修道院を皮切りに、国内のさまざまな教会がこの建築様式に則って建設されたそうだ。

 6世紀に建てられたというこの修道院は、30人も入ればいっぱいになりそうな大きさ。中央には聖ニノが立てたといわれる木製の十字架が据えられている。飾られたイコンの一つには、熟したブドウを胸で抱える聖ニノの姿があった。献灯台にはジョージアでしか見られない、左右が下に垂れ下がった特徴的な形の十字架が備えてあった。
 「この十字架の形は変わっていますよね? これは葡萄(ぶどう)十字と呼ばれています。ジョージアの十字架は左右が下に向かって垂れ下がっている形になっていますが、これはキリスト教を広めた聖ニノがこの土地で宣教を行った際、ブドウの枝を自分の髪の毛で結わえて十字架をつくり、宣教したときの木の枝の形だといわれています」
 教会の十字架もジョージア人が大切にしているブドウと深い関係があったのだと知って、その結びつきの深さにあらためて気づかされた。

 教会を出てからしばらく、風の音だけが耳に届く丘の上からの景色をケイティさんとボーッと眺めた。野良猫たちはいちばん景色がよく見える岩の上で居眠りをしている。
 ムツヘタはどこへ行っても静謐さがあった。祈りの場所を訪れたこともあったとは思うが、無音の静けさとは違う、どこか深く落ち着いた静寂のようなものを感じた。ムツヘタの旅は、活気あるトビリシでの日々で活動的に波打った私の心を鎮めてくれたようだった。(おわり)

(写真:ERIKO)

 定住旅行家・ERIKOさんの連載「ジョージア旅暮らし日記」が最終回を迎えました。壮大な歴史を秘める国・ジョージアを暮らすように旅しながら、さまざまな人々との出会いを通してガイドブックにはない素顔のジョージアの魅力を綴ってくれたERIKOさん。これからも続く旅暮らしの日々から目が離せません(編集部)

【WEBサイト・ちきゅうの暮らしかた】http://chikyunokurashi.com/profile/
【Youtube ERIKOチャンネル】https://www.youtube.com/user/erikok1116

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 “ヨーロッパ最後の秘境”と呼ばれ、今注目の国ジョージア。現地の一般家庭で生活を共にしながら、首都トビリシはもちろん、ジョージア人にとっても“秘境中の秘境”であるスバネティ地方まで、ほぼすべての地方を旅した定住旅行家・ERIKOさんの書籍『ジョージア旅暮らし20景』が、2022年2月上旬に発売されます。
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【エリコ】
鳥取県米子市生まれ。世界のさまざまな地域で現地の人びとの家庭に入り、生活を共にし、その暮らしや生き方を伝えている。ラテンアメリカ全般(25カ国)、ネパール、フィンランド、サハ共和国、イラン、スペイン、パラオ、カルムイク共和国など約50カ国にて106家族との暮らしを体験。とっとりふるさと大使。米子市観光大使。著書に『ジョージア旅暮らし20景』(東海教育研究所)、『暮らす旅びと』(かまくら春秋社)、『せかいのトイレ』(JMAM)、『世界の家 世界の暮らし①~③』(汐文社)など。NEPOEHT所属(モデル)※写真:KATUMI ITO
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