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食べるしあわせ
受け継ぎ、伝える精進料理 三光院「竹之御所流精進料理」後継者
西井香春
最終回 御所ことばを精進料理に残す
 「三光院」で味わえる竹之御所流精進料理は、3人の女性が伝統を丁寧に手渡しし、80年間守り続けてきたもの。見た目は繊細で美しいけれど、過度の装飾をせず、一品、一品、器の中に自然をそのまま盛り込んだような味わい深さがあります。最終回は、現在、唯一の後継者である香春さんが次の世代へ伝えていきたいことをうかがいます。

――料理を通して三光院に来られ、三代目の後継者となった香春さん。普段はどんな暮らしをしているのでしょう。

香春 日々の作務のほかに、禅について広く知っていただこうと「寺子屋塾」を定期的に開いています。私は精進料理を通してもっとお寺に親しんでいただくために、竹之御所流精進料理の講座を受け持っています。講座はほかにも、経を書き写しながら経典に書かれている言葉の意味を学ぶ「仏教書道講座」や「写仏」、ちょっと変わったところで、音楽療法やフランス語講座なんていうのもあります。

 私は直感で、「この人!」と思ったら「うちで先生やらない?」と口説いちゃうの(笑)。だから、お寺とは思えない講座もできちゃった。生徒さんがいらっしゃる理由はそれぞれでしょうけれど、皆さんがおっしゃるのは、「ここにくると、とにかく気持ちがいい」ということ。だから、何かやりたくなるんじゃないかしら。

 もちろんずっとお寺にこもっているわけじゃないのよ。外に出て、NHKの「今日の料理」やNHK学園の精進料理教室の講師もやりながら、竹之御所流精進料理の普及に努めています。それから、この先の後継者探し。尼寺はどこも後継者が非常に少ないのが実情で、ピンときた人には「ねえ、あなた尼さんにならない?」って、声をかけています。ヘッドハンティングも私の大事なお役目ね(笑)。

黄菊のおばん、香の物
――料理についてはどうでしょう。600年続いた伝統を守る後継者として、香春さんが考える自身の使命とは何でしょうか。

香春 京都の尼門跡寺院も代々続いているけれど、「御所ことば」を話せる人はどんどんいなくなっているんです。私にできるのは、せめて料理の中に「御所ことば」を残すこと。
皆さんにわかりやすいのは「おばん」かしらね。京都ではご飯に合わせるお総菜のことを「おばんざい」と言うでしょ? 御所では古よりご飯のことを「おばん」と言っていたのです。そうめんは「おぞろ」、豆腐は「おかべ」、田楽は「おでん」、おはぎは「やわやわ」。初めは訳がわからなかったけど、今は「三光院」でお出しする精進料理に御所ことばを入れることが、日本文化を後世に伝える手立ての一つだと思っています。

建礼門院愛用の琵琶「木枯らし」にちなんで香栄禅尼が命名した「木枯らし(茄子の田楽)」
――最後に、これから精進料理を通して多くの人に伝えていきたいことを教えてください。

香春 日本も食生活がどんどんグローバルになって、日本に居ながらにして世界各国の料理を食べられるのはすてきですが、自国の料理の素晴らしさを忘れてはいけないと思っています。それは何かというと、素材のよさを存分に味わうこと。私は、日本料理の基本は「最高においしい素材は何もしないで食べること」だと思っているの。

 たとえば、新鮮な「大間のマグロ」が手に入ったら、誰もそれを煮ようとか焼こうとかしませんよね。それは生で食べるのが最もおいしいと知っているから。生では食べられないとなったら、初めて塩焼きにすることを考え、次に煮物にして醤油や砂糖を足していく。最後は油で揚げて……料理には、そういう順番があるんです。

 それが、今はいきなり油や調味料に頼って調理しているから、素材の味わいがわからない人が増えてきて、私はちょっと心配。煮物もみんな出汁を使うけど、出汁で煮ると、どんな素材も全部同じ味になっちゃうの。水で柔らかく煮てから味をつければ、出汁がなくても味がスーッとしみ込みます。食材が持っている自然のおいしさを壊してしまったら、それこそ殺生と同じ。だからこそ、寺の料理人は素材を生かし切ることに気持ちを注いでいるのです。

――肉も魚も使わない精進料理。三光院で出会った瀟洒な料理の数々には、食材にも料理の名前にも季節と材料を大切に味わってほしいというつくり手の真心が込められていました。精進料理をそのまま日々の食卓に持ち込むことは難しいけれど、日本料理の原点である「素材を生かす」精神は大いに参考にしたいもの。食欲の秋、まずは旬の野菜を使った料理に挑戦してみては?

【三光院のホームページアドレス】
http://sankouin.com/

(構成:宮嶋尚美)
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【にしい・こうしゅん】
16歳で渡仏、フランス家庭料理と製菓を学ぶ。帰国後、六本木でフランス家庭料理教室やワイン会などを催す「ポ・ト・フー」を主宰。本名・西井郁の名前でテレビ、雑誌でも活躍する。NHK「今日の料理」にレギュラー出演し、フランス料理やハーブ料理の本も多数執筆。1993年、日本料理の原点を究めるため、東京・武蔵小金井の尼寺「三光院」の住職・香栄禅尼に師事。現在、竹之御所流精進料理を同院で提供するかたわら、NHK学園で精進料理教室の講師を務めるなど、継承・普及に情熱を傾けている。
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