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食べるしあわせ
受け継ぎ、伝える精進料理 三光院「竹之御所流精進料理」後継者
西井香春
第3回 竹之御所精進料理の魅力
 3人の女性が守り受け継いできた三光院の竹之御所流精進料理。ここでしかいただけないお料理を目当てに、ランチにくる人も増えているそうです。肉や魚を使わず、旬の野菜や穀物で調理する日本古来のベジタリアンフードともいえる精進料理ですが、御所ゆかりの尼寺料理ならではの魅力とは?

――ここ「十月堂」は緑に囲まれ、とても落ち着く空間ですね。こんな閑静な場所で心静かに時間をかけてお料理をいただくと、心も体もきれいになりそうです。まずは、竹之御所流精進料理の素晴らしさを教えてください。

香春 見た目の美しさもさることながら、素材の持つ味わい、香り、食感、色合いを生かしきっていること。たとえば、茄子の鮮やかな瑠璃色はほかの野菜には見られませんよね。この色をきれいに残す工夫をすることをいちばんに心がけて調理します。

 そうかといって、手間暇をかければいいというものではありません。作務で忙しい尼僧が手早く調理できるよう、つくり方は至ってシンプル。季節感あふれるレシピ、手に入るものでおいしくつくるといった基本のスタイルは、禅寺の精進料理に共通するものです。

 大きく違うのは器かしら。男性の僧が修行する禅寺の精進料理では「根来塗(ねごろぬり)」といわれる赤い漆器で出すのが一般的なのに対して、尼寺の竹之御所ではすべて焼き物の器を使います。漆器は今でこそ高級品ですが、当時は丈夫で毎日使っても欠けにくく割れにくい日常品として用いられていたもの。
 けれども天皇家の尼宮様に使いまわしの器などお出しできません。それで、敷地内に陶工をおき、庭先で器を焼いていたんです。三光院もその流れをくんでいます。器の柄も一部同じものを使っているんですよ。

「里芋のふり柚子」
――それを教えてもらうと、より雅な心持ちになります。ちなみに、お料理は京都と全く同じなのでしょうか。

香春 味つけには多少変化をつけています。京都の禅尼さまたちのレシピそのままだとやはり薄味に感じてしまい、一般の方々にはすぐに受け入れられないと考えた今の住職が、少し江戸風(濃い味つけ)に変えました。
 また、同じ料理でも「空豆と茄子」の組み合わせを「枝豆と茄子」にするなど、ちょっとした変化はあります。もともとは空豆でつくっていましたが、お客さまをおもてなしするなら、色がさめにくく、味がはっきりしている枝豆のほうが喜んでいただけるとの考えからです。

――食べる側の立場に立った発想の転換も必要なのですね。

香春 フランス料理のシェフなら自分の個性を料理で表現しようとしますが、精進料理は精神的なものであり、「相手を思う心」が基本なので出発点が違います。ただし、料理にはインスピレーションも大事。それも、住職から学んだことです。
 私がここへ来てからつくられた住職の代表的な創作料理に、「インドのうさぎ」があります。住職は料理の研究のため、私が六本木でやっていた料理教室にもずっと通っていらっしゃいました。そこで覚えたテクニック(スプーン2本でムースを交互に受け止めながらラグビーボール型に形成する手法)から想を得て、豆腐と西京味噌をふんわり仕上げたクリーミーなひと皿を完成させたのです。

――料理のネーミングもユニークですね。「インドのうさぎ」にはどんな意味があるのでしょう。

香春 インドから日本にも伝わる「ジャータカ物語」という仏教説話をご存じかしら。お釈迦さまにお布施をしようと、いろんな動物が食べ物を取ってきて捧げるのですが、うさぎは自分自身を捧げようと、ごうごうと燃え盛る火の周りを3回まわって、中に飛び込むの。それを見ていたお釈迦さまが、わが身も惜しまない善行為に心を打たれてうさぎを月に運んだので、月には今もうさぎの影が映っているというお話ね。
 住職は「うさぎはなぜ3回まわったのか?」をずっと考えていて、住職なりの解釈ができたとき、このお料理ができあがったの。「うさぎは慈悲の心で、3回まわる間に自分の体を住処にしているノミやダニを逃がしてあげたのだろう」という答えにたどり着かれた。そのうさぎを白い豆腐で表したのです。

――一つのレシピにそんな奥深いストーリーがあるなんて。ほかにも香栄尼が手を加えられたことで、京都との違いはありますか?

「三光院のササリンドウ紋最中」
香春 精進料理は一度にまとめてお膳で出てくるのが一般的ですが、「食べ物はつくりたてがいちばんおいしい」という住職の考えで、ここでは一品ずつお出ししています。だから、温かいものは温かいまま召し上がっていただける。お出迎えの「お菓子と抹茶」で出す最中は、お客様のお顔を見てから餡を詰めています。

――それもテクニックより大切な“心”なのですね。次回はいよいよ最終回。伝統を受け継いだ香春さんが次の世代へ伝えたいことをお聞きします。(つづく)

【三光院のホームページアドレス】
http://sankouin.com/

(構成:宮嶋尚美)
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【にしい・こうしゅん】
16歳で渡仏、フランス家庭料理と製菓を学ぶ。帰国後、六本木でフランス家庭料理教室やワイン会などを催す「ポ・ト・フー」を主宰。本名・西井郁の名前でテレビ、雑誌でも活躍する。NHK「今日の料理」にレギュラー出演し、フランス料理やハーブ料理の本も多数執筆。1993年、日本料理の原点を究めるため、東京・武蔵小金井の尼寺「三光院」の住職・香栄禅尼に師事。現在、竹之御所流精進料理を同院で提供するかたわら、NHK学園で精進料理教室の講師を務めるなど、継承・普及に情熱を傾けている。
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