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子どものこれから
地域で育む子どもの言葉 フリーアナウンサー
山根基世
最終回 育てる種をまいて
 「自立した女性」を目指し、NHKのアナウンサーとしてその道を着実に歩んでこられた山根基世さん。思い返すと山根さんが子どものころに抱いていた夢の一つひとつが、今につながっている。常に言葉と向き合ってきた山根さんが、あらためて考える「言葉を学び、育てていくために必要なこと」とは何か。私たちにもできることを教えてもらいました。


――山根さんが今年刊行した著書『こころの声を「聴く力」』(潮出版社)では、「聴き合う」大事さが語られている。「話し合い」ではなく、他人の言葉を受け止め、「聴く」ことによって、人は気づきを得て変わることができると伝えている。

 自分が言う、自分が発表する、自分が表現することが現代では最上位に位置づけられていて、みんなが「自分が、自分が」となっているような気がします。それが人を疲れさせる大きな原因の一つになっているのかもしれません。発信することに意味があるように考えられがちですが、互いに相手を敬いながら話に聴き入ることが大切です。
 「聴く」ことには、話し手が心に思っていることを言葉として引き出す力もある。一方、聴く側の人にとっても、自分自身が意識していなかった思いや気づきを引き出してもらえる機会にもなります。「聴く」という行為は単なる受け身の作業ではなく、“新しい自分を発見する”とても創造的な作業でもあるのですね。

――仕事を通じて多くの人の話を聴き、その楽しさ、面白さを実感した山根さん。「聴く」という体験を通じて人間そのものを知り、人生が豊かになったと語る。多様な言葉を聴き、多様な人がいることを知るための場を、子どもたちに作ることが山根さんの夢だ。

 絵本や物語を読んであげるのもいいのですが、子どもの前できちんと会話をして「聴かせる」ことも大事だと思っています。
 石牟礼道子さんの『葭(よし)の渚』という本に、石工の棟梁だった道子さんのお父さまが家で、他の石工たちと石についていろいろ語っていたのを、道子さんも一緒に聞いていたという話が書かれています。川土手の造り方の見事さについて語られる場面がその中にあるのですが、「あれもなあ、一人一人の百姓やわれわれのような石工が、念を込めて一心に造ったものよなあ。人間の一心ちゅうもんは末代まで残る」などという言葉を、まだ彼女が文字を目にする前から耳で学んだとあります。

 私はそれを読んだとき、私たちは子どもの前で何を語ってきただろうと思いました。昔の大人は子どもの前で哲学を語っていたのですね。自分の生き方に揺るぎない信念を持ち、職人たちが自らの仕事を通じて体得した言葉を語る、その言葉の一つひとつにも重みがありました。それだけ皆がきちんとものを考えて生きていたのです。
 その場では子どもにはわからなくても、自分が大事だと思っていること、生きるうえでの信念を、大人がきちんと語っておくことがとても大切だと思います。

――「聴かせる」ことは同時に「語る言葉」を持つこと。語るための言葉を学び、育てていくために、私たちが日々の暮らしの中でできることはどんなことがあるだろう。

 アナウンサーとして「読む」とき、その仕事の核は「意味を伝えること」。原稿に書いてある意味を過不足なく伝えるにはどうしたらいいか。意味を伝えるための方法だけを考え続けた40年でした。そこから「言葉の表現上の魅力」を伝えることがこぼれ落ちてしまっていたのではないかと、今は反省しています。そのため、まずは私自身が言葉から得るイマジネーションを広げる努力をしなくてはいけないと思っています。

 詩人の吉野弘さんは、言葉に表現としての魅力をもたらすには、技術ではなく、どれだけその言葉から「感じること」ができているかが大事だとおっしゃっています。感じるためにはきめ細かく見なくてはいけない。大ざっぱに見ていては気づけません。
 ですが、これはとても面倒なことでもあります。1回1回物事を見て、言葉にすることは大変です。便利な言葉や使い回せる慣用句など、私たちはすでに覚えてしまった言葉で間に合わせてしまうことがたくさんあります。そういった行動の一つひとつが、どこか私たちの感性を鈍らせているといえるでしょう。自分が感じているこの感覚は、本当にこの言葉で表現できるのか、その問いの積み重ねが必要です。

――山根さんはアナウンサーになる前に、教師という職業にも興味があったという。講座で教えたり、言葉について伝える現在の活動は、当時の夢ともつながっているのでは?

 定年間際になったころに小学校の同級生に言われて気がついたのですが、私は小学校の給食の時間にずっと本を読んでいたそうです(笑)。そのころから本が好きだったのですね。
 それと、子どもや人を育てることはとても創造的でやりがいのある仕事だと思います。
 振り返ってみると、「ああそうか、私はこのためにここまで歩んできたのか」と思うようになりました。自分が教えることに興味を持っていたことやアナウンサーとして活動してきたこと、本や朗読が好きだったこと、すべてが今につながっていますね。

――朗読を通して子どもたちの言葉を育てたい。その活動の志を共有するリーダーを育てたい。今年はその夢が実現しました。

 今は朗読指導者養成講座が私の仕事の核になっています。今年は月に1回、1クラスだけ開講していますが、来年は2クラス開講する予定です。あと1年ぐらい経つと、受講生の中から新しいクラスを私と一緒に担ってくれる人が出てきてくれるのではないかと期待しています。
 地域で子どもの言葉を育てようという意志ある人が全国津々浦々でアメーバのように広がってくれることを、心から楽しみにしています。


【山根基世オフィシャルサイト】
http://www.yamane-motoyo.com/











◇取材を終えて
 今回、「聴き手」のプロにインタビューさせていただくということの緊張感たるや・・・・・・固まる私たちを太陽のようにあたたかく迎えてくれた山根さん。言葉を学ぶ例として紹介される本や句の数に圧倒された。子どもが自分の言葉で自分の考えを表現できれば、相手との関係を変えることができる。言葉を育むことは生きる力、未来を切り開く力にもなる。大人の私たちもぜひ実践していきたい。山根さんのお話は一つひとつが深く、そしてつながっていた。

※人物撮影:渡邉誠
(構成:横山佳代子、企画:大橋弘依、編集:小田中雅子、佐藤博美)


※この記事は、株式会社リビングくらしHOW研究所が運営するライター・エディター養成講座「LETS」アドバンスコース15期生の修了制作として、受講生が企画立案から構成、取材、編集、校正までを実践で学びながら取り組んだものです。
【ライター・エディター養成講座「LETS」のホームページアドレス】
http://seminar.kurashihow.co.jp/lets


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【やまねもとよ】
1948年山口県生まれ。元NHKアナウンサー。ニュース、美術や旅番組、ラジオ番組のほか、大型シリーズのナレーションを務める。2005年、女性として初のアナウンス室長に就任。2007年に退職。現在は子どもの言葉を育てる活動を展開。2015年から朗読指導者養成講座を開講している。『こころの声を「聴く力」』ほか、著書多数。
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