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子どものこれから
地域で育む子どもの言葉 フリーアナウンサー
山根基世
第1回 カギは地域にある!
 「伝え手」として、「聴き手」として、多くの番組を担当してきた元NHKアナウンサーの山根基世さん。NHKを退職後、子どもの言葉を育てることと地域づくりとを組み合わせる活動に精力的に取り組んでいます。なぜ今、子どもの言葉を育てることが必要なのか。言葉を学ぶと何が変わるのか。そして、地域づくりとの関係は? 4回にわたりお届けします。


――山根さんは36年間、アナウンサーとして言葉に深くかかわってきた。現在は「話し言葉」のプロとして自ら朗読を行いつつ、地域で朗読できる人を育てる活動を展開している。朗読から子どもの言葉を育てる取り組みへのつながり、背景をうかがった。

 子どもの言葉を育てようと具体的に考えたのは、2005年にNHKのアナウンス室長になったときです。その前にNHKで不祥事があったこともあり、信頼回復のためにどうしたらいいかを局員全員で考えなければいけない時期でもありました。

 今もそうですが、当時、子どもたちが一瞬の激情に駆られて取り返しのつかない事件を引き起こす、自分も周りも不幸に落とし入れてしまうような事件がたくさんありました。社会的な事情も絡んでいると思いますが、理由の一つとして考えられるのが言葉の力の欠落です。自分の気持ちを言葉で表現できない、言葉を使って周囲の人とよい人間関係を築くことができない。言葉の力の欠落がそうした事件の要因になっていると思いました。

 私たちNHKのアナウンサーは、プロとして「話し言葉」の基本を守り、使うことを仕事にしてきましたから、話し言葉を伝えるノウハウを持っています。全国に点在するアナウンサーがそれぞれの地域で子どもたちの言葉を育てる活動に取り組めば、その技を社会に還元できるし、NHKの信頼回復にもつながるのではないか――アナウンス室の社会貢献活動の一つとして子どもの言葉を育てる取り組みを模索しました。

――とはいえ、現役のアナウンサーは日常業務もあり、“思い”があっても実現することはなかなか難しいのが現実。「それなら私たちが活動を支えよう」と山根さん。2007年にNHKを退職した後、アナウンサー経験を生かした社会貢献活動に取り組む有限責任事業組合(LLP)「ことばの杜」を仲間とともに設立。絵本の読み語りや朗読会を通じて「音声言語」に親しんでもらうことと「話し言葉の教育」に力を注いだ。

 学校でも言葉の教育は行われています。とても熱心に取り組んでいる学校もあり、立派だと思います。ただ、それはパブリックスピーキング、つまり公の場での話し言葉なのですね。みんなの前で発表やスピーチをする。あるいは猫派か犬派かといった対立線をあえて作り、ディベートやディスカッションをさせる。そのような“パブリック”な言葉に関しては指導が進んでいて、リポートなども今の子はとても上手です。

 でも、私はパブリックな言葉より、隣の人とどうしたら心を通わせることができるか――日常の暮らしの中で学ぶ言葉が大事だと思っています。自分の気持ちを言葉で表現できる。相手の言葉を聞いて、その子が何を考えているのかを理解できれば、よい人間関係を築くことができます。そうすれば、近年多発している悲しい事件を防ぐこともできるのではないでしょうか。

――人はこれまで、意識せずとも家庭の中で話し言葉を学んできた。だが、現代の家族のかたちではなかなか難しいのも事実だ。

 核家族では、たとえば昼間、お母さんと子どもだけで過ごしていると言葉は必要ありません。おなかがすいたころにごはんが出る。のどが渇いて「ジュース」と言えば、さっとジュースが出てくる。名詞だけで暮らせるのです。
 「てにをは」が整っていなくても、相手の気持ちを推し量らなくても、なにも支障がない。人と人とのコミュニケーション力を高めるという点では、家庭は難しい場になっています。

 先ほど申し上げたように、学校はパブリックな言葉の教育が中心です。先生もとても忙しいので、話し言葉まで教えるのはちょっと無理でしょう。
 そうすると、今いちばん欠けているのが地域なのです。子どもが地域で大人の言葉を聞く。地域が子どもの言葉を育てる場にならない限り、子どもの言葉は育たない時代です。
 学校が悪いのではなく、お母さんが悪いのでもない。地域で子どもに目配りできるような、心地よいつながりができればいいですよね。そう思って、子どもの言葉を育てることと地域づくりとを組み合わせる活動を進めています。

――自分の気持ちを自分の言葉で表現することができれば、いい人間関係が築けるようになる。その力を子どもたちに身につけてほしい。それには地域という場が必要だ。 「子ども」と「言葉」とのつながりにかける、山根さんの思いが伝わってくる。
 次回は山根さんが組織の中で感じた「言葉の力」についてうかがいます。


※人物撮影:渡邉誠
(構成:横山佳代子、企画:大橋弘依、編集:小田中雅子、佐藤博美)

【山根基世オフィシャルサイト】
http://www.yamane-motoyo.com/


※この記事は、株式会社リビングくらしHOW研究所が運営するライター・エディター養成講座「LETS」アドバンスコース15期生の修了制作として、受講生が企画立案から構成、取材、編集、校正までを実践で学びながら取り組んだものです。
【ライター・エディター養成講座「LETS」のホームページアドレス】
http://seminar.kurashihow.co.jp/lets


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【やまねもとよ】
1948年山口県生まれ。元NHKアナウンサー。ニュース、美術や旅番組、ラジオ番組のほか、大型シリーズのナレーションを務める。2005年、女性として初のアナウンス室長に就任。2007年に退職。現在は子どもの言葉を育てる活動を展開。2015年から朗読指導者養成講座を開講している。『こころの声を「聴く力」』ほか、著書多数。
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