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子どものこれから
地域で育む子どもの言葉 フリーアナウンサー
山根基世
第2回 言葉の力は生きる力
 2005年、山根基世さんはNHKで初めて女性のアナウンス室長に就任しました。就任後には、女性アナウンサーが男性アナウンサーと同じように学び、働ける職場環境を目指して改革を実行。そこには、一人の働く女性として、また500人をこえるアナウンサーの長として立ち向かわねばならない、さまざまな壁があったそうです。その壁を乗り越えるために必要だったのも、「言葉の力」。組織の中で感じた思いを語ってもらいました。


――“NHKの顔”として活躍していた山根さん。アナウンスの技術を磨きつつ、女性アナウンサーとしての地位も確立してきた。着実に、しなやかに、その道を切り開いてきたのかと想像していたが・・・・・・。

 入局した当初は本当にみじめでしたよ。当時、NHKの女性アナウンサーで地方出身は私だけ。みんな、東京生まれの東京育ちでした。社員食堂で一人で晩ごはんを食べていると悲しくなってね。ほかの人は光り輝いて見えるし、「ああ、場違いな所に入ったな、こんな所でやっていけるのかしら」って思っていました。
 そんな新人の8月に大阪へ転勤になりました。東京のアナウンス室は120人ぐらいいますが、大阪は28人。その中で女性は私を含めて2人。もう一人の女性の先輩にはとてもかわいがってもらい、本当に救われました。
 NHKの場合、アナウンサーは全都道府県の各局に配属され、大阪や東京には経歴を積んだ実力がある人が集まります。そのため大阪にいる男性アナウンサーは私よりかなり年上の人ばかりだったので、皆さんによく面倒をみてもらいすぐに元気になりました。大阪で本当に幸せな新人時代を過ごし、楽しかったと自分では思っていたのですが、数年前、その当時の日記が出てきて読んでみると、「このごろ、よく死にたくなる」と書いてあってびっくりしました(笑)。

――そんなに楽しい思い出がある職場でも、実際はつらいこと、大変なことが多かったとは意外です!

写真提供:山根基世
 アナウンサーという仕事は専門職です。本来は、正確に読めて、聞ける。インタビューや司会、中継ができる。専門的な技術を持っている人のことをアナウンサーというのです。
 ところが、私たちは入局した翌日から“アナウンサー”という肩書がついてきます。でも実際にはなにもできません。まだワープロもない時代なので、手書きの3行ほどのコメントを18秒で読めと言われ、とちりまくり。汗だくになってようやく読み終えたら、ディレクターからひとこと、「ヘタだねえ」って言われたことも。それはみじめでしたよ。

――確かに一度画面に映ってしまえば、新人か経験者かは関係なく、“アナウンサーであればできて当然”と視聴者である私たちは見てしまう。しかも、技術は一朝一夕には身につかない。誰もが抱えるジレンマを山根さんも感じていた。

 アナウンサーは、基本的な仕事ができるようになるまでがつらい。それがなんとかできるようになった先に、組織の壁や男社会の壁などいろいろありました。もう、あちこちぶつかって、コブだらけでしたよ(笑)

――振り返ると、女性アナウンサーが男性アナウンサーと同じようにニュースを読んだり、メーンキャスターとして番組の進行を務めたりするようになったのはここ20年ぐらいのこと。山根さんが入社した当時はまだまだ男性中心の世界。組織や男社会の壁を乗り越えるすべを身につける中で、山根さんは大事なことを学んだ。

 まずは、戦える相手かどうかを見極めるべきでしょうね。当時、ニュース原稿などは、アナウンサーが表現の誤りを指摘しても「何を生意気言うんだ、きさま!」って怒鳴るような理不尽な人がいたり、目には見えない組織の上下関係などがありました。
 そういう人や組織と無理に戦っても勝ち目はない。やはり自分が一人前といえる力をつけたうえで発言しないとだめだと痛切に感じました。それはアナウンサーだからということではなく、組織で働く人間として必要なことだったと思います。

 自分の“思い”を言葉にする力は本当に大事です。アナウンス室長になったとき、リーダーが思いを言葉で伝えていくことの大切さを実感しました。思いを伝えて、謙虚に、周りの人に助けてもらえる人間関係を築いていけなければ、リーダーシップは発揮できない。人や組織を導いていくために、なくてはならない力です。

――子どもの言葉を育てることへの思いは、言葉に接していたアナウンサーという立場から生まれたものなのかと想像していたが、自身の経験からも感じるところがあったのですね。

 「言葉を育てること」への思いを突き詰めると、根っこは自分の経験につながると思います。組織の中で悩んだり苦しんだりしたとき、自分の思想を持ち、それを伝えられる言葉の力がなければダメだと痛感しました。同時に、自分の目でものを見て、頭で考えれば、こんなことが許されるはずがないと思うようなことも多々ありました。

 たとえば上司の命令に、何も考えず簡単に従ってしまうのか、もし何か違うと思うならば「違う」と発言できる勇気を持てるかどうか。考える力や発言する力を一人ひとりが身につけなければ、誰もが幸せに生きられる社会にはならないということを強く感じたのです。

 子どもたちがこれから生きる世の中は、自立した精神を持って、よりよい社会を実現しようと考える人の集団であってほしい。その願いが、子どもの言葉を育てたいという活動にもつながっているのだと思います。

――言葉を育てることは、生きる力を養うこと。それは、幸せな社会をつくっていく原動力としてもなくてはならないもの。次回は、山根さんが2015年4月から始めた講座や、地域でつながりをつくる取り組みについてうかがいます。

※人物撮影:渡邉誠
(構成:横山佳代子、企画:大橋弘依、編集:小田中雅子、佐藤博美)


【山根基世オフィシャルサイト】
http://www.yamane-motoyo.com/


※この記事は、株式会社リビングくらしHOW研究所が運営するライター・エディター養成講座「LETS」アドバンスコース15期生の修了制作として、受講生が企画立案から構成、取材、編集、校正までを実践で学びながら取り組んだものです。
【ライター・エディター養成講座「LETS」のホームページアドレス】
http://seminar.kurashihow.co.jp/lets


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【やまねもとよ】
1948年山口県生まれ。元NHKアナウンサー。ニュース、美術や旅番組、ラジオ番組のほか、大型シリーズのナレーションを務める。2005年、女性として初のアナウンス室長に就任。2007年に退職。現在は子どもの言葉を育てる活動を展開。2015年から朗読指導者養成講座を開講している。『こころの声を「聴く力」』ほか、著書多数。
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