バラ生花の香りを楽しむのに適したシーズンは春と秋の2回。でも、フレグランス(香水や香り付きハンドクリームなど)なら時期を問う必要はありません。京成バラ園で作られたバラの香りをもとにした、フレグランスの共同開発にもかかわっているお二人。その裏側でどんなドラマがあったのか――知られざるエピソードを紹介します。
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――お二人は 「薫乃(かおるの)」をはじめ、「夢香」「桃香」など、京成バラ園で作られたバラの香りをもとにしたフレグランスの共同開発にもかかわっています。開発のきっかけを教えてください。
村上 最初は、バラを育てたことがない人にも興味を持ってほしい、バラならではの豊かな香りを1年中楽しんでもらいたい――そんな思いからフレグランスの開発に取り組みました。
蓬田 薫乃の香り成分を分析したとき、「なんて幅広い香りを含んでいるんだ!」と感激したことを覚えています。バラ特有の甘く華やかな香りやフルーティさがありながら、スミレ香やムスクに似たスモーキーでスパイシーなミルラの香りも含み、厚みがあって非常に深い。これは素晴らしいフレグランスになりそうだという予感がありましたね。
――どんなフレグランスにしたいと思ったのですか?村上 共同開発を依頼するにあたり、蓬田さんには、「バラ園に咲く薫乃の香りをそのまま感じることができるような、そんなフレグランスを作りたい」とお願いしました。

夢香 /写真提供:京成バラ園
蓬田 しかしながら、第1回でもお話ししたように、バラに含まれる香気成分はとても複雑です。そのため、現状では科学的な分析結果に基づく香りの完璧な再現は不可能です。それだけでなく、分析により判明している香り成分の中にも、香料としては存在しないものもあります。
そこで、分析した成分をもとに調香していく過程で、その特徴的な美しさを中核に据えながら、香料として使えない微量成分を補う要素を足し引きし、何十もの試作品を作りました。その中の何点かを村上さんに嗅いでもらい、意見を交換するスタイルで開発を進めていきました。

桃香 /写真提供:京成バラ園
村上 華やかだけれどさわやかで、植物特有の青臭さがあるのが本物のバラの持ち味です。作品を作ろうとする蓬田さんに対し、私はなるべくバラ生花に近いみずみずしい香りを求めていました。
蓬田 村上さんの頭の中にある香りの記憶をもとにしながらも、“香りの作品”としての落としどころをどこにするのか、お互いにせめぎ合いでしたね(笑)。
――生花とフレグランスの香りは、似ているようで全く違うものなのだということを、お二人の話を聞いてあらためて気づかされました。次回(最終回)は「フレグランスは芸術作品 ?」と題し、“香りの作品”としてのフレグランスの魅力を伺います。【香り・花付き・育てやすさのバランスで選ぶならこの品種】
村上さんのおすすめベスト3! 「バラが好き」という人は世の中に大勢いますが、その魅力を味わえるのは自分で育ててこそ――と話す村上さん。今回は番外編として、「ガーデン・オブ・ローゼズ」を紹介してもらいました。番外編 「ガーデン・オブ・ローゼズ」【特徴】鉢植えでも形よくまとまり、誰でも安心して育てられる初心者向けのバラ。淡い杏色の花は開くにつれクリームピンクに変化。ロゼット咲きの花が、高さ1mほどの株にあふれるように咲き続ける。秋の花つきも非常によく、コンパクトな樹形なので、鉢植えや庭の花壇の縁どりに向く。ドイツ人のガーデナー・グリーゼ夫人と彼女のバラの庭「ガーデン・オブ・ローゼズ」にちなんで名づけられた。
【村上さんのおすすめポイント】 「バラを育ててみたい」と思う人の望み……花がたくさん付いてほしい、簡単に育ってほしい、いつでも咲いてほしい、香りが立ってほしい……がすべて入っているバラ品種です。特にこのバラはコンパクトに育つので、育てる際に余計な判断も必要ありません。このバラを足がかりに、育てる楽しさに目覚める方もたくさんいらっしゃいます。
(構成・宮嶋尚美、人物とフレグランス撮影・永田まさお)