前編 「ムーミン」小説出版80周年を記念した“とっておき”イベント
ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソンをテーマにした新刊『トーベ・ヤンソンの夏の記憶を追いかけて』が、8月下旬より全国で発売になります。それに先がけて、東京・六本木で開催中の「トーベとムーミン展~とっておきのものを探しに~」にて特別に先行販売を実施! 新刊と併せて楽しめる展覧会の見どころを、展示協力と図録の編集を手がけた著者の内山さつきさんに2回にわたって紹介してもらいます。
* * *
今年2025年は、1945年に「ムーミン」シリーズの最初の小説『小さなトロールと大きな洪水』が出版されてから80周年を迎えます。国内外でさまざまな記念イベントが行われていますが、東京・六本木の森アーツセンターギャラリーでは、見どころ満載の展覧会
「トーベとムーミン展〜とっておきのものを探しに〜」が開催中です。
世界中で愛されている「ムーミン」シリーズですが、その作者トーベ・ヤンソンはムーミンだけにとどまらず、画家、作家であり、連載漫画や壁画、舞台も手がける、驚くほど多彩な才能を持ったアーティストでした。今回の展覧会は、「ムーミン」シリーズの魅力とともに、トーベ・ヤンソンの人生や作品にも焦点を当てた構成となっています。

ヘルシンキにあるトーベのアトリエの白い壁と木のぬくもりをイメージした会場デザイン
1914年、フィンランドのヘルシンキに生まれたトーベ・ヤンソンとは一体、どんな人だったのでしょう? 展覧会会場に足を踏み入れると、第1章は「トーベ・ヤンソン」。トーベのヘルシンキのアトリエをイメージした空間が広がっています。絵筆とパレットを持ったトーベが迎えてくれます。

トーベの紹介コーナー
トーベは、スウェーデン語系フィンランド人の彫刻家の父と、スウェーデン人の挿絵画家の母の元に生まれました。二人の弟も写真家、漫画家になります。ヤンソン一家は芸術家一家でした。
トーベの夢は、幼い頃から「画家になること」。
父ヴィクトルの優美な彫刻、母シグネの細やかな挿絵を間近に見て育ったトーベが、芸術家として生きることを決意するのはごく自然なことでした。また芸術の分野で成果を上げることは、彫刻家として評価されていた父から一人前として認められることでもあったのです。
トーベの「自分は画家である」という意識は、「ムーミン」シリーズが世界的な人気を集めるようになってからも変わりませんでした。
本展第1章では、トーベが描いた自画像や風景画の油彩作品を1930〜1960年代まで、年代順に紹介しています。自画像には、トーベの芸術家として自立するという強い意志や、そのときどきの心情が見事に表現されています。作風やテーマの変化にもぜひ注目してみてくださいね。
また、この展覧会の大きな見どころの一つは、トーベが戦後復興期に精力的に手がけた公共施設のためのアートの紹介です。公共施設のための壁画は、トーベが大画面に向かって画家としての手腕を存分に発揮し、自分の中にある豊かなファンタジーの世界を自由に表現できる場でした。こうした作品の中には、「ムーミン」のキャラクターたちもたびたび楽しげに登場しています。

アウロラ病院小児病棟の壁画のためのスケッチ
1956年、ヘルシンキのアウロラ病院小児病棟の階段に描かれた「遊び」は、病気の子どもたちの心を和らげるために制作されました。「ムーミンの仲間たち」が軽やかに階段を駆け上がる姿はきっと、病院にいることを忘れさせてくれたでしょう。
会場では、この作品のために制作された愛らしいスケッチを観ることができますよ。
また、フィンランドのコトカにある保育園のために描かれた大きな壁画「フェアリーテイル・パノラマ」は、日本ではこれまでほぼ紹介されていなかった作品です。
展覧会では、この2面で構成されている壁画を、原寸の2面あわせて幅約7メートルの大きさの映像で再現しています。木炭で描かれた下絵から着彩へ、そして描かれたキャラクターたちが動き出す展覧会オリジナルのアニメーションは圧巻です。
この展覧会は、ヘルシンキ市立美術館(HAM)の協力のもと構成されました。
ヘルシンキ市立美術館では、昨年2024年に「トーベ・ヤンソンーパラダイス」展というトーベの公共施設のためのアートに焦点を当てた、大きな展覧会が開催されました。「フェアリーテイル・パノラマ」の下絵はフィンランドでも初公開で、大きな反響を呼びました。こうした展覧会の成果の一部が、こうしていち早く日本で紹介されているのは特筆すべきことでしょう。

舞台化されたムーミンの設定画
第1章では、他にもムーミンの元になったキャラクター「スノーク」が描かれた雑誌『ガルム』の展示も。
『ガルム』は、フィンランドのスウェーデン語系の政治風刺雑誌で、トーベは第二次世界大戦中、反戦のメッセージを込めた風刺画を勇敢に描き続けました。今のムーミンよりちょっとひょろ長い形の「スノーク」が、ときには雑誌のタイトルの影に隠れるようにして、ときには風刺された人物と同じ動作をして、どこかに隠れています。ぜひ見つけてみてくださいね。
また、演劇になったムーミンの「設定画」や「ムーミン・オペラ」のポスターやパンフレットなど、本の世界を飛び出したムーミンたちの活躍もたっぷり鑑賞することができます。
そして、トーベのアトリエの窓からの風景が眺められるコーナーでは、今年2月にお亡くなりになった、トーベ・ヤンソン研究家で翻訳家の冨原眞弓先生とトーベの交流が紹介されています。冨原先生の翻訳のおかげで、私たち日本の読者は、トーベの大人向けの小説を美しい日本語で読むことができるのです。トーベが冨原先生に送った、あたたかな言葉に満ちたお手紙の数々が紹介されています。
では、「ムーミン」小説をイメージしたゲートを通って、いよいよムーミンの物語の中に入っていきましょう!(後編につづく)

ムーミン最初の小説『小さなトロールと大きな洪水』。
スウェーデン語で出版された原書の表紙を通って物語の世界へ
🄫Moomin Characters™ 🄫Tove Jansson Estate
(構成・写真:内山さつき)
トーベとムーミン展~とっておきのものを探しに~
[東京会場]
森アーツセンターギャラリー (六本木ヒルズ森タワー52階)
2025年7月16日(水)~9月17日(水) 会期中無休
10:00~18:00 (金・土・祝前日は10:00~20:00)※入館は閉館の30分前まで
※土・日・祝日および平日のうち特定日 (8/12~15、9/16・17)は日時指定予約制
[電話]050‐5541‐8600 (ハローダイヤル)
[公式サイト]
https://tove-moomins.exhibit.jp/ (最新情報をご確認ください)
<先行販売>実施中! 全国発売は8月下旬から
新刊『トーベ・ヤンソンの夏の記憶を追いかけて』
内山さつき 著

定価2420円(税込)
トーベ・ヤンソンが26年間、ほぼ毎年の夏を過ごした島クルーヴハル。その孤島に著者・内山さつきさんが訪れ、1週間滞在した忘れがたい日々と、トーベの友人たちが語った友情の思い出――二つの記憶を重ね合わせながらトーベの面影を探す旅のエッセイです。アトリエや幼少期を過ごした家、ムーミン美術館など、トーベゆかりのスポットも収録。ムーミンを愛する人、トーベ・ヤンソンに魅せられた全ての人に贈る1冊です。
開催中の「トーベとムーミン展」の特設ショップで先行販売! ひと足早くお届けします。【新刊の購入】はこちら→