近年、自然災害が多発する中、経験から得た教訓をいかに継承していくかが模索されています。その足がかりとなるのが、昨年2024年に誕生した『NIPPON防災資産』。地域で発生した災害の状況をわかりやすく伝える施設や、災害の教訓を伝承する語り部や祭り、イベント、防災ツアーなどのさまざまな活動を『NIPPON防災資産』として認定する新制度です。制度を通じて目指すのは、災害のリスクを自分事化し、主体的な避難行動や地域に貢献する防災行動につなげること。今回は、災害伝承の研究をリードし、新制度の選定委員会委員長も務める東北大学災害科学国際研究所の佐藤翔輔准教授に全3回にわたりインタビュー。防災資産について学びながら、災害とともに生きる暮らしを考えます。――『NIPPON防災資産』は、2024年5月に内閣府と国土交通省により新設され、9月には第1回認定案件として、優良認定11件、認定11件、合わせて22件が公表されました。なぜこうした制度が誕生したのでしょうか? 大きなきっかけとなったのは、昨今高まる水害リスクへの危機感です。皆さんもご存じのように、気候変動の影響によって全国各地で洪水や浸水、土石流などの自然災害が多発し、その規模や範囲も拡大しています。水害に強い地域社会づくりがいっそう急がれる今、河川整備や防災情報の発信といった対策とともに重要となるのは、一人ひとりが災害への備えを自分事化することです。そのためにはまず、地域で起こった災害について知る必要があります。そこで生まれたのが、日本各地の水害伝承を防災資産として認定し、その教訓を広く知ってもらおうというアイデアです。認定制度を具体化していく中で、最終的には水害だけではなく、あらゆる災害を対象とする現在の形になりました。

佐藤翔輔先生
……と、ここまでは公式の話で、実は私には別の意図もありました。それは「人を中心としたソフトな伝承活動」の保存と継続です。私は大学で博士課程を修了後、くしくも東日本大震災が発生した2011年から東北大学で教職を得ることになり、以降、宮城を拠点に東北各地の復興や防災の取り組みに携わってきました。その中で、被災地に残る数々の災害伝承を知り、震災における被害状況と伝承の関係性などについて研究するようになりました。そこで感じたのが、生身の人間による伝承の重要性です。遺構や伝承施設などのハードの伝承も大切である一方、人の活動によるソフトの伝承には、より強い「伝える力」があります。しかし、そうした活動は目に見えにくく、残りにくい。既存の認定制度も、建物などを対象にするものしかありませんでした。そこで、ソフトの活動をきちんと残していくためにも防災資産を生かせればと考えたのです。認定制度によって国の記録とすることは、活動を未来永劫残す一つの方法だからです。
――遺構や施設などのハードの伝承であっても、そこでどのような取り組みをしているかが重要なのですね。人による伝承にはそれほど伝える力があるのですか? 例えば私が行った実験で、「人が生の声で伝える災害体験談はもっとも記憶に定着しやすい」という結果が示された例があります。東日本大震災の被災地で行われている語り部活動の伝承効果を調べたもので、実験では「語り部本人(震災を経験した当事者)による語り」「本人の語りの映像」「本人の語りの音声」「本人の語りを書き起こしたテキスト」、そして「語り部の弟子(当事者ではない人)による語り」という5つの方法で震災の経験を伝えたとき、聞き手がより内容を覚えているのはどの方法かを検証しました。

みやぎ東日本大震災津波伝承館(石巻市)での語り部講座の様子
結果はどうなったと思いますか? まず、語りを見聞きした直後に行ったテストでは、意外にも「語り部本人による語り」ではなく「本人の音声」が1位になりました。これはラジオと同じように、視覚情報がないことで耳からの情報に集中した結果と考えられます。しかし8カ月後、抜き打ちテストを行うと結果は変化。1位は「本人による語り」となり、長期的に記憶に残るのはやはり本人からの直接の語りかけだとわかりました。さらに注目したいのは、2位が「弟子による語り」だったことです。たとえ当事者ではなくとも、“人が伝える生の言葉”は記憶に刻まれやすいものなのです。
――時とともに災害を経験した当事者が減っていくことが伝承の課題となるケースもありますが、この実験結果は「必ずしも当事者ではなくても教訓を伝え続けることはできる」と希望を持たせてくれますね。
こんな事例もあります。東日本大震災の際、マニュアルだけに頼らず、その場の状況に合わせて避難を行ったことで児童の命を救うことができた2つの小学校がありました。避難の指揮をとった校長先生に「なぜ臨機応変な対応ができたのか?」と質問したところ、2人からは同じ回答が返ってきました。それは「日ごろからの会話」です。どちらの学校でも、避難訓練の日などに限らず、昼ご飯を食べながら、お茶飲みをしながら、日常的に先生同士で「今もしも地震が来たらどうしようか」「こういった被害が起きたらどうしようか」といったことを話していたそうです。会話や対話というのは、考えるきっかけになる行為なんですね。話し合うことで、頭の中にはいざというときの多様な行動パターンが生まれます。臨機応変に対応するための選択肢が増えていくのです。
――記憶に残りやすいこと、応用できる選択肢が広がること。これが人による伝承の効果なのですね。そうした点を踏まえて、防災資産は具体的にどのような評価基準で選ばれたのでしょう。 評価項目には「事実関係を正確に伝えていること」「行動を起こす動機付けにつながること」など4項目を定めていますが、私がもっとも重視するのは「深い学びや行動に結びつく手がかりがあること」です。平時の行動の中で防災に結びつく活動になっているか、情報の質向上や継続性確保の取り組みをしているか、といった点ですね。一言でいうと「持続可能性」があるということになります。
災害伝承の目的の一つは、命を守ることです。そのためには次の災害が起きるまで伝え続ける必要があるわけですが、これは決して簡単なことではありません。一般的に、30年前後が世代交代のタイミングであることなどから、災害伝承が30年を超えて存続するのは難しいともいわれます。しかしながら、防災資産には30年を超えて今に伝わる伝承も多くあります。兵庫県神戸市の「人と防災未来センター」は30年前の阪神・淡路大震災の教訓を今に伝えていますし、群馬県嬬恋村の「天明三年浅間山噴火災害語り継ぎ活動」など江戸時代の災害を伝承するものもあります。何もしなければ30年を超えることは難しい。しかし、超える術はある。私はそう考えています。

「3.11 伝承ロード」の構成要素の一つである「みやぎ東日本大震災津波伝承館」
持続可能性とともに重視するのが「連携性」です。認定資産には、熊本県内約60カ所の震災遺構と中核拠点や地域拠点で構成されたフィールドミュージアム「熊本地震 記憶の回廊」や、青森・岩手・宮城・福島にある東日本大震災の伝承施設300件以上をネットワーク化し、さまざまな防災の取り組みを行う枠組み「3.11伝承ロード」など、いくつもの施設や活動をつなぐ取り組みがあります。
連携性を持つ伝承は「災害では複合的にさまざまなことが起こる」と教えてくれます。例えば一つの地震が起きたとき、そこから生じる被害は、建物の倒壊、火災、津波、液状化など多岐にわたります。東日本大震災では原子力発電所の事故も発生しました。
災害は繰り返しやってきますが、全く同じ災害が二度起こることはありません。このとき「持続性」「連携性」を備えた伝承は、命を守るヒントをくれるのです。(つづく)
――価値ある伝承を伝え続けていくために設立された『NIPPON防災資産』。「遺産」ではなく「資産」とした名称には、それぞれの伝承活動が未来に向けて価値を発揮し続けるものであってほしいとの願いを込めているのだそう。認定には有効期間を設け、活動状況によって更新の可否を決めることで、持続的な活動を促す工夫もなされています。第2回では、防災資産に選ばれた伝承の事例を紹介してもらいます。(構成:寺崎靖子)