好評既刊『ニースっ子の南仏だより12カ月』の著者で、南仏ニース在住のステファニーさんの新連載がスタート! 生まれ育った南仏の季節の味と思い出の食卓を紹介してもらいます。 南仏を旅行するとき、皆さんが必ず旅のスケジュールに入れたいと思うのがマルシェめぐりでしょう。ズッキーニの花やアーティチョークなど、日本ではなかなか見られない色鮮やかな野菜やフルーツがずらりと並ぶマルシェは、地元の人々のライフスタイルを肌で感じられる場所。籠や木箱を使ったディスプレイも魅力的で、女性の憧れの場所の一つだと思います。
フランスでマルシェが開かれるようになったのは14世紀、中世の時代からといわれています。地元の生産者が、自分たちの手で作った新鮮な野菜などを販売する大切な場所でした。現在でもフランス各地で大小合わせて1万カ所以上ものマルシェが開催されています。野菜やフルーツの販売が中心ですが、肉、魚、チーズ、蜂蜜、パン、洋服、雑貨、手づくりのアクセサリーなどを販売しているマルシェもあって、大勢の人で賑わっています。
私にとって、マルシェは特別な思い出とつながっている大切な場所。実は初めてアルバイトをしたのがマルシェなのです。14歳から20歳まで、6年間もアルバイトをしていました。反抗期に入って、言うことを聞かずに母と頻繁にけんかを繰り返していた14歳の夏。私の家から歩いて5分の畑で野菜を作っていたANSELME(アンセルム)という名のおじさんに、「うちの娘を働かせてくれませんか?」と母がお願いしたら、すぐに私を雇ってくれたのです。当時の私は自分で野菜を買ったこともなく、はかりの使い方やお釣りを何度も間違えました。最初は本当に苦労しましたが、そのうちにだんだんと慣れて、6年間も続いた夏休みのアルバイトになりました。
アルバイトは毎年7月と8月の週2回。早朝4時に起きて待っていると、アンセルムが野菜やフルーツをいっぱいに載せた赤い軽トラックで家に迎えに来てくれて、山の真ん中の村まで約2時間のドライブです。村人たちが皆まだ寝ている夜明け前の暗い中、村の広場にパラソルとテーブルを広げ、採れたての野菜やフルーツの入った重いケースを一つずつ軽トラックから出して並べると、午前7時前には早起きのお客さんがやって来ます。
アンセルムの一番の自慢は、早朝3時にランプを片手に収穫してきたばかりのズッキーニの花。オレンジ色の大きい花を集めた10本のブーケが10フランでした。私は14歳から6年間もこのマルシェで働いたので、常連のお客さんとは仲良しになって、まるで本当の娘か孫のように可愛がってもらいました。
マルシェのアルバイトでの楽しみの一つだったのが、アンセルムが作ってくれたパンバニャ(オリーブオイルをたっぷりとかけたパンに新鮮なサラダを挟んだ、ニース伝統のサンドイッチ)です。午前7時を過ぎておなかが空いてくると、アンセルムが焼きたての大きなバゲットを村のパン屋さんで買ってきて、自分で育てたトマト、キュウリ、タマネギ、バジルにオリーブ、そしてわざわざ持ってきたツナとアンチョビも加えて、世界で一番おいしいパンバニャを作ってくれました。
朝の7時からパンバニャを食べている私たちを見て、お客さんはみんな目を丸くしてびっくり! なぜかというと、フランス人の朝食は基本的にパンとコーヒーだけ。サラダやチーズは食べないからです。でも早朝から起きて働いている私たちにとっては、朝の7時がすでにランチタイム。マルシェで一緒に食べたパンバニャのおいしさは、今でも忘れられません。
アンセルムのおかげで、野菜の量り方はもちろん、新鮮な野菜やフルーツの選び方、人とのコミュニケーションのコツ、働く楽しさ、そしてたくさんのレシピも覚えました。残念ながら数年前に他界してしまったのですが、アンセルムと過ごした夏のマルシェは一生忘れない特別な思い出です。
20歳になってマルシェでのアルバイは辞めてしまいましたが、今でも自宅近郊で開催されるマルシェへ定期的に出かけています。目的はオーガニックの新鮮な野菜を買うこと。スーパーで野菜は絶対に買いません。でも皆さんに知っておいてほしいのは、マルシェだからとても安いというわけではないことです。むしろ外国から大量の野菜を仕入れるスーパーのほうが、安く買うことができます。マルシェは生産者が育てたものを直接販売するのですから、あまりにも安いと利益は出ません。しかもこだわりのオーガニック野菜となると、値段はぐんと高くなります。
それでも私がマルシェで野菜やフルーツを買うのは、なによりも新鮮で品質がいいから。そのうえ、生産者の顔を直接見て話すことができるからです。おいしい食べ方や新鮮な野菜の選び方を教えてもらえるマルシェは大事な社交場。お店を見て回るだけでもインスピレーションを受けておいしいものを作りたくなりますし、たくさん買い物をすれば安くしてくれたり、おまけにパセリやバジルをもらえたりもします。マルシェを歩いていると、周辺のレストランのシェフにもよく会えるんですよ。
マルシェの出店者のうち、生産者は20パーセント以下で、残り80パーセント近くが小売業者です。生産者か小売業者かを見分けるには、店先の看板を確認してください。フランス語で「Producteur(生産者)」と書かれている店が生産者の店です。値札には産地表示が義務付けられていて、国、地方、または町の名前を明記する必要があります。南仏のマルシェで買い物をするなら、やっぱりおすすめはFRANCE(フランス)産かPROVENCE(プロヴァンス)産。計り売りなので自分の好きな量だけを買うことができるため、一人暮らしや年配の人にとってもとても便利な場所です。
最近ではクレジットカードが使えるお店も多くなりましたが、中には使えないお店もあるので、念のために現金を持っていったほうがいいでしょう。開催日や開催時間はマルシェによって異なり、毎日開催するマルシェや週に1回か2回のマルシェもあります。ほとんどのマルシェは午前中だけ。だいたい朝の8時か9時に始まって、13時には閉店です。新鮮な野菜やフルーツを手に入れたいなら朝早く行く必要がありますが、あまり早いと準備中のことも多いので、9時ぐらいに行くのがおすすめです。
マルシェは地元の人だけに限らず、旅行者でも楽しめる場所。私は日本から来たお客さまをよくご案内するのですが、オリーブや塩、ジャムなど、小さくてあまり荷物にならないけれど素敵なお土産を手に入れることができるので喜ばれます。もちろん、何も買わなくてもいいのです。チーズ、オリーブ、パンなどを試食することもできますし、カラフルでおいしそうな商品がたくさん並んでいて、お店の人とお客さんが楽しくおしゃべりをしているのを眺めるのも楽しいでしょう。
ハーブや焼きたてのパンのいい香りが漂っていて、活気溢れるマルシェにいるだけでも、フランス人の日常の暮らしを体験することができます。マルシェの近くにあるカフェのテラスに座って、おいしいコーヒーを飲みながら人間ウオッチするのも最高の旅の思い出になると思います。(つづく)
【ステファニーのおすすめマルシェ】
《ニース・サレヤ広場》火曜~日曜/8時~13時
食料品、花、ハーブ、石鹸や土産品なども売っているので観光客にも人気。
《ニース・リベラシオン地区》火曜~日曜/8時~13時
食料品のみ。地元の生産者が多く、オーガニックの商品もあって地元の人に人気です。
《マントン》火曜~日曜/8時~13時
食料品がメイン。地元やイタリアの生産者が多く、有名なパン屋さんもあります。最近、とっても品ぞろえのいい肉屋さんもオープンしました。
《アンティーブ》火曜~日曜/8時~13時
食料品がメイン。ハーブ、花、チーズも売っていて、地元の人に人気です。
《カンヌ》火曜~日曜/8時~13時
食料品がメインで地元の人に人気です。観光客にはあまり知られていません。
《モナコ・コンダミンヌ地区》火曜~日曜/8時~13時
食料品と花がメインです。イタリアの生産者もたくさん出店しています。マルシェの隣にあるフードコートもおすすめ。
《ヴァルボンヌ》毎週金曜/8時~13時
食料品のほかに洋服と雑貨も。小さな村なのにマルシェが広くて素敵なものばかりです。値段がリーズナブル。
《サントロペ・リス広場》毎週火曜と土曜/8時~13時
食料品のほかに洋服・雑貨・ブロカントも少し。とても広くて1時間以上滞在したくなります。おしゃれなお店とお客さんばかりですが、値段が割とリーズナブルです。
《イタリア・ヴァンチミリア》月曜~土曜/7時~13時
地元の生産者が多く、野菜とフルーツのほかに、パスタ、肉、魚、花、お菓子、惣菜なども買えます。毎週金曜は大規模なマルシェが開催され、洋服や雑貨を売る店もたくさん出店します。南仏より安いのが魅力ですが、スリには要注意。
【マイ コートダジュール ツアーズ】
http://www.mycotedazurtours.com/【mycotedazurtours Instagram】
https://www.instagram.com/stephanie_francetrip/『ニースっ子の南仏だより12カ月』
定価2200円(税込)
地元っ子ならではの視点で案内する
南フランス12カ月の暮らしと街歩きの楽しみ方
生まれ育ったニースを拠点に、日本人向け貸し切りチャーターサービスの専門会社を営む著者が、流暢な日本語を生かして綴る南フランスの日々の暮らしと街歩きの楽しみ方。1年12カ月、合計60のエピソードを収録。興味のある月やテーマを選んで気軽に読めるので、日々のちょっとした空き時間を使って太陽の光あふれる南仏コート・ダジュールを旅した気持ちになれる一冊です。4世代に伝わる家庭料理の簡単レシピも収録。
【Stephanie Lemoine】
1979年フランス・ニース生まれのニース育ち。高校で第3外国語として日本語を選択、大学はパリにある国立東洋言語文化学院(Institut national des langues et civilisations orientales)で日本語と日本文学を専攻。大学時代の1年半、東京学芸大学に留学。ニースを拠点にした日本語ツアーや通訳、各種コーディネートなどを提供する「マイ コートダジュール ツアーズ」に、日本語ドライバーとして2008年から勤務し、10年に社長に就任。フランス政府公認ガイド。日本でのお気に入りの場所は宮島(広島県)と湘南(神奈川県)。大好きな鎌倉で老後を過ごすのが夢で、2人の息子たちには毎日欠かさず日本の話をしている。