春は別れの季節です。
伊豆大島には警察官、教師、東京都支庁の職員などたくさんの公務員の方が赴任されています。任期は2~3年。毎年2、3月になると「島を離れることになりました」というあいさつが島のあちこちで交わされます。わがハブカフェのご常連の中でも何人かの方が離島されます。さびしいけれど、新しい門出、人生の次なるステージに移る皆さんを応援する気持ちのほうが強いかもしれません。悲しい別れではなく、笑顔を伴うエールに替えたさよならです。
カフェを運営するまで、日常でこれほど多様な職業の方と知り合うことはありませんでした。おまわりさんや小学校の校長先生から「寺田さ~ん」と名前で呼びかけられることもなければ、東京都の職員の方と行政のあり方を現場レベルで語り合うなんてこともなかった。仕事中とは別の表情で、お子さまを連れてご家族一緒にハブカフェでリラックスされている様子を見るのも嬉しいものでした。少し離れた交番に赴任した駐在さんの奥さまが、「昨日の夜、夫婦ゲンカしちゃって、むしゃくしゃしたのでこっちまで遠出してきちゃいましたー」などと、ちょっと微笑ましい理由でフラリとおひとりでご来店なんてこともありました。
憩いの場であり、ほんの少しだけ日常と距離感を持てる場所でもある。カフェという小さな存在が島で暮らすみなさんにとって、「あってよかった」と思ってもらえる空間なのかもしれない、そう感じています。
船内でも手を振る人たちが
そんな方々が離島される日は、港にそれはたくさんの島民が見送りにきます。私もカフェの定休日であれば見送るようにしています。
子どもたちは子どもたちで、ママ友さんはママ友さんたち。お世話になったご近所の皆さん、職場が一緒だった同僚の皆さん。そして、私のようにカフェのお客さまを見送る者など思いはそれぞれ。
一番感動するのは、教職員が離島するときです。それはもう、こんなに子どもたちが島にいたのかと思うほど、港にぎっしりと子どもたちと保護者のみなさんが集まります。子どもたちの顔を見て船に乗り込む前から半泣きの先生もいらっしゃる。花束と、寄せ書きと、ギフトと、大きな笑顔と、たくさんの涙。涙でくしゃくしゃになった顔で船から大きく手を振る先生とそれに両手をウェーブさせてこたえる子どもたち。大好きな人、大好きな先生との別れ。2,3年というほんの一瞬、島という小さなコミュニティで生活を共にした共有体験は忘れがたいものになり、人生に大きな記憶を残すことでしょう。
見送る人たちで賑わう港
いよいよ船が出港する。低く長い汽笛が別れのしるし。いつもより余韻が長いのは気のせいでしょうか。ゆっくりと岸壁を離れるにつれてびっしりと連なった色とりどりの紙テープが一斉にはためき、港いっぱいに放たれていく。汽笛にかき消されないように大声で先生の名前を呼ぶ子どもたち。それにこたえる先生たちの姿がゆっくりと小さくなっていく。最後まで見送ろうと子どもたちは埠頭の端にむかって全力で走り出す。これまでの人生で多くの別れを経験してきましたが、伊豆大島のこの季節の「さよなら」は、まさに未来への船出のように明るく、すがすがしさを覚えるものです。
別れがあれば出会いがあります。このように去る人たちがいれば、新しく赴任される方もいます。島暮らしに慣れてきた数カ月後にはハブカフェにご来店される方も増えてくるはず。
今年はどんな方がいらっしゃるのか。新しいご縁にもまた、期待がふくらみます。(つづく)