好評既刊『フランスの美しい村を歩く』の著者でトラベルジャーナリストの寺田直子さん。拠点を東京の離島・伊豆大島に移して4年目、今ではすっかり伊豆大島・波浮港にある古民家カフェのオーナーとして知られる存在に。100カ国ほどを旅してきた寺田さんが選んだ“第二のふるさと”での暮らしとは? 風待ちの港で暮らす日々を率直に綴る新連載です! 朝5時半。
目覚ましのアラームは6:30にセットしているけれど、ほぼ毎日その時間に目が覚めます。港の朝は早いもの。海に出る漁船や大型の貨物船が出航するなど、すでにあわただしく動き出しています。私の住む築90年ほどの古民家から海まで歩いて30歩。夏場ならすでに外は明るくなっています。
しばらく布団の中でうとうとしつつも、スマートフォンを手に取りおもむろにするのが東海汽船の「本日の運航状況」チェック。公式サイト上に発表されるのが毎朝6時。さらに伊豆大島には船が到着する港が二つあり、天候状況により当日の朝どちらになるか決まるのですが、それがわかるのが朝7時前後。おそらく島民の多くは毎朝、欠かさずこの二つをチェックするはずです。風速や風向きに特化した風予報アプリも欠かせません。ときに恐ろしいほどの強風が吹く伊豆大島では、雨よりも風予報のほうが重要だったりします。朝のうちは穏やかだったのに午後から荒天になることはよくあること。風や天候を事前に確認することでその日の行動、服装などを整え、備えます。これが大事。
都心で暮らしていればテレビから天気予報や交通状況、さらに洗濯指数に紫外線指数、占いや花粉の飛散状況などなど必要な情報が流れてきます。でも、島ではこちらから情報を取りにいかないと何もわかりません。その日、どういう行動をすべきか。自ら収集した情報と周囲の環境を観察しながら決めていくことが必要。日々、自然環境を意識する視点が芽生えてきます。
シャワーを浴びてコーヒーを飲んだら、階下におりていきます。
1階は私がワンオペで切り盛りする古民家カフェHav Cafeの店舗です。店内の照明を点け、エスプレッソマシンの電源をオンにして開店の準備を始めます。このときに布団の中でチェックした船の運航状況が活きてきます。万が一、欠航となれば島に来る観光客はゼロ。カフェの来客数にも間違いなく影響するので、それを見越して仕込みを進めていきます。フロアを掃き、入口のガラスを磨いていると車で出勤するご近所さんが通りかかり、「今日は寒いねぇ」「いってらっしゃい!」とひと言ふた言、朝の挨拶。カフェがある昭和レトロなひなびた通りには40人程度しか暮らしていないので、誰もが顔見知り。都心のマンションにいた頃は、お隣さんもお向かいさんも知らないままにいたことが今となっては不思議に思えてきます。
東京都大島町の伊豆大島に住民票を移して4年。こんな感じで島の生活にも少しずつ馴染んできたように思っています。新型コロナ禍という状況で島にこもって生活する環境だったことも大きなものでした。カフェを営みながら島ぐらしに没頭できたことは結果的に充実したスタート期間となりました。
それまでは旅先でしか出会わなかったような雄大な自然環境が、島では日常にあるということの贅沢さも実感しています。波が寄せては返す海のきらめき、四季折々に変化する三原山。刻々と表情を変える夕暮れの美しさや、星降る夜空の荘厳さには言葉を失います。ときに荒々しくもありますが、毎日、表情を変えては惜しみなくその豊かさを見せてくれる大自然は飽きることがありません。
最近、思うのは島には全てがあるということ。社会人として暮らすための全て、と言い換えてもいいかもしれません。前述したようにあらゆることを自分で思考し、切り開いていかなければなりません。そこには人間関係や、台風や津波などの自然災害との対峙。さらには7000人ほどの島民の一人として地域社会とのコミットメントも力強く求められます。具体的には婦人会や消防団などの参加、神事でのお手伝いなどが挙げられます。大都会で暮らしていれば関わらないこともできる「ご近所づきあい」も含め、島ぐらしには社会の縮図があります。わずらわしいと思うかどうか。島で暮らすためのコツはそこにあるのかもしれません。
10時。カーテンを開け、入口の小さなボードをOPENに変えてHav Cafeの営業がスタートします。店内の空調は心地よく、BGMも穏やかに流れ、全ては完璧に整えました。
さあ、今日はどんなお客様がいらっしゃるでしょうか。
島での一日が始まります。(つづく)
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