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美しいくらし
世界に広がる落語の輪! フランス人落語パフォーマー
シリル・コピーニ(尻流複写二)
最終回 フランス人に、もっと落語を!
 「日本の文化は好きでも、まだ落語は聞いたことがない」というフランス人に向けて、近年、口演以外にも“学校寄席”に力を入れているというシリルさん。なかでもワークショップを積極的に行い、10代の子どもたちとの交流を深めているそうです。シリルさんが落語を通して本当に伝えたいものとは?

パリ日本文化会館で開催した子ども向けワークショップ(2023年)


落語も「礼に始まり礼に終わる」


 この夏も、パリ日本文化会館で子ども向けのワークショップをやったばかりです。小学校1年生から高校3年生まで、クラスを6つに分けて1時間のワークショップを計6回!
最初に『寿限無』の解説と実演をして、それから「高座に上がりたい人!」と言ったら、みんな一斉に手を上げて「やりたい!」「やりたい!」と。そこまではワーワー騒がしかった(笑)。
 ところが、高座に上がるための作法、つまり、舞台の袖からゆっくり出てきて、座布団に正座し、床に手をついて深々とお辞儀をするのが、お客さまに対するリスペクトの表現であり、落語という文化なんだと説明すると、さっきまではしゃいでいた子どもたちが神妙な顔をして、「だったら僕たちも従います」と、急に落ち着きを取り戻したんですね。こうした体験によって日本文化を理解してもらうのは、とてもいいことだと思いました。

2022年のフランスツアー(カンヌ)

 私も小さいころはいつもケンカばかり。彼らと同じやんちゃな子どもでした。親もさぞかし困っていたと思います。でも、6歳ぐらいのときに柔道を始めて変わったんです。柔道の基本精神は「礼に始まり礼に終わる」と表現されますが、相手に勝ってもすぐガッツポーズではなく、相手に一礼して敬意を表することが大事だと教わって、心を落ち着かせることができました。そんな子ども時代を振り返り、落語でも社会で役立つ教育ができるんだと、感慨深いものがありました。
 落語は大衆芸能ではありますが、「礼に始まり礼に終わる」のは武道と同じ。そして、聞く人は拍手を送ります。お互いに礼を重んじれば思いやりにつながり、人間関係もスムーズにいくでしょう。これはすばらしい人生のバリュー(価値)になるんじゃないかと思いました。
 こんなことを言うのも、自分が年を取ったからかもしれんけど(笑)。

 この先、やってみたいのは落語の学校です。学校というと大げさですが、フランスの子どもたちに日本文化を伝えていく活動の中で、夏の落語集中講座とか、セミナーを開催してみたいと思っています。
 たとえば、私の故郷の南フランスに1週間滞在してもらって、午前は落語の初級、午後は日本語を教えるとか。また、子どもだけではなく、お芝居をするプロ向けの講座も開いてみたいですね。落語は演者が演出、脚本をすべて一人で行う舞台芸術であり、扇子と手ぬぐいだけで観客に想像を促す話芸でもあります。一方で、フランスにはストーリーテリングの文化があり、芝居の型の一つとして学んでもらうとパフォーマンスの幅も広がると思います。

2019年、フランス・ベルフォールの新聞でシリルさんの活動が紹介された

動かないからこそカッコいい


 落語の魅力は何かとあらためて聞かれたら、「動かないカッコよさ」だと私は思います。フランス文学者で小説家の荻野アンナさんがおっしゃった「小さな動きで大きな世界をつくる」もそうですし、上方落語会を代表する桂枝雀さんの名言「なんにもないから、なんでもある」も、同じような意味合いではないでしょうか。
 フランスに「ストーリテラーのフレーム」という言い回しがあるのですが、落語もまさにそれで、1枚の座布団の上に正座をし、上半身がフレームという枠のなかに収まっているイメージです。そのフレームから出ることなく、話芸と上半身の動きだけで想像の旅の世界にお客さまを連れて行けるのが、落語の最大の魅力。世界広しといえども、これは唯一無二のものだと思います。
 すべてを見せないのもまた、落語の素敵なところです。闇に紛れて何者かが確実にいるんだけど、姿を見せない日本のホラー映画のように、落語も何が出てくるかわからないから、頭の中でいろいろ想像してしまうんですよね。

 今の時代、インターネットにアクセスすれば何でも見られるし、聴くこともできるけど、その分、想像力は失われているんじゃないかな。そんな時代にあって、落語を見る・聞くことはすごく意味があると思います。 江戸時代に誕生したといわれる大衆芸能・落語は、今に続くお笑いの原点であり、庶民とともに時代を生き、現在もなお進化し続けている稀有な日本文化です。そして、私たちが亡くなったあと、50年後、100年後もなくならないでしょう。むしろ世界に浸透し、どの国に行っても日本と同じレベルで「落語=RAKUGO」と言えば通じるほど広まっているかもしれません。その土台づくりに少しでもお役に立てたらうれしいです。(おわり)

――「この先も、フランス語だけでなく、いろいろな言葉で落語の面白さを伝えていきたい」。ぱっちとした大きな目で表情豊かにインタビューに答えてくれたシリルさん。そこにいるだけで、自然と場の空気を明るく和ませてくれるシリルさんなら、言語や文化の垣根も軽々と越えて、世界中に落語の魅力を届けてくれるはず。今後の活躍に目が離せません。

(構成:宮嶋尚美、写真提供:シリル・コピーニ)

★シリル・コピーニさんのサイト【Cyril COPPINI OFFICE】→https://cyco-o.com/

★シリルさんと同じニース出身で、『ニースっ子の南仏だより12カ月』の著者・ステファニーさんとの対談「ニースっ子が語る南仏の素顔」はこちら→

★シリルさんの新連載が始まります!


 今年(2023年)10月に落語漫画『あかね噺』(原作:末永裕樹 作画:馬上鷹将)のフランス語版出版記念イベントがフランス・パリの伝説的な会場「オランピア劇場」で開催され、シリルさんが会場で落語を披露するそうです。こうしたフランスでの活動や、落語演目を海外向けにアレンジするコツや工夫などを面白おかしく綴るシリルさんの新連載が近日スタート! どうぞお楽しみに。
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【シリル・コピーニ】
1973年フランス・ニース生まれ。落語パフォーマー、翻訳家。フランス国立東洋言語文化研究所(INALCO)で言語学・日本近代文学の修士号を取得。1995 年から1996 年まで長野県松本市信州大学人文学部へ留学。1997年から2021年まで在日フランス大使館付属文化センター「アンスティチュ・フランセ」に勤務。2011 年から「フランス人落語パフォーマー」としての活動を開始、国内外問わず落語の実演、講演会、ワークショップを積極的に行う。テレビやラジオにも数多く出演。2013年からは漫画やビデオゲームなどの日本のサブカルチャーコンテンツの翻訳と海外への紹介にも取り組んでいる(『名探偵コナン 』『どうらく息子』など)。
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