日本独自の習慣やしゃれ、言い回しがぎっしり詰まった落語は、日本人だからこそ楽しめるエンターテインメントかと思いきや、フランス人の心もつかんでいます。その仕掛け人の一人が落語パフォーマーのシリル・コピーニ(尻流複写二)さん。日本語とフランス語で落語を口演するフランス人で、現在は大阪を拠点に、フランスやカナダなどのフランス語圏で毎年のように落語ツアーを開催しています。そんなシリルさんに、フランスでの落語人気やエンターテインメント性についてインタビュー。言葉や文化を乗り越えて愛される落語の魅力を探ります。
2019年の「ジャパン・トゥール・フェスティバル」
言葉の壁は越えられる
はじめまして。私の高座名は「尻流複写二」。尻が流れると書いて「シリル」、複写と数字の二で「コピーニ」と申します。以後お見知りおきをお願いします。日本に来て25年以上、2011年からフランス人落語パフォーマーとして活動を始め、日本国内はもとより、フランス、ベルギー、カナダ、スイス、ニュージーランド、タイなど、海外でも口演しています。
2016年からは毎年、パリから1時間ほどの地方都市トゥールで行われる「ジャパン・トゥール・フェスティバル」に呼んでいただき、このイベントを中心にフランス国内を1カ月間でおよそ12都市を回っています。その間は、オフィシャルな口演以外にも「学校寄席」といった催しを行い、落語の体験授業、ワークショップを通じて若者に日本の伝統芸能を広める活動もしています。
(写真:編集部)
フランス語圏で落語を口演するときは、もちろんフランス語でしゃべります。でも、全編フランス語というわけではありません。日本語を織り交ぜるのが、話を面白く聞かせるコツです。たとえば、有名な『饅頭怖い』という演目は、フランスでは饅頭ならぬ『マカロン怖い』になりますが、「怖い」という日本語はそのまま使います。「kowai(怖い)」と言ったあとに、フランス語で「effrayé(怖い)」と言い換えてフォローし、まずは意味を理解してもらいます。それで、「怖い怖い怖い!」と連発すると、しゃべりのテンポがよくて面白さも伝わり、ドッと笑いが起こるんです。
「びっくりした!」なんていう日本語もそうで、フランス語でそれを言うと長くなって、落語的なリズムの心地よさがなくなっちゃう。短い日本語だからこそ、面白いリアクションが生まれてくるんですね。「あほか!」「なんでやねん!」といったツッコミの決め台詞も、日本語で発音したほうが言葉のインパクトが強く、笑いに直結すると感じます。
そもそも、落語を聞きにくるフランス人のお客さまは、日本や日本の文化に興味のある人たちです。彼らの多くは日本語がわかりませんが、それでも日本語を聞きたいんですよ。だからできるだけ日本語を残すようにしています。だましたつもりがだまされる『時うどん』を口演するときも、「nouilles(フランス語で「うどん」)」とは言わず、「udon」で最後まで通します。
海外ツァーでは落語の世界を体験できるワークショップも開く
とはいっても、お客さまが置いてけぼりになってしまっては意味がありません。「みんなでうどんを一緒に食べよう」と、落語の本題に入る前の雑談タイム(マクラ)で客席に呼びかけ、扇子を箸に見立ててうどんを食べるジェスチャーをしてから噺を始めれば、理解も早いし、単語も覚えられるでしょう? そうやって日本の言葉に親しんでもらうのも、私の一つの役割だと思っています。
もちろん、やるからには面白おかしく伝えたい。たとえば、フランス人は「H」が発音しにくいことを逆手にとって、うどんを食べる「箸」の「H」を発音できずに「ashi(あし・足)」と言ったら、意味が変わっちゃうぞ! なんてジョークを入れておくと、笑いを交えながら学習もしてもらえます。お客さまが参加する要素が入ると、「笑いが濃くなる」というのが最近の気づきで、口演を重ねるほど、フランス語による落語の形が出来上がってきたなと思います。
フランス人の自分にしかできない落語を
それでも、「フランス人で落語?」と思われる人は多いでしょう。ここで、私が落語パフォーマーになったきっかけをお話したいと思います。
日本語に出合ったのは南フランス・ニースの高校です。第3外国語として日本語を選択した私は、漢字、ひらがな、カタカナを使いこなす言語にすっかりはまってしまいました。22歳で信州大学に留学。その後、本格的に日本語と日本文学を勉強するため、パリのフランス国立東洋言語文化研究所(INALCO)へ。そこで明治の文学者・二葉亭四迷を研究するなかで、彼の文学にも影響を及ぼした「落語」と出合うのです。
初めて生の落語を聞いたのは、上野にある鈴本演芸場。INALCOを卒業後、1997年、福岡市にあるフランス大使館の付属機関の職員として来日して、4年間働き、2001年に上京してからのことです。
ここで見た落語が私のその後の人生を変えました。
落語家の巧みな言葉と豊かな表情、扇子と手ぬぐいだけで観客の想像力を刺激し、笑いに巻き込む伝統芸に心を奪われたのです。しかし、弟子入りや厳しい修業は性に合わないと、一度は入門をあきらめました。
マルセイユ秋祭り(2019年)のポスター
ところが、ファンとして寄席通いをするうちに、上方落語の林家染太師匠と出会い、「上方ではアマチュアでも面白ければ誰でも高座に上がれる」との言葉で情熱が再燃。仕事をしながら大阪に通って落語の基本を教えていただきました。そして、2011年、とうとう、お客さまの前で話すことになったのです。高校生で日本語に出合ってから、20年近い月日が経っていました。
以来、落語パフォーマー、シリル・コピーニ(尻流複写二)として、日本語、フランス語、時には英語で落語をお聞かせしています。
海外で公演する場合は、国の文化や習性の違いからオチを変えることもありますが、落語で語られるシチュエーションや人間の滑稽さ、笑いのツボは万国共通。国境も文化の違いも越え、笑いの輪をもっと広げていきたい。これは私にしかできない仕事だと思っています。
――日本語と日本文学を学ぶなかで「落語」と出合い、この日本の伝統文化を世界の人に知ってもらいたいと活動するシリル・コピーニさん。次回は、外国人から見た落語の魅力について、さらに語ってもらいます。(つづく)(構成:宮嶋尚美、写真提供:シリル・コピーニ)
★シリル・コピーニさんのサイト【Cyril COPPINI OFFICE】→
https://cyco-o.com/★シリルさんと同じニース出身で、
『ニースっ子の南仏だより12カ月』の著者・ステファニーさんとの対談「ニースっ子が語る南仏の素顔」はこちら→
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