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食べるしあわせ
料理書から読み解くニッポンの食卓 食文化研究者
東四柳祥子
最終回 変わりゆくメディアと和食の未来
 気合いを入れて“未知の料理”に取り組むなら、あなたは何を参照しますか? インターネットのレシピ? ユーチューブ? それとも料理書? 時代とともに移り変わる日本の食卓と料理書の関係を教えてもらうインタビュー。最終回は、料理書と和食の未来について聞きます。

――今や、さまざまな立場の人がインターネット上に自分なりのレシピを公開する時代。料理書の役割はどのように変わっていくのでしょうか?

 21世紀に入り、「ぱっと読める」「簡単そうでつくってみたくなる」という読者の要望に応えようと、調理法にもレシピの記載方法にも「簡潔さ」を重視した料理書が話題になります。例えば料理研究家の川津幸子さんによる『100文字レシピ』は、「簡単」且つ「本格派」を売りにしたレシピ集のシリーズとして注目されました。何より少ない文字数でコンパクトにまとめられた斬新なレシピ構成は、初心者ばかりでなく、ベテランからも好評を博したそうです。また、シリコンスチーマーやココットのような小型調理器具を付録とし、それを使ったレシピを紹介する料理書も登場。付加価値を加えてマーケティングと結び付ける動きもまた平成期にみられた新しい動きといえるでしょう。

東四柳祥子先生

 また料理書とは別のメディアと料理の関係をさかのぼると、大正15(1926)年以降にはラジオ放送の開始とともに音声による料理番組がいち早く放送されるようになり、食材の分量が聞き手に間違いなく伝わるように計量スプーンや計量カップといった道具も徐々に普及しました。さらに戦後はテレビでの料理番組がスタートし、タレント性のある料理人や料理研究家が輩出され、ある種の「料理ショー」的な展開を見せるようにもなります。

 そして今は、インターネット全盛の時代。インターネット上のレシピは、いつでもどこでも閲覧できて、探したい料理や食材の情報が手っ取り早く入手できます。動画があれば、手順もつかみやすいですし、目で追える情報が多いため、発信側も短い説明ですみます。「時短」や「手軽さ」といった現代人が求める価値観に合っている上に、同じ場所に居合わせない家族や友人とのレシピの共有も可能なので、ますます利用者は増えてくるでしょう。
 また書き込みなどから、利用者の受け止め方を比較できる面白さもあります。話題のレシピやサイトを時系列に分析することは、平成・令和の食のあり様をひも解くだけでなく、未来的展望を探るツールにもなりえます。まさに料理書をめぐる文化は、有形から無形へと移行期を迎えているのかもしれませんね。

 私も利便性や時間短縮を求めて、インターネットのレシピを参照する機会が年々増えてきました。やはり便利ですものね。「わが家の味」にはなかった種々の料理との出会いはワクワク感が常にありますし、思わぬお手軽なコツに感動することもしばしばです。
 ただ利用者の皆さんには、身近なところで学んだ味の記憶もなおざりにせず、大切にしてほしいとの思いもあります。「自分だったら……」とアレンジを楽しむ心を忘れず、多彩なレシピとの融合の下でオリジナルレシピを模索する姿勢も忘れないでいてほしいですね。私自身も、料理は消えモノだからこそ、レシピの裏側にあるストーリーには真摯に向き合いたいと常々感じています。

――メディアが変わると受け手の感覚も変わり、さらにまたメディアのあり方も変化していく、ということですね。それでもなお、変わらない料理書の魅力とはどういうものでしょうか?

ビートン夫人の編著『家政読本』(東四柳所蔵)

 近代以降の料理書からは、何度も試作や実験を重ねて調理法を編み出した執筆者たちの努力の軌跡が確かに伝わってきます。決してやっつけ仕事ではない。そこには、できるだけ多くの読者と共有し、願わくは後世に残すことへのプライドがあります。実は第2回で紹介したイギリス・ビクトリア時代のベストセラー『家政読本』も、編者であるビートン夫人自身のレシピはほんの一部であり、様々な料理書から収集したレシピを試作し、選び出されたレシピが収録されているのです。

 また人気料理研究家の栗原はるみさんが、かつてとあるテレビ番組で、レシピ作成において「100人がつくって、100人が同じ味になるように工夫している」と話されていたのが印象に残っています。試作を繰り返し、時間も分量も緻密な単位でデータをとり、「これだ」と胸を張れるものができれば紹介する。この丹念な試作へのこだわりと執着こそ、栗原さんの料理研究家としての強みだと感じています。
 ビートン夫人にしても栗原さんにしても、料理書の根底に流れているのは、料理研究家としてのプロの経験に裏打ちされた知恵やノウハウの蓄積に変わりありませんが、何よりも「多くの読者においしい料理で笑顔になってもらいたい」と熱望する想いが最高のエッセンスとなっていますよね。

 それは家庭でも同じなのではないでしょうか。私は実家で、祖母や母が料理書に手書きでメモを書いているのを見たことがあります。子ども心に、「いつかは私も書き込める料理書と出会ってみたい」と思ったものです。本来、料理書はこうした“書き込める”ことも利点のひとつ。「わが家では、お砂糖を隠し味にする」とか、「レシピとは異なるけれど、家族が嗜好する野菜を使う」などそれぞれの家の工夫を積み重ねるうちに、それが思い出の味となり、残したい味となってゆく。料理書の執筆者たちが試行錯誤の上で創り上げたレシピを、読者なりにアレンジして、新たな歴史を書き加えられる余地が、料理書にはあるように思います。

――料理書は単にレシピを紹介するだけではなく、その時代の人びとのさまざまな思いをも包み込んでいるものなのですね。

 料理書という媒体は、「料理法を伝える」といった性質を縦糸だとすれば、当時の人びとの憧れや懸命な生きざま、食べてくれる人への思いなどを横糸に編み込んだ織物のようなもの。時代が変われば、色味や風合いが変わる面白さこそが、料理書の魅力といえるでしょう。古い料理書をひも解き、調査を重ねれば重ねるほど、歴史の教科書には登場しない多くの人たちの努力によって、今の私たちの食生活が成り立っていることに気づかされます。

 ただ最近の日本の料理書の趨勢として、閲覧数の多いインターネットサイトやブログのレシピが後付けで出版される状況には少々危惧を覚えます。話題を集めたという意味で、時代のニーズに応えているとはいえるのですが、ややMook的な装丁のものも多く、息の長い料理書として生き残っていけるかについては未知数ですよね。
 欧米では今でもしっかりしたハードカバーの料理書が多く出版されており、贈り物として享受されることも多いそうです。やはり後世に残る料理書には、手をかけた執筆者の熱意と自信が内包された“作品”という一面もあります。社会の状況に寄り添いつつ、時空と世代をこえて「美味しい時間」を共有できる料理書が、これからも生まれてくれることを願っています。(おわり)

――料理書はまるで時空をこえた食談義ができるタイムマシンのようなもの――。季節感と彩り豊かな日本の食卓は、料理書を傍らに飽くなき挑戦を続けてきた先人たちの冒険のたまものだと感じます。あなたも、本棚の奥にしまい込んでいる料理書を広げてみては? きっと新しい発見があるはずです。

(構成:白田敦子、写真資料提供:東四柳祥子)
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【ひがしよつやなぎ・しょうこ】
1977年石川県生まれ。梅花女子大学食文化学部食文化学科教授、博士(学術)。東京女子大学文理学部を経て、東京家政学院大学大学院人間生活学研究科(修士)修了。国際基督教大学大学院比較文化研究科にて、Ph.D.Candidate取得退学。専門分野は比較食文化論。著書に『料理書と近代日本の食文化』(単著/同成社)、『近代料理書の世界』(共著/ドメス出版)、『日本の食文化史年表』(共編/吉川弘文館)、“Japanese Foodways, Past and Present”(共著/University of Illinois Press)など。
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