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食べるしあわせ
さいたまの畑はヨーロッパの香り!? さいたまヨーロッパ野菜研究会
森田剛史
第1回 新たな息吹を吹き込む若手農家の挑戦
 東京の都心からほぼ30キロメートル圏にあり、ベッドダウンとして知られる埼玉県さいたま市。ターミナル駅近くにはオフィス街や繁華街が広がるがものの、少し離れるとのどかな田園風景が見られ、住宅地の中にも農地が点在しています。古くから近郊農業が行われてきましたが、今、こうした畑ですくすく育っているのは、なんとヨーロッパ野菜。つくり手は、「さいたまヨーロッパ野菜研究会(ヨロ研)」の若手農家たちです。なぜ、さいたまでヨーロッパ野菜を? 栽培の苦労から手軽な食べ方まで、同会設立時からのメンバーのひとりである森田剛史さんに3回にわたり聞きました。“おうちごはん”に新鮮な彩と味わいをお届けする新連載です!

色とりどりのヨーロッパ野菜(写真提供:ヨロ研)


――現在、ヨーロッパ野菜の生産を担う若手農家グループは13人。代々続く農家の後継者で、農業以外のUターン就農者が多いそうですね。

 うちは家族による小規模経営で主に小松菜をつくってきました。このあたりは昔から東京の後背地として小松菜栽培が盛んですが、大規模なハウス栽培でドーンと大量生産している農家と一緒にされて価格競争に巻き込まれると、売り上げが立たなかったのです。僕の場合は東京の和食店で板前の経験を経て、実家に戻り就農しましたが、自分たちでつくった野菜の値段を自ら決められないというのも、ずっと不満に思ってきました。

緑濃い畑と森田さん

 小松菜に代わって何か新しい野菜を手がけたいと考えていたところに、さいたま市から市内の農家に向けてヨーロッパ野菜栽培の話が持ちかけられたのです。当時は若手農家4人の研究グループに所属して、新たな農業や作物について模索している真っ只中。すぐに「よし、やってみよう!」と手を挙げたんです。

 その後、徐々に参加する若手農家が増えて今では13人。ほかのメンバーも同様で、日本ではまだ栽培の経験値が浅いヨーロッパ野菜に取り組むこと自体、農業の中でも何か新しいことをしたいということの表れ。皆、就農前の多彩な経験を生かして農業を外の視点から見ることができるので、野菜の値段の交渉や流通路の開拓を模索する際にも役立っていると思います。

――そもそも、なぜさいたま市でヨーロッパ野菜をつくることになったのでしょう?
 
 きっかけは、市内でレストランを展開するオーナーが、シェフたちから「手ごろな価格で新鮮なヨーロッパ野菜をふんだんに使いたい」という声を聞いたこと。そこで当時、ヨーロッパ野菜の日本での栽培を模索していた種苗会社と連携し、さいたま市の外郭団体が支援して2013年に「さいたまヨーロッパ野菜研究会」が発足しました。
 当初の課題は、種苗会社が日本の風土に合うよう品種改良したタネを使い、ヨーロッパ野菜づくりにチャレンジする生産者を探すこと。農業は長年の経験があるほどリスクがわかるので、ともすれば保守的になりがちです。その中で応じたのが、まだ若手だった僕らのグループでした。

 もともと、さいたま市はパスタやチーズ、ワインの1人あたりの消費額が全国の中でもトップクラスで、洋食をはじめ外食に対する支出額も多いという特徴があるのだそうです(編集部注:総務省「家計調査」より)。浦和や大宮の駅周辺には、イタリアンでいえばバルのような気軽な店からリストランテのようにコース料理を楽しめる店なども多くあります。そうした背景から、ヨーロッパ野菜に対する需要はある程度、見込めました。その後、流通や販売の体制も整い、地域ぐるみでさいたま市のヨーロッパ野菜の産地形成に取り組むことになったのです。

「さいたまヨーロッパ野菜研究会」の若手農家たち(写真提供:ヨロ研)


――とはいえ、日本でヨーロッパ野菜を栽培するためには、土壌や気候などの違いから大変な苦労があったのでは?

 最初に何が大変だったかといえば、自分たちがつくる野菜の完成形すらわからなかったこと(笑)。名前を聞いたことも見たこともない野菜なので、タネをまいたらどれくらいで芽が出るのか、苗をどのタイミングで畑に植え替えるのか、さらに収穫のタイミングもわからなかったのです。だから、本場でどう使われているのかを知っている市内のレストランのシェフからいろいろと教えてもらい、アドバイスを受けたりしました。

 メンバーは皆、代々続く農家が多いので、小松菜などの葉物野菜やトマトやキュウリ、ネギなど、それぞれに栽培経験豊富な作物があります。また、同じ野菜でも生産者の数だけつくり方があるのです。ヨーロッパ野菜といえども、野菜は野菜。皆、なんとかできると思っていました。
 とはいうものの、いくら日本向けに品種改良されているタネだとしても、基本的に高温多湿に弱いヨーロッパ原産の野菜を日本の気候でいかに安定してつくれるのかが課題でした。グループの中で同じ作物をつくっている人同士、うまくできた人がそのノウハウを伝え、ほかのメンバーもそれを翌年に生かすなど試行錯誤を重ねました。皆でできたものを持ち寄って評価し合ったり、本場の味を知るシェフに試食してもらって感想を聞いたりと、生産者だけではなく地元のシェフも巻き込んで切磋琢磨してきたのです。

チーマ・ディ・ラーパ
(写真提供:森田剛史)

 うちは小松菜栽培から少しずつ重点を移し、現在はチーマ・ディ・ラーパという日本の菜の花に似ている葉物をメインにつくっています。
 チーマ・ディ・ラーパを栽培することにしたのは、シェフに使い方を聞いたときに煮込みや付け合わせなど料理のパターンが多い野菜だと知ったから。多様なアレンジや使い方といった汎用性がある野菜なら需要が大きいことはすぐにイメージできました。こんなところには、農家になる前に料理人として食材を扱っていた経験が生きたといえるかもしれません。

 生粋のイタリア原産の野菜であるチーマ・ディ・ラーパ以外に、現在はイスラエル原産とされるオクラの一種「ダビデの星」など、日本の高温多湿の夏でも育ちやすい変わり種の野菜もつくっています。
 このように、「ヨロ研野菜」にはヨーロッパ原産の野菜だけでなく、赤いオクラやスティック状のカリフラワー「カリフローレ」、茎までやわらかい「スティックブロッコリー」など、種苗会社がもともとの品種からより使いやすく食べやすいよう改良した野菜もあります。設立からほぼ8年。現在はグループ13人で約70種類の「ヨロ研野菜」を栽培し、埼玉県内を中心に1200店ほどの店で使っていただけるようになりました。(つづく)

――「ヨロ研野菜」は、ズッキーニやルッコラといったポピュラーなものから、フィノッキオ(フェンネル)や赤チコリの仲間であるラディッキオなど、かつては輸入でしか食べられなかったヨーロッパ野菜がラインアップ。市内のレストランで味わえるほか、私たちが手にとれる機会も増えてきました。次回はそんな話から始めます。

(構成:白田敦子)

【さいたまヨーロッパ野菜研究会】https://saiyoroken.jimdofree.com/
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【もりた・たけし】
1982年埼玉県生まれ。高校卒業後、東京・銀座の日本料理店で7年間、板前を務めた後、さいたま市岩槻区にて実家の農家を継ぐ。2013年の「さいたまヨーロッパ野菜研究会」設立当時から参画。現在は生産を担う農業組合法人FENNEL(フェンネル)の中心メンバーとして、チーマ・ディ・ラーパ、花ズッキーニ、ケールなど多様なヨーロッパ野菜の栽培に取り組んでいる。
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