最終回 雨露に濡れた礼拝堂を訪ねて「サン・セヌリ・ル・ジェレ」(下)

赤く色づく町並み
村の中央を貫くメインストリートの両側には、中世の面影を残す家々が並んでいます。その壁面は紅葉したツタの葉で覆われ、村全体が秋色に染まっていました。歩いていると、もう一つモノトーンの壁を彩るものがありました。アジサイです。といっても、もちろん満開の時期は過ぎて、今やドライフラワー状態になっています。ブルターニュ地方の村、ロクロナンで知りましたが、北部の地方ではアジサイは夏の盛りに咲くようで、秋には花の形を残した姿になるのですね。シックな色合いに変化したアジサイも、なかなか味わいがありました。

ドライフラワーのようになったアジサイ
シーズンオフだからこそ出会えた風景をカメラに収めながら、この村で「見たい」と思っていた場所を探します。それはある写真で見た小さな礼拝堂。その素朴な姿に心惹かれるものがあったのです。
南へと延びるレグリーズ通りをどんどん下っていくと、村外れの一画で目指す礼拝堂を見つけました。どうしてこんなところに? と思わずにいられない草むらの隅っこにポツンと建っています。サン・セヌリ・ル・ジェレの絵葉書をつくるなら間違いなく登場する、幻想的な佇まいです。
そばに置かれた工事用のコーンに一抹の不安を覚えながらも、雨露に濡れた草を踏みしめながら、サルト川の水辺に建つ礼拝堂にたどり着きました。不安は的中。礼拝堂は改修工事中で、中に入ることはできません。扉の張り紙に書かれた日程を見ると、とっくに工事は終わっているはずですが、急な延期はフランスではよくあることです。11~12世紀につくられた礼拝堂の内部には、フレスコ画などが残っているとのこと。内部が見られなかったのは残念ですが、礼拝堂の秘密めいた雰囲気は、扉を閉ざした状態のほうがより一層感じられそうな気がします。

サルト川のほとりに建つ小さな礼拝堂
礼拝堂のそばを流れるサルト川の対岸を見ると、うっそうと茂る木々の合間に、小さなほこらのようなものがありました。これは、村の名前の由来となった聖セヌリも喉を潤したという泉なのだとか。今も水が湧き出ているか確認できなかったのですが、眼の病気に効くという言い伝えがあるそうです。
礼拝堂から再び草むらを横断して柵の外に出たときには、靴下までぐっしょり濡れていました。「ノルマンディーの雨」は、靴底を濡らした冷たい露や、紅葉に彩られたサン・セヌリ・ル・ジュレの風景とともに、記憶に残ることでしょう。
【サン・セヌリ・ル・ジェレの行き方】
パリのモンパルナス駅から高速列車TGVで約1時間分のル・マン駅下車。そこから車で北へ約1時間。
(写真:伊藤智郎)
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