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かもめアカデミー
地方の芝居小屋を巡る エンタメ水先案内人
仲野マリ
第1回 プロの歌舞伎役者を魅了した昔ながらの芝居小屋【香川県 金丸座(旧金毘羅大芝居)】
 歌舞伎を観られる劇場といわれて真っ先に思いつくのは、東京・銀座の歌舞伎座でしょうか。他に国立劇場、京都の南座、大阪松竹座、名古屋の御園座などが思い浮かびますが、歌舞伎座の約2000席を筆頭に、いずれも1000席以上の客席を持つ立派な劇場です。でも江戸時代、歌舞伎はもっと小規模な芝居小屋で演じられていました。そういう小屋が、実は日本全国に点在し、しかも現役で使われています。一度行ったらハマること間違いなし! 小さな芝居小屋だからこそ楽しめる歌舞伎観劇の魅力を、ご紹介していこうと思います。
 

こんぴら歌舞伎で江戸時代にタイムスリップ



 今、一番チケットの取りにくい歌舞伎公演――それは「四国こんぴら歌舞伎大芝居」ではないでしょうか。香川県高松市から電車で1時間の琴平町にある金丸座(旧金毘羅大芝居)は、天保6年(1835年)に建てられた現存する日本最古の芝居小屋です。収容人数は750人足らず。そこに地元の人だけでなく、東京などわざわざ遠方からもお客が殺到します。毎年4月、人気の歌舞伎俳優たちがやってきて歌舞伎を演じる興行・こんぴら歌舞伎は、2019年で35回を数えます。都会から遠く、座席は狭く、不便なことの多い芝居小屋が、なぜここまで人の心を掴むのでしょう?
 
 その理由は……舞台が近い! 役者が客席の間を駆け巡る! そして、まるで江戸時代にタイムスリップしたような特別な空間! これに尽きるといえましょう。入口は「鼠木戸(ねずみきど)」。料金を払わずにすり抜けられないよう、戸口を小さくし、一人ずつ体をかがめなくては入れないようにしてあります。土間で靴を脱ぐと、絣の着物を着たお茶子さんが席まで案内してくれます。舞台の前は「平場(ひらば)」といい、相撲の升席と同じく、板の間を縦横に区切ってその中に座布団を敷いて座るのですが、江戸時代はひとマス5人も入れたとか。体格のよくなった現代人にはとても無理なので、4人、3人……と定員が減っているのが現状のため、ますますプラチナチケットになってしまいます。

 通路はマスを区切る細い板と花道、そして逆サイドにある仮花道。幕が開けば、そこを役者さんが通ります。お客さんの間を縫うようにして歩き、たまに立ち止まっては「あ! ここにお地蔵さんが! 拝んでいこう」などと客いじりをする演出も定番で、楽しいこと楽しいこと! 観客のどよめきが小屋全体に響き渡り、まるでテーマパークのアトラクションのように、お芝居の一部になって遊ぶ感覚で楽しめます。小屋の周りに広がる山々の風景ものどかで、まさに江戸時代にタイムスリップしたかのよう。それほど魅力的な芝居小屋であり、「来年もまた来たい!」と誰もが思わずにはいられません。

 役者もまた、この空間に心をわしづかみにされます。こんぴら歌舞伎が始まったきっかけは、1984年に放映されたテレビ番組でした。歌舞伎俳優の中村吉右衛門、澤村藤十郎、中村勘九郎(当時。故・十八世中村勘三郎)が、現存中日本最古とされる金丸座を訪れ対談するという内容。回り舞台やせり・すっぽんなど、歌舞伎に欠かせない舞台構造も含めしっかり保存されていた金丸座を隅から隅まで見学しながら、話は当然「ここで芝居ができたなら」に移っていきます。

 「明かり窓を全部閉めたら真っ暗、真の闇だ」
 「それでここからお岩さんがにゅっと出てきたら、怖いよ~。お客さんは悲鳴をあげるだろうね」
 嬉々として語り合う3人。
 「せっかくの芝居小屋なのに、拝観料取って見学させてるだけじゃもったいないよ」
 「芝居をやってこそ、この小屋にも血が通い、命が吹き込まれる」

 彼らが最も痛感したのは舞台の「間口」つまり幅です。物語の上では貧しい暮らしを営む長屋の一部屋や、男と女が密かに逢瀬を楽しむ四畳半が、大劇場では都合上、20畳もあろうかという立派な部屋になってしまいがち。2、3歩も歩けば行けるはずの戸口も、かなり遠くに作られていたりします。
 人間の生活の中に自然にある様々な「息づかい」が、歌舞伎の本にはちゃんと書かれていたのに、大劇場のスケールに合わせてしまったために間延びして、芝居の緊張感がリアルでなくなってはいないか? その落差を、我々は意識して埋めて来たか? ――金丸座の空間は、彼らを芝居の原点に立たせ、これまでの芝居を見直すきっかけをも与えたのです。

 翌85年、中村吉右衛門を座頭とする第1回「こんぴら歌舞伎大芝居」が開催されました。以来35年、大幹部も含め、次々と人気役者が金丸座での公演に出演しています。実は長い間、歌舞伎の役者にとっては大劇場での大芝居公演こそステイタスであり、地方の芝居小屋は旅芸人や素人芝居のための空間だとされた時代が続いていました。そんな常識を覆し、こうした小さな空間でこそ歌舞伎の本当の面白さが一番伝わることを名実ともに明らかにしたのは、金丸座という昔ながらの芝居小屋なのです。(つづく)

【金丸座へ行ってみよう!】


 金丸座は、通称「こんぴらさん」の金刀比羅宮からすぐ。こんぴら歌舞伎が開催されるのは毎年4月のみですが、その他の期間はイベント開催時以外、芝居小屋の内部が500円で観覧できます。こんぴらさんにお参りするついでにちょっと寄ってみてはいかがでしょう。
 金丸座へは、JR琴平駅・琴電琴平駅から徒歩20分あるいはタクシーで5分。琴平駅まではJR特急で岡山駅から約1時間。高松空港から車で約40分です。

「東京に金丸座を!」が叶った仮設芝居小屋【平成中村座】



 金丸座に行ってみたい!……でも四国は遠い……という方には、「平成中村座」がオススメ。故・中村勘三郎が作った仮設の芝居小屋です。東京・浅草の隅田川沿いに初めて建ったのが2000年。鉄骨を組んで作られてはいますが、場内は金丸座を思わせる雰囲気。客席の前半分は平場に座布団敷きです。勘三郎は、平成中村座に先立って始めた「コクーン歌舞伎」でも、渋谷の劇場シアターコクーンの前方座席を取り払って平場にしていました。それだけ、「芝居小屋」の雰囲気にこだわりがあったのだと思います。
 舞台の背景が開いて、そこから神輿が乱入したり、隅田川や大阪城を借景にするなどの斬新な演出も、平成中村座ならでは。江戸時代にならって舞台の上にも客席をしつらえたので、幕が閉まっている時の役者の顔が見られる席もあり、これは他の劇場では味わえない楽しみになっています。その後、浅草寺の裏や、大阪、名古屋、2019年11月九州にも初上陸。また2004年には、なんとニューヨークのリンカーン・センター敷地内にも「平成中村座」を建てて公演を行いました。
 
(写真提供:仲野マリ)

【仲野マリ公式サイト「エンタメ水先案内人」】
http://www.nakanomari.net

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【なかの・まり】
1958年東京都生まれ、早稲田大学第一文学部卒。演劇、映画ライター。歌舞伎・文楽をはじめ、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど年100本以上の舞台を観劇、歌舞伎俳優や宝塚トップ、舞踊家、演出家、落語家、ピアニストほかアーティストのインタビューや劇評を書く。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視したわかりやすい劇評に定評がある。2013年12月よりGINZA楽・学倶楽部で歌舞伎講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を開始。ほかに松竹シネマ歌舞伎の上映前解説など、歌舞伎を身近なエンタメとして楽しむためのビギナーズ向け講座多数。
 2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)「同性愛の至福と絶望-AMP版『白鳥の湖』をプルースト世界から読み解く」で佳作入賞。日本劇作家協会会員。『歌舞伎彩歌』(衛星劇場での歌舞伎放送に合わせた作品紹介コラムhttp://www.eigeki.com/special/column/kabukisaika_n01)、雑誌『月刊スカパー!』でコラム「舞台のミカタ」をそれぞれ連載中。
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