――コンクールに出場する。そう考えただけで冷や汗が出てくる。ほの暗いステージの袖で呼吸を整え、グランドピアノと審査員が待つまばゆい光の中へと一歩を踏み出す。足はガクガク、手はブルブルで「もう逃げ出したい!」と、普通は思うはずですが……。
第18回大阪国際音楽コンクールでグランプリを分けあったセス・シュルタイスさん(左)と中野さん(左から2人目)。審査員とともに(写真提供:大阪国際音楽コンクール事務局)
それが、大阪国際音楽コンクールでステージに向かうときにわいてきたのは、「ああ、幸せだな」という思いでした。こんなに立派なホールで、素晴らしい審査員の先生を前に演奏できるなんて、本当にありがたいなと。
「さあ、皆さん、私の演奏を聴いてください!」という気持ち(笑)。もちろん緊張もしましたが、それよりもうれしさでいっぱいでした。子どものころから人前に出てスポットライトを浴びるのが好きな目立ちたがり屋でしたから、その性格がよい方向に表れたのかもしれません。
ちょっと恥ずかしい話ですが、「大阪国際音楽コンクールで必ず1位をとる」と、マジックで紙に書いて台所の壁に貼ったんですよ。あるボクサーの奥さまが夫のために、「オリンピックで金メダル」と書いて貼ったら、本当に優勝したという話を聞いて、「これは私もやらなくちゃ!」と思って……。
その結果、「必ず入賞する」と書いて臨んだ第18回日本演奏家コンクールでは2位(1位なし)になりましたから、その紙に二重丸を書きました。「必ず1位になる」と書いた大阪国際音楽コンクールでは優勝しましたから、こちらも実現。目標を紙に書いて貼っておくというのは、本当に効果があるんですね(笑)。
――目標を紙に書いて貼る――これは今すぐまねをしなくては……。でもやっぱり書いただけでは目標達成は不可能。中野さんが優勝したのは、「やる」と決めたら一直線、わき目もふらずにレッスンに励んだ結果だ。とはいえ、コンクール優勝はピアニストへの登竜門。闘志満々の若手ピアニストたちとの競争や自分自身との戦いに疲れ、心が折れてしまうことはなかったのか。 最終目標にしていたのは、大阪国際音楽コンクールでの優勝でした。知名度が高く、世界各国から多くの優秀なコンテスタントが集まる大舞台です。だから、ステージでの演奏に慣れ、雰囲気にのまれないようにするために、できるだけ多くのコンクールに出場しました。
2018年2月、フランス・ボルドーで開かれたカップフェレ音楽祭に招かれ、演奏前にあいさつ
初めて出場したコンクールではすごく緊張しました。コンサートホールで演奏するのは数十年ぶりだったこともあり、手が震えて、頭が真っ白になって……。でも、それもよい経験。小規模のコンクールでも入賞すればうれしいし、1位になればさらに励みになる。そうした喜びをエネルギーにしながら挑戦を続けました。
そうは言っても、どんなコンクールでも入賞できないと本当にショックです。特に東京など遠方でのコンクールで結果が出なかったときは、慣れない土地や移動距離に対する疲れもあって、がっくりと落ち込みましたね。そんなときは、「入学試験じゃないし」と思うようにしていました。入試は誰にとっても大切な人生の節目ですが、コンクールは自分が好きで出場しているのだし、絶対に優勝しなければいけないというものでもない。だから、「まあいいか」と自分に言い聞かせて気持ちを切り替えました。
――最善の準備をして勝利を目指すが、負けたらさっと忘れて次に向かう。そうした気持ちの切り替えも挑戦者にとっては大切だ。ひたすらに自分と向き合い、一歩ずつ進み続けて、見事、コンクール優勝という目標を達成した中野さん。次回(最終回)は、中野さんのこれからについてのお話です。(構成・川島省子)
【中野万里子さん出演のコンサート】
大阪国際音楽コンクール受賞者によるガラ・コンサート 日時:6月26日(火) 19:00開演(18:30開場)
会場:兵庫県立芸術文化センター神戸女学院小ホール
問い合わせ先:大阪国際音楽コンクール事務局
電話:06-6625-5931 FAX:06-6625-5934 E-メール:osakaimc@gmail.com
【中野万里子さんのfacebook】
https://www.facebook.com/mariko.nakano.96780