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美しいくらし
珈琲道具を屋台に積んで 「珈琲屋台 出茶屋」店主
鶴巻麻由子
第2回 ドリッパー

イラスト:平林秀夫
出茶屋のコーヒーは、ペーパーフィルターを使ったハンドドリップコーヒーだ。
注文を聞いてコーヒーミルで豆を挽いたら、ドリッパーにセットしたペーパーに粉を入れてお湯を注いで、珈琲を淹れる。
ドリッパーは、コーヒーを淹れない人にはあまりなじみがないかもしれないけれど、いろんなタイプがあって、コーヒーの味も変わる大切な存在だ。

子どものころ、父は昔珈琲を淹れていたと聞いたこともあるけれど、記憶にあるのはいつもインスタントコーヒーだったので、ドリッパーの存在は知らなかった。
小5のとき、仲よしの友達と彼女のお父さんに連れられて喫茶店に入ったのが初めてのコーヒーの記憶だ。背伸びしてコーヒーを、と「ウインナーコーヒー」を頼んだ。本気でウインナーがついてくるのかもと思ってドキドキしていたくらいなので、ドリッパーの存在はまだ知らなかった。
高校を卒業して散歩とお茶の時間が好きになり、喫茶店の雰囲気にひかれ、また珈琲と出会った。
カウンターで珈琲を飲むようになって初めて「ドリッパー」の存在に気づくようになった。

ドリッパーは底の形が台形型と円錐形型があって、それぞれに合う形のペーパーをセットし粉を入れてお湯を注ぐと、底の抽出穴からコーヒーが落ちてくる。
1から2人前には小さなドリッパー、3から4人前には大きなものを使い、大は小を兼ねない。大きいドリッパーで少ない豆を淹れるのはとても難しいからだ。

ドリッパーの抽出穴の大きさ、穴の数、穴の位置、側面の角度もメーカーによって違いがある。「抽出穴がある」という共通点のほかには「リブ」と呼ばれる溝がどのドリッパーにもついている。一度、リブのないドリッパーを試したことがあるけれど、ペーパーがピタっとドリッパーの側面にくっついてなかなかお湯が落ちていかないのだ。リブがあるから空気が通り、豆から出る炭酸ガスもうまく抜けてお湯が落ちていくんだと実感した。そのリブの形も長さや深さもメーカーによってそれぞれ研究されていて、違いがあるから面白い。

初めて自分で珈琲を淹れたときに使ったのは“メリタ”のドリッパー。以前働いていた神保町の喫茶店で使っているものだ。メリタはドイツのメーカーで、100年以上前にペーパードリップの形式を初めて作った会社だ。メリタ式は小さな一つ穴の台形型なのでお湯が下に溜まってゆっくり落ちていく。比較的淹れ方に左右されず一定のスピードで落ちていくので、同じように淹れられるのが特徴だ。
マスターに確認したら、お店で使っているのはメリタの中でもアロマフィルターというもので、メリタの通常のドリッパーより穴の位置が底辺より少し上についていてより長く蒸らしがきくような形になっている。
同じく台型のもので、よく見るのは日本のメーカー“カリタ”のもの。カリタ式は3つ穴が特徴で、穴が多い分落ちるスピードが早くすっきりと入るという。


撮影:街道健太
出茶屋を始めた当初使っていたドリッパーは、カフェバッハオリジナルのもの。珈琲界のレジェンドといわれる人々の中の一人、田口護さんのお店「カフェ バッハ」は南千住にある。屋台を作ってもらったムラマツ車輌さんが近くにあり、屋台作りの相談に行った帰りに三谷の街を歩いてバッハコーヒーに行くのが好きだった。
バッハオリジナルドリッパーは、台形型で深いリブと角度がついていて小さな1つ穴のもの。“三洋”という会社が作っている。すっきりと抜けながらもゆっくり落ちるので、雑味のないまろやかな味の傾向だ。

今、出茶屋で使っているのは“コーノ”のドリッパーだ。円錐形で中心の大きな一つ穴に向かって滞留しながら落ちていく。シンプルに大きな一つ穴は、直接お湯の注ぎ方でコーヒーの落ち方が変わるから、淹れ方による味の違いもより楽しめる。薄めや濃いめ、お客さまから要望があるときに淹れ方でより味を変えられるように円錐形のものを使っている。コーノ式は下のほうにのみ深めのリブがある。上部はリブがなくピタッとくっつくので横もれせずゆっくり蒸らしながら落ち、しっかりと豆の味が出やすい。

同じく円錐形一つ穴のものでよく聞くのは、“ハリオ”のもの。ハリオのほうが街中でよく見かけるから一般的かもしれない。
ハリオはドリッパー上部から渦巻き状にリブがあるのが特徴。上部からガスを逃しながら落ちるためコーノよりすっきりと入る印象だ。
ほかに持っている円錐形のドリッパーでは“辻和金網”のものがある。
焙煎の先輩のお店で見て、その格好よさ、淹れてもらった珈琲のおいしさに、使って見たいと思っていたもの。京都の老舗の金網屋さんの三代目が珈琲好きで、考案したのだそう。京都のお店で実際に見て、使ってみたいと思いながらも一つ一つ手作りのもので手を出せず飲み込んで帰ってきたという話しを、週末に手伝ってくれるミル姉さんこと涼子ちゃんに話していたら、なんと誕生日に贈ってくれて泣いた。上部から空気が抜けるので、ゆっくり淹れると雑味なくおいしい。

こうしてあらためてドリッパーのことを考えてみるといろいろ試したくなってきて、バッハ、ハリオ、コーノで続けて淹れてみた。ひと口目の香りと味、冷めてからの余韻、どれもはっきりと違いがあり面白かった。
そういえば今まで淹れてみたドリッパーはどれも1つ穴だったから、今度三つ穴カリタを買ってきて試してみようと思う。自宅で淹れるとき、いろいろなドリッパーを常備して珈琲を飲みたい気分によって変えるのもいいかもしれない。

写真提供:鶴巻麻由子

ペーパードリップのほかにも、まったりと深みのある珈琲になるネルドリップや、ペーパーレスで漉して飲むタイプ、珈琲の味を丸ごと味わうプレスコーヒー、気圧の変化で抽出するサイフォンなど、淹れ方の種類もさまざま。「コーヒーを淹れる」シンプルで奥深くて、可能性はつきない。

正月に実家へ帰ったとき、驚いたことがあった。実家へ帰るときにもいつも珈琲を淹れているから、ポットとドリッパーは実家にも置いてある。私が帰るときだけしか使わないのでいつも棚から引っ張りだしていたのだけれど、今回は、豆がなくなったから家用にも豆を持ってきてという。インスタントのイメージだった父が、置いてある道具を使って最近コーヒーを淹れていると聞いて驚いた。さらに小学生の姪っ子がこれで作ってと豆を買ってきたのも驚いた。ミルクと砂糖を入れて、なんと2杯も飲んでいた。
珈琲の道具、珈琲を淹れている人が身近にいると、「コーヒーを淹れる」ということがとたんに近い存在になるんだなと率直にうれしく思った。

コーヒーと共に思い出がついてくる。
いろんなドリッパーで淹れた珈琲も、また喜びとして、思い出の珈琲の味になるといい。

【「珈琲屋台 出茶屋」のホームページアドレス】
http://www.de-cha-ya.com/

【平林さんのお絵かき教室のホームページアドレス】
http://kyklopsketch.jimdo.com/

※WEB連載原稿に加筆してまとめた単行本『今日も珈琲日和』を好評発売中です(発行:東海教育研究所、発売:東海大学出版部)。WEB連載「今日も珈琲日和」はこちらをご覧ください。

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【つるまき・まゆこ】
1979年千葉県生まれ。2004年に東京都小金井市に移り住む。同年、小金井市商工会が主催する「こがねい夢プラン支援事業」に応募し、珈琲屋台のプランが採用。火鉢と鉄瓶で小金井の井戸水を沸かし、道行く人に1杯ずつ丁寧に淹れた珈琲を飲ませる「珈琲屋台 出茶屋」を始める。現在は小金井市内で、「珈琲屋台」「丸田ストアー焙煎所」「出茶屋の小屋」の3つの形で営業中。詳細は「珈琲屋台 出茶屋」のホームページを参照。
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