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かもめアカデミー
展覧会を創る・伝える・育む【全3回】 読売新聞東京本社文化事業部
津屋式子
最終回 「展覧会を育む」
 5年、10年という年月をかけて企画を熟成させ、多くの人々の協力を得て開催される企画展を成功に導くためには、膨大な仕事量をこなす根気とエネルギー、そして経験に支えられた的確な判断力が不可欠です。シリーズ最終となる今回は、展覧会プロデューサーの役割と責任についてお伝えします。

質の高い展覧会を企画する

「アンドレアス・グルスキー展」のために来日したドイツの現代写真家グルスキー氏が、開会初日の記者会見で質問に答えた。現代作家の展覧会では、作家は作品を貸してくれるレンダーでもあり、展示構成のキュレーターでもある
??津屋式子

クーリエとして、また展示の専門家として作品とともにドイツから来日したスタッフ。作家からの絶大な信頼を得て、「彼でなければならない」と指名された
??津屋式子
 私たちが通常行う展覧会事業の運び方はそのつど違うものですが、ここではおおまかに3種類ほどの違ったパターンをご紹介しましょう。1つは企画から実施まですべてを自分たちで行うケースです。ちなみに私たちはこれを内部の用語で「手打ち」と呼んでいます。粉から作る手打ちうどんの「手打ち」です。主催者として何もないところから企画し、作品の所蔵者との交渉と契約、展覧会場(開催美術館)探し、作品の借用から展示、返却までの一切、協賛金集め、広報宣伝、会場運営など、すべての責任を負って一から作り上げて実施します。将来の企画は5年先、10年先まで見据えて、日ごろから情報収集をしています。そして、開幕の日まで、何百、何千というチェック項目をクリアしながら仕事を積み上げていくのです。

 2つ目は、「展覧会企画を開催会場に提供する」というパターンです。この場合、私たちの仕事は作品を美術館の壁に掛けるまで。どのように展示レイアウトをし、どのように広報宣伝するかはそれぞれの美術館の判断です。私たちは企画を完璧な「製品」として準備し、美術館に届けることに心を砕きます。しかしこの場合も、「内容的に受け入れてもらえるか」「美術館が想定する経費内に収まる提案か」「複数の美術館に巡回することができるか」などを企画時点で詳細に検討します。いくら内容が優れていても、入場者が3万人と予想される美術館に10万人が入場しなければ収支が合わないような企画を提案することはできません。どの美術館がどのような企画に興味がありそうか、内容と経費が現実的に見合っているかなどを正しく判断するためには、日ごろから美術館とのコミュニケーションが重要になります。

 3つ目は、やや刺激的な言い方になりますが、「展覧会というビジネスチャンスに出資、投資する」という方法です。展覧会に限らず、現代では大プロジェクトには複数の共催者がかかわり、負担やリスクを分け合ってなんとか実現させる、という考え方が主流で、ビジネスとして複数社の協力体制が組まれることがあります。展覧会をビジネスの観点から見れば、当然、収支的にはチャンスであると同時にリスクにもなり得ます。近年の展覧会では、新聞社とテレビ局、ラジオ局、ときにはプレイガイド会社や広告代理店などが「チーム」を組んでそれぞれの得意分野で広報宣伝に努め、皆で展覧会を盛り上げて成功に導くという方法が取られることも多くなりました。チームを構成するそれぞれが、応分にリスク、すなわち責任を負うことで、成功への意欲を高めることになります。

 このように展覧会への取り組み方にはいろいろな形がありますが、いずれの場合もまず、いかに自分自身で質の高い企画を考えられるか、そしてイベントとしての成功を見極められるかが大変重要です。そして、企画を実際の「成功」に導くまでにかかる膨大な仕事量とさまざまな判断能力は、まさしく企画を「育てる」根気とエネルギー、また経験によって支えられるものです。

効果的なPRで新規顧客を呼び込む


ポスターやチラシのデザインは宣伝の要。デザインは複数のデザイナーのコンペで決めることも多い
??津屋式子

音声ガイドは鑑賞をより深めるための有料のサービス。ナレーション、読まれる内容、音楽などに工夫を凝らす
??津屋式子


 展覧会を成功させるためには、より多くのお客さまに来ていただかなくてはなりません。黙っていても展覧会に足を運んでくださる美術ファンのお客さまだけでは、大型展を黒字にはできません。今まで一度も展覧会に行ったことがないけれど、積極的なPRによって初めて「このポスターを見たら面白そうだから行ってみよう」と思ってくださる“潜在的なお客さま”を掘り起こさねばならないのです。それがすなわち、新たな展覧会ファン、新規顧客を「育てる」ことになります。そのため、人気タレントを展覧会サポーターに起用したり、音声ガイドのナレーションを任せたり、また有名ブランドとタイアップして限定グッズを作ったり、飲食店に広く協力を求めたりなど、さまざまな業界と協力して新しい宣伝方法を開拓し、展覧会に足を運んでもらうための新しい「仕掛け」を常に考えています。

各メディアが協力しあって業界を成長させる
 もちろん、展覧会を開催する業界自体も成長していかなければなりません。本来、各社の現場同士は「他社がやっていないことをやろう」と常にしのぎを削り、ノウハウは企業秘密になっています。ところが最近は、いろいろなメディアが協働してイベントを開催するケースが増えて、結果的に各社のノウハウがシェアされつつあります。つまり、必死で培ってきた独自の戦略を真似される可能性があるのです。しかし、それとわかっていても、「お互いに不得意な部分を補って展覧会を成功させよう」というのが今という時代です。競争はますます激しくなるでしょうが、通信手段などの変化のスピードが速い今日では各社が協力し合い、切磋琢磨して次世代の展覧会の可能性を追求しているのです。

展覧会プロデューサーの責任とは
 最後にもう一度、展覧会プロデューサーの「責任」についてお話しします。第一に、企画のクオリティーを管理すること。そのためにはある程度の美術史の知識も必要ですし、美術に関する世界の潮流や国内事情も常に把握しておく必要があります。そうした努力の積み重ねで、企画の質を見極める目を養わなくてはなりません。

 展覧会の制作スケジュールの管理は、実務として大変重要です。企画は着想から実現まで10年以上かかることもあります。展覧会業界では、通常開催の5年ほど前から交渉などで少しずつ動き始めますが、1年前ともなると開催目前という感覚で、広報宣伝の準備をスタートさせます。作品の輸送計画、ポスター、チラシから図録など印刷物の編集から納品まで、同時進行でさまざまなスケジュールを管理して、完璧な状態で初日を迎えなければなりません。

 そして、展覧会を商業的に成功させる(黒字にする)ために最も重要なことが、予算の管理です。企画のクオリティーを確保しながらあらゆる無駄を排除し、予算の範囲内で可能な限り効果的な宣伝を行い、より多くの人に来場していただかなくてはなりません。さらに、想定できるトラブルにはあらかじめ対処し、予測不可能な事態が起こった場合には迅速かつ適切に対応する能力も必要です。展覧会が終わり、作品を所蔵者にお返しするまで、決して気を抜くことはできません。

目指すのは常に世界水準。100点でなく101点!

 私は新聞社の社員の一人として展覧会の仕事に携わっていますが、「プロフェッショナルとしての気概を持って仕事をしなければならない」といつも自分に言い聞かせています。プロフェッショナルとは、「今自分がやっている仕事に常に世界水準を求める」ということではないかと思います。世界一のクオリティーを求めるという気概を持たなければ、仕事の質はどんどん落ちてしまう。それはどんな分野でも同じです。

 仕事においては100点満点というのは最低取るべき点数ですし、毎回100点でなければいけません。でも実はそれでは足りません。100点をこえて、少なくとも101点を取ることが大切大事です。仕事における100点は通常期待される結果にすぎず、取っても誰も褒めてくれませんから、目指すべきはその次にあるレベル。お客様に「期待していたより良かった」と言ってもらうためには、少なくとも101点以上必要なのだということを、私はいつも自分に言い聞かせています(実際にできているかどうかは別ですが)。

東海大学の湘南キャンパスで講演する津屋さん
 そして、若い皆さんに特にお伝えしたいことですが、一つのことを長く続けるというのも大切なことです。時は自分を熟成させてくれるのです。私も気がつけば、読売新聞に入社して20年以上が経ちました。その年月のおかげで学べたこと、得られた出会いがたくさんあります。これからも、今まで出会った人、これから出会う人とのご縁を大切にして情報や経験を蓄積し、広い視野に立って「自分が本当にやりたい企画」を考え、実現させていきたいと思っています。

【津屋式子さんが担当するイベント情報】
 展覧会の仕事に加え、コンサートやコンクールなど音楽事業の企画も担当している津屋さん。この春、大手町の読売新聞東京本社ビル内にオープンする「よみうり大手町ホール」で開催するクラシック音楽公演にも携わっています。
※よみうり大手町ホールのホームページはこちらから
http://yomi.otemachi-hall.com/

「アンドレアス・グルスキー展」
大阪市北区の国立国際美術館で5月11日まで開催中
http://gursky.jp/outline_osaka.html

※この記事は2013年12月21日、東海大学湘南キャンパスで「キュレーターの“たまご”プロジェクト」の一環として開催された公開講座の内容を再構成したものです。このプロジェクトは、東海大学課程資格教育センターが彫刻の森美術館(神奈川県箱根町)と連携して学芸員を目指す学生や大学院生を対象に行っているインターンシッププログラムです。
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【つや・しきこ】
1966年東京都生まれ。93年、慶応義塾大学文学研究科英米文学専攻修士課程修了(言語学)。同年、読売新聞東京本社に入社。事業開発部で文化、教育などのイベントを担当。2004年より文化事業部で展覧会企画担当者として活躍。08年から09年、イギリス・ロンドンのサザビーズ・インスティテュート・オブ・アートに留学し、西洋美術史、アート&ビジネスコースを修了。
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