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かもめアカデミー
展覧会を創る・伝える・育む【全3回】 読売新聞東京本社文化事業部
津屋式子
第2回 「展覧会を創る」
 質の高い企画展を開催してより多くの人に美術の面白さを知ってもらうために、展覧会の企画制作担当者はたくさんのスタッフと協働します。作品を安全に運搬し、その素晴らしさを際立たせるための展示方法を考え、作品の魅力や見どころをわかりやすく伝えるためのアプローチを模索し、お客さまの安全にも配慮する……。今回はプロデューサーとともに展覧会を創り上げる、さまざまな分野のプロフェッショナルを紹介します。

展覧会にかかわる人々
 日本の展覧会は世界レベルで見ても一流のクオリティーであると思います。展覧会を、お客さまが納得する一流の「商品」として完成させるために、さまざまな分野のプロフェッショナルがかかわっています。主な関係者を紹介していきましょう。

借用する、展示する、広報宣伝する
【レンダー】
 美術館や個人所蔵家など、作品を所有し貸してくれる人です。海外のレンダーと交渉する場合は現地で活動する美術コーディネーターに連絡の仲立ちや調整をしてもらうなど、遠い海外との距離を埋めるコミュニケーションの努力をします。

【美術館】
 展覧会の会場であり、メディアとともに展覧会の主催者となります。学芸員、運営、施設の管理、広報の担当者など、美術館に所属するさまざまなスタッフと綿密な打ち合わせを重ねます。

【デザイナー・印刷会社】
 広報宣伝の要であるポスターやチラシの制作を依頼します。「この人がデザインすればどんな展覧会も成功する」といわれる伝説的なデザイナーさえいますが、どのようなセンスや傾向のデザイナーが展覧会のイメージに合うかを考えて依頼することが大変重要です。たとえば公益社団法人日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA:ジャグダ)が発行する年鑑には、加盟しているデザイン事務所やデザイナーが作品を掲載していますので参考にしています。美術館に行くのも大切な情報収集ですが、展覧会を広報宣伝する者にとっては、日ごろからいろいろな展覧会のチラシやポスターに目を向けて研究しておくことも大切です。

作品を運ぶ、展示する
【保険会社】
 大切な作品をお借りして輸送、展示するのですから、必ず保険をかけます。保険料は作品の市場評価額の合計額の一定割合となるため、重要な美術品をたくさん借用すれば非常に高額になります。近年、テロや自然災害のリスクが高まる中で保険料率は高くなってきています。保険料が足かせとなって質の高い展覧会が開催できなくなることがないよう、日本でも一昨年から「国家補償制度」が始まりました。これは各メディアの展覧会担当者が力を合わせ、何年もかけて国に働きかけて実現させたものです。

展示作業中に作品を傷つけぬよう、巨大な脚立にクッションを巻くスタッフ。作品保護に細心の注意を払う
?? 津屋式子
【美術品輸送会社】
 美術品を専門に梱包、輸送、展示するプロフェッショナルです。海外から作品を運搬する場合には、現地の陸送から飛行機のアレンジ、通関手続き、国内輸送、美術館への搬入出、展示までのコーディネートと作業一切を任せます。作品とともに海外所蔵先からやってくるクーリエは作品が正しく大切に扱われるかを監視するのが仕事ですが、日本のスタッフの見事な仕事ぶりはいつも賞賛されています。

【ディスプレイ会社】
 展示するための壁や、展示にふさわしい雰囲気の内装をデザインして施工します。学芸員や借用先の美術館などの考え方に応じてギャラリーの壁を作ったり、その作品が通常展示されている美術館の雰囲気を再現するなど、内装は展示そのものを演出する重要なポイントとして工夫が必要となります。タイトル看板や解説パネル、年表などもディスプレイ会社に制作を依頼します。

照明の専門家が作品ごとにたくさんのライトの微妙な角度を指示する。作品を最も美しく見せるために適切なライティングは不可欠だ
?? 津屋式子
【照明デザイナー】
 作品の素晴らしさを完璧に見せるため、展示の「仕上げ」としてライティングは非常に重要です。電球の種類や照射する角度によって作品の印象は全く違ってきます。彫刻など立体物の存在感を暗い展示室の中でいかに美しく際立たせるかなど、専門知識とセンスを兼ね備えたプロフェッショナルでなくてはできない仕事です。

【修復家】
 美術館に着いた作品を開梱したとき、また展覧会終了後に再びクレート(輸送保管用の専用木箱)に梱包する前に、作品に異常がないかを隅々まで徹底的に点検します。作品を借りている展覧会主催者が修復家に点検を依頼すると同時に、借用先の美術館から作品の安全な輸送と保護のために同行してくるクーリエも、レンダー側として作品を点検します。双方が作品の無事を確認してレポートに記録します。

お客さまを楽しませるプラスアルファ
【図録編集プロダクション】
 展覧会の記録として、また学芸員にとっては研究の成果として残す出版物が図録です。主催者は、お客にとって読みやすく、内容が充実していて資料性が高く、しかも持ち運ぶのに重過ぎず、加えて手ごろな値段の図録を作りたいと考えます。そのために、美術の専門知識を持ち、優れたデザインセンスと用紙などの知識も豊富な編集プロダクションに仕事を依頼します。

鑑賞後のお楽しみ、特設グッズ売り場。お菓子は女性客に特に人気が高い。食品を扱うので細心の注意が必要だ
?? 津屋式子
【グッズ制作販売会社】
 グッズの企画制作と、会場の特設売り場での販売を担う会社です。グッズは展覧会鑑賞後のお客さまの大きな楽しみとなっており、近年はセンスのよいデザインや品ぞろえで勝負する会社が出てきています。

【音声ガイド会社】
 音声ガイドは展覧会をより深く理解していただくため、また楽しんでいただく付加的なサービスとして、ほとんどの場合有料で展開します。図録やグッズとならび、主催者にとって、展覧会の健全な収支を実現するための副次的収入源として重要です。音声ガイド会社はナレーションの原稿も書くので、ここでも美術史の知識を持ったスタッフが活躍しています。

チケットを販売する、会場を警備する 
【プレイガイド】
 チケット販売を代行する機能をプレイガイドと呼び、主催者は複数のプレイガイドに配券してお客さまが前売券を買うチャンネルをできるだけ増やします。多くのお客さまは美術館のチケット売り場で当日券を買いますが、前売券がどれだけ売れるかで展覧会の入場者数をある程度予想することができるため、会期中の広報戦略を考える上で大変重要になります。前売券を魅力あるものにするために企業とタイアップして前売限定のグッズを付けたり、「早割り」として格安の料金を設定するなどの工夫を常に考えています。

【施設管理・運営会社】
 美術館の警備や、会場の入り口でチケットのもぎり、会場内での監視業務を担当します。展覧会場でお客さまに接し、ありとあらゆるクレーム、質問、要望などに対応する会場運営のプロフェッショナルです。

プロデューサー視点で展覧会を観る
 展覧会はこのように、多くのプロフェッショナルな仕事に支えられて成り立っています。こうした人々を適切に配置し、仕事を依頼して、全体が機能するよう統括しているのがプロデューサーです。展覧会を見る際には、そうしたプロデューサーの視点に立って「作品以外」のものを眺めてみるのも面白いのではないでしょうか。チラシやポスターのデザインにどのような意図が込められているのか、広報戦略にどのような工夫をしているのか、展示会場の内装やグッズ売り場、音声ガイドの内容にはどのようなこだわりがあるのか、などを考えながら見ていただくと、ひと味違った楽しみ方ができるのではないかと思います。

日本の展覧会のチケットは高い?
 さて、「日本の展覧会のチケット代は欧米に比べて高い」という意見をいただくことがあるのですが、実際はどうなのでしょう? 現在、東京の展覧会の大人の当日券入場料は1500円前後です。これには今回説明してきた作品借用料、保険料、輸送費、広報宣伝費、展示施工費、運営スタッフの人件費などさまざまな経費が含まれます。そのほか、国立美術館では光熱水費も主催者が負担しますし、特別展のチケットには常設展観覧料として国立美術館が徴収する金額が必ず含まれることになっています。「イギリスの国立美術館は無料だ」という人もいますが、日本の美術館も特別展のチケットを持っていれば常設展に別料金はかからないので“お得”なのです。皆さんが展覧会に行ったら、特別展だけでなく常設展もぜひ観てくださいね(笑)。

 海外との比較でいえば、実際には欧米の美術館でも企画展は日本と同じくらいか、もっと高い入場料がかかる場合も多いのです。海外や国内の複数の所有者から作品を借りて日本で企画展を開催するためには、高額な保険料や輸送費などを必要とします。1500円前後というチケット代が高いのか安いのか、もうおわかりいただけると思います。

 また、「日本の展覧会はいつも混んでいてゆっくり見られない。欧米の美術館はすいているのに」という声もいただきます。私たちはできるだけ多くの人にゆっくりと展覧会を観てほしいと思っています。けれども企画展の宿命として、2カ月半程度の限られた期間で多くのお客様に来場していただかなければなりません。「すいている」ということは、お客さまが少ない、すなわち収入が少ないということになりますから、主催者にとっては悩ましい問題です。混んでいても見やすいような位置に作品を展示する、一つの場所に人がたまり過ぎないよう展示の順番を考える、比較的すいている時期や時間帯をご案内するなど、お客さまには作品だけでなく展覧会の空間と時間を心から楽しんでいただけるよう工夫しています。また、入場の際に長蛇の列ができていることがありますが、寒い日、暑い日など天候が厳しいときは特に、体調を崩す方が出ないよう気を配っています。

※次回のテーマは「展覧会を育む」。展覧会を成功させるため、また展覧会業界の未来のために、プロデューサーはどのような努力をしているのでしょうか? その役割と責任について紹介します。 

【津屋式子さんが担当する企画展情報】
「アンドレアス・グルスキー展」
大阪市北区の国立国際美術館で5月11日まで開催中
http://gursky.jp/outline_osaka.html

「国立西洋美術館×ポーラ美術館 モネ、風景をみる眼―19世紀フランス風景画の革新」東京・上野の国立西洋美術館で3月9日まで開催中
http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2013monet.html 

※この記事は2013年12月21日、東海大学湘南キャンパスで「キュレーターの“たまご”プロジェクト」の一環として開催された公開講座の内容を再構成したものです。このプロジェクトは、東海大学課程資格教育センターが彫刻の森美術館(神奈川県箱根町)と連携して学芸員を目指す学生や大学院生を対象に行っているインターンシッププログラムです。
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【つや・しきこ】
1966年東京都生まれ。93年、慶応義塾大学文学研究科英米文学専攻修士課程修了(言語学)。同年、読売新聞東京本社に入社。事業開発部で文化、教育などのイベントを担当。2004年より文化事業部で展覧会企画担当者として活躍。08年から09年、イギリス・ロンドンのサザビーズ・インスティテュート・オブ・アートに留学し、西洋美術史、アート&ビジネスコースを修了。
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