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子どものこれから
“遊び”が子どもを育てる 山梨大学大学院教育学研究科教授
中村和彦
第3回 競技主義に走りがちなスポーツ指導の現場
 遊びを失った現代の子どもたちは、代替行動のようにスポーツクラブでトレーニングをするようになりました。サッカー、野球、体操、バスケットなど、子どものためのクラブは全国的に高い人気を誇っています。けれどこうしたスポーツとのかかわり方に、私は危機感を覚えます。なぜならスポーツクラブでは勝敗にこだわる“競技主義”での指導が行われがちだからです。現在、日本の子どもを取り巻くスポーツ環境は多くの場合が競技化しており、勝つことを目指す指導をし、それに即したトレーニングが行われています。

イラスト:高尾 斉
 スポーツをする上で「勝敗」は切り離せないものかもしれません。けれど子どもの場合、競技主義を封印したほうがいいと私は考えています。スポーツにはそれを通して学ぶことが多面的にあり、子どもがスポーツに取り組む目的はそれらを均等に吸収することにあるからです。たとえばコミュニケーション能力や物事を工夫する力、集中力、自立心、他者への畏敬の念、自分に自信を持つこと――。子どもにとってスポーツは、そうした人生にとって大切なものの学びの場でもあります。

 大人はともすると、運動能力の発達と知的な発育を切り分けて考えがちですが、これらは本来バラバラではありません。車の両輪のように同時に働き、そして磨かれていくものなのです。とくに幼児期から小学校中学年くらいまでの子どもには、このような能力同士がかかわりながら発達する特性があります。そしてそれを伸ばす役目を担うことが、本当の意味での「スポーツ文化」なのです。

「面白くのめり込む」ことで子どもは伸びる
 子どもの「遊び文化」にも、これらを補償できるパワーがありました。仲間とのかかわり、頭を使った工夫や向上、一つの経験が子どもの複数の能力に働きかけ、同時に伸ばしていく。それができるのが遊びでした。子どもにとって、体を動かすことは本来とても楽しいものです。運動を遊びの中で経験すると、子どもたちは面白くて夢中になり、「もっとうまくやろう」「もっとやってみたい」とのめりこんでいきます。

 この「面白くのめりこむ」というのが、非常に大切なプロセスなのです。子どもは、誰かに言われてやらされるのでも、アメやムチで動かされるのでもなく、自ら進んで体を動かす喜びを学んでいく。「できるようになるのが面白い」から繰り返して取り組み、結果的に運動量が増える。それは内発的動機づけ、つまり「やる気」の発露です。そして「くり返して取り組むうちにできるようになった」という工夫や達成感を学習していきます。ただ「勝つこと」だけに気持ちが向いた“競技主義”のもとでの指導では、そうした大切な経験の可能性が消されていってしまうように感じます。そこには「将来、この子がスポーツとどうかかわっていくか」という視点が欠けています。

「スポーツもどき」に熱中する時間の価値
 三角ベースやゴム跳び、壁打ちテニスなど、少し前までは日本のいたる所でワクワクするような「スポーツもどき」がたくさん行われていました。子どもたちはこぞって目を輝かせ、工夫を凝らして技を磨き、大笑いをしたり真剣なまなざしをしながら、それらの遊びに夢中になりました。

 私はこうしたスポーツとのかかわり方が、小学校中学年くらいまでの子どもには最も重要だと思います。勝敗も大切な側面かもしれませんが、それは中学生以降の発達段階の中で取り組むべきでしょう。ネットのたるんだオンボロのバレーコートで、ワンバウンドのバレーボールをやるのでもいい。その行為そのものに、スポーツをするというまぎれもない価値があるのです。「体を動かすのってこんなに楽しい」と心の底から思えるようなスポーツのあり方が、子どもにとって最も大切だということを忘れずにいたいですね。

(構成・株式会社トリア 小林麻子)

※次回のテーマは「途中でやめることを『挫折』と捉えない」です
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【なかむら・かずひこ】
1960年山梨県生まれ。山梨大学教育学部卒業。筑波大学大学院体育研究科修了。一貫して子どもの体や心の問題について研究、特に子どもの遊びの重要性に関する調査・研究では第一人者。専門は発育発達学、運動発達学、健康教育学。著書に『子どものからだが危ない!』『運動神経がよくなる本』など。
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