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美しいくらし
南仏ワイナリー滞在記 ラ・メゾン・ド・ラ・ピコル 代表
山本ひとみ
第1回 南仏のリズムの中へ
南仏・プロヴァンス。輝く陽光と地中海からの風を受ける小高い丘に、誕生したばかりの小さなワイナリーがあります。2026年夏、日本で南仏産ロゼワインの輸入販売を手がける山本ひとみさんは、ぶどうの収穫を体験するためこの場所を訪れました。そこで出会ったのは、ゆるやかに流れる時間と、人生を謳歌し、ワインづくりに情熱を注ぐ人たちの姿でした。
これまでかもめの本棚で、南仏イベントやインタビュー記事を通してロゼワインの魅力を届けてくれた山本さん。今回は、愛するロゼの生まれ故郷で過ごした特別な夏の日々を、全3回にわたり綴ります。



今年の夏、どうして私が南フランスのワイナリーでぶどうを収穫することになったのか。
数年前、私は南フランスのロゼワインの輸入を始めた。日本でまだまだ馴染みの少ない南仏ロゼ。たくさんの人においしさを知ってもらいたくて、各地のマルシェに出たり、Webショップに南仏やロゼについての記事を載せたりしていた。その記事を、南フランスでワイナリーを立ち上げたあるフランス人が見つけてくれた。そこから不思議な縁がつながって、やがて、「収穫に来ませんか?」ということになった。

仕事もあるし、予定も、お金も……ためらう理由はいろいろある。
でも、「行きます」と即答した。

向かったのは、コート・ダジュールのサント=マキシム。ニース空港から車で西におよそ1時間半。華やかな海岸沿いを抜けて、少しずつ丘の方へ入っていく。今回私が訪れたのは、Domaine du Soleil Filant(ドメーヌ・デュ・ソレイユ・フィラン)。2025年に新しく生まれた、小さなワイナリーだ。敷地内にはオーナーの家があり、私たちもそこで寝食をともにする。

まず目に入ったのは、真っ青な空に向かって何本ものイトスギがそびえる、白い館。南仏らしいオレンジ色の瓦屋根と石畳のアプローチ。その先にはテラスとプールがあり、さらに奥には乾いた山の景色が広がっている。着いた瞬間から、これからここで過ごす数日への期待が一気に膨らんだ。 中に入れば、広いキッチンに、スタイリッシュな家具や本が置かれたサロン。オーナーのセンスが、そこかしこに感じられる。 これまでいろいろなワイナリーを訪ねてきたけれど、その場所の佇まいには、つくり手の美意識が表れる。それは、そこで生まれるワインにも通じているように思う。


ランチのお供もロゼワイン

大きな窓が開放的な寝室

オーナー夫妻にあいさつをすると、まず聞かれた。
「ランチは済ませたの?」
まだ食べていない、と答えると、トマトのサラダやパテがテーブルに並び、早速ロゼワインが運ばれてくる。長旅の疲れなど、すぐに忘れた。強い太陽の光を反射してきらめくプールと、心地よい風が抜けるテラス。そこで食卓を囲んだ瞬間から、私はまるで家族のように迎え入れられていた。

次に、滞在する部屋へ案内してもらった。私が泊まることになったのは、母屋から少し離れた小さなおうち。もともとはガレージだった場所を改装し、人が泊まれるようにしたばかりだという。 周りをオリーブの木々に囲まれたその離れは、まるでオリーブに抱かれたツリーハウスのよう。ガラス張りのサロンからは、外の景色がそのまま部屋の中まで続いているように見える。こんなところが数日間、自分の部屋になるなんて。

その日のワイナリーには、私たちのほかにも何人かの来客があった。夕方になると、みんなで近くの小さな町へ出かけた。入ったのは、Soleil Filantのワインをメニューに置いてくれているカフェ。店内は町の人たちで大賑わいだった。テラスに座り、もちろん私たちもそのワインを注文する。自分たちのワインが、町のカフェで当たり前のようにテーブルに運ばれてくる。
——自分たちの、なんて。私はほんの数時間前に着いたばかりなのに。でも、もうそんな気分になっていた。そんなふうに、南仏での最初の一日は過ぎていった。

翌朝は6時に起床。朝一番にぶどうを収穫するためだ。それでもワイナリーの日常に比べれば遅いくらい。日によっては深夜2時に起き出すこともあるという。収穫の朝は早いのだ。でも、「何時に全員集合」という張りつめた感じはない。起きた人からテラスにやって来て、カフェを飲みながらおしゃべり。いつの間にかみんなが揃い、畑へ向かう。こういうところが、なんともフランスらしい。

南仏の8月。近年のフランスの夏は酷暑が続き、昼間は強烈な日差しが照りつける。それでも早朝の空気はひんやりとして気持ちがいい。この日は、車で5分ほどの畑へ向かった。あるアメリカ人女性がオーナーになっている畑だ。私もまだすべてを理解しているわけではないけれど、ワインの世界では、畑を所有する人、管理する人、ぶどうを育てる人、ワインをつくる人が必ずしも同じとは限らない。そして収穫の時期になれば、近くの畑へ手伝いに行くこともある。そんなことも、実際にここに来て初めて知った。

ハサミを持ってぶどうの樹の間に入り、収穫が始まる。詳しい話は次回に譲るとして、これがなかなか楽しい。ぶどうは一房ずつ手で摘んでいく。黙々と摘んでいるようで、向かい側から誰かの顔がのぞいたり、時々声が飛んできたりする。そうしているうちに空が明るくなり、気がつけば太陽もずいぶん高いところまで来ている。暑くなる前に、その日の収穫を終える。

収穫作業の様子

コンテナいっぱいのぶとう


ワイナリーへ戻ったら、テラスでカフェとクロワッサン、パン・オ・ショコラの朝食。そのあとはシャワーを浴びたり、そのままプールへ飛び込んだり。それぞれ思うままに過ごす。
そして、お腹が空いたころにまたテラスへ。ランチはトマトとブッラータチーズのサラダ、ズッキーニとにんにくやハーブのグリル、ハムやパテ。自家製のオリーブオイルをたっぷりとかける。シンプルなのに、なんとも贅沢だ。

午後は自由。昼寝をしたり、好きなことをしたり。「サントロペに行く?」そんな一言で、サント=マキシムから船に乗って、みんなで出かけた日もあった。別の日には隣町のブロカントへ行ったり、サント=マキシムのブラドリー(街のお店が店先に商品を並べる大売り出し)をのぞいたり。一緒にいることと、一人ひとりが自由でいることが、自然に両立している。

タプナードをパンに塗れば、ワインによく合うおつまみに

夕方になると、また自然とテラスに人が集まってくる。テーブルにはオリーブやパン、冷えたロゼワインに、パスティスやアペロールといったリキュールが並ぶ。南仏ならではのオリーブのペースト「タプナード」や、ニンニクとオリーブでつくるソース「アイオリ」は、薄切りにしたパンに塗っておつまみにする。アペリティフ(食前酒)の時間だ。グラスを片手に話しているうちに、ワインの味や、これからどんなワインをつくりたいのかという話になることもある。みんなの顔つきが一気に変わる。

ある夜は、肉やメルゲーズ(香辛料を効かせた羊肉や牛肉のソーセージ)をたっぷり買い込んで、みんなでプランチャ(南仏風の鉄板焼き)をすることになった。サント=マキシムのあるヴァール県は、山火事のリスクが高い地域。この時期は火の使用が厳しく規制されているため、庭にあるのも電気式のプランチャだ。ところが、準備を始めたところで停電。この辺りでは停電も珍しくないらしく、誰も大騒ぎしない。キャンドルとスマートフォンの明かりの中、笑いながら電気を使わずにできる夕食に切り替える。

青い空の下に広がるぶどう畑

そんな毎日を過ごしているうちに、いつの間にか私も時計をあまり見なくなっていた。朝は明るくなる前に畑へ行き、暑くなれば戻る。食べて、休んで、夕方になればまたテラスに人が集まってくる。

時計とは少し違うところで、一日が進んでいく。
時間を決めるのは、人よりも太陽や風のほう。
急がないのに、一日はちゃんと満ちていく。

南仏に来ることはこれまでにもあったけれど、そこで暮らす人たちと同じ時間の中で過ごしたのは、今回が初めてだった。観光やワインの仕入れで訪れていたときには見えなかったものが、少しずつ見えてくる。

そして翌朝になれば、また畑や醸造所へ。摘み取ったぶどうが、そのあとどうやってワインになっていくのか。次回は、収穫とワインづくりの話を。(つづく)

ワイナリーのエントランスに立つ山本さん


(写真提供:ラ・メゾン・ド・ラ・ピコル)

南仏ロゼワインの魅力を探るべく、山本ひとみさんにインタビュー(全3回)
「南仏とロゼワインのすてきな関係」はこちら⇒

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【ラ・メゾン・ド・ラ・ピコル】
https://picole.thebase.in/
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【やまもと・ひとみ】
静岡県育ち。静岡県立大学国際関係学部在学中に休学して渡仏。ロワール地方の田舎町やパリ、リヨン大学が運営する外国人向けフランス語コースで約2年間フランス語を学ぶ。大学卒業後は東京のフランス・イタリア食品輸入商社勤務を経て静岡市に移住。2002年、フランスの暮らしや文化を紹介するフリーペーパー『エクラタン』を創刊。2010年にフランス語スクールと文化の総合スペース「エスパス・エクラタン」を開設。2019年、南仏ロゼワインの輸入販売を手がける「ラ・メゾン・ド・ラ・ピコル」を設立。「フランス」をキーワードに、デザインや展示会アテンドなど多彩な活動を展開中。
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