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かもめアカデミー
古着でひもとく日本リサイクル史 尚絅学院大学総合人間科学系教授
玉田真紀
第1回 生きるために使い切る
 今年9・10月にフランスで開催されている「ラグビーワールドカップ2023」。この大会で日本代表選手が着用したユニホームには、全国のファンから集められたスポーツウエアを再生した素材が使われているそうです。衣類の大量生産や大量廃棄が問題視される今、使い捨てられている衣服を今後どうすればよいのか、再利用に向けた取り組みに期待が高まるばかりです。そこで、古着や布のリユース・リサイクルを専門に研究する玉田真紀先生にインタビュー。古着を一切の無駄なく活用してきた日本人と古着との関係を振り返り、これからの衣服との付き合い方を4回にわたって考えます。

布づくりの長い長い道のり

太いつるを伸ばすクズ。道端でごく普通に見られる(写真:編集部)

 衣服をつくるためには布が必要ですが、もともと布の原料となったのは、その辺の草むらに生えていたもの。例えば、カラムシ、シナ、バショウ、秋の七草のクズといった草木は、古代から布の原料に利用されていました。山地に自生するシナノキの樹皮は「科布(しなふ)」に、沖縄などの南国に多く分布するバショウは沖縄の伝統工芸「芭蕉布」に、北海道や東北でよく見られるオヒョウの木は、その樹皮がアイヌの民俗衣裳「アッツゥシ」に使われました。ほかにも、麻、藤、楮(こうぞ)など、植物から採れる繊維はたくさんあります。

さまざまな草木が繊維の原料になる。涼しげな帽子はシナノキの科布で作られ
たもの。手前は左からバショウ、カラムシ、クズの繊維


 16世紀末の戦国時代から江戸時代にかけて、暖かく丈夫で加工しやすい木綿の生産が増大しますが、共通するのは、天然繊維のどれもが自然の土から生まれるものだということ。絹は蚕の繭から作る動物繊維ですが、蚕の飼育には餌となる桑が必要です。
 布というのは、畑を耕し、種をまき、植物を育て、その繊維から糸をとり、織りあげる……という、途方もない手間と時間をかけて手に入れるものでした。さらに言えば、その過程には、水や土、日光や温度湿度など、その土地の気候風土が深く関わっています。「着物づくりは農業」だと言う方もいますが、本当にその通りだと思います。

玉田真紀先生(写真:編集部)

貴重な布を生かし切る知恵と工夫
 それだけ手間をかけて作るのですから、一度手に入った布は大事にするのが当たり前。各地に残る民具を見てみると、古着はもちろん、ほんの数センチの端切れでも、糸でも、繊維でも、とことん使い尽くす工夫があふれています。再利用の手法も、編む、継ぐ、重ねて縫う、など多彩です。特に木綿の古布は、その肌触りのよさや、丈夫さ、暖かさ、色柄の美しさなどから、さまざまな生活用品の補強や修理、装飾に用いられました。

 例えば荷物を背負って運ぶときに使う背負子(しょいこ)は、体に当たる部分が痛くないように、ワラや麻に木綿の古布を編み込んだものがよく見られます。特にひも状の布は用途が広く、縄、草履、雪靴、衣服の袖口やポケットなど、多岐にわたり使用されました。
 どんなに小さな布も無駄にしない暮らしの知恵の最たるものが、「裂織(さきおり)」です。布を細長いひも状に裂き、織物の緯(よこ)糸として織り込むという技法で、ボロボロの端切れでも、裂織にすれば布の材料として生かすことができます。

裂織(さきおり)に使う、細長く裂いた布

これを緯(よこ)糸にして織り込んでいく


 さらに使い込んで、裂織にもできないほどグズグズの状態になっても、ゴミにはなりません。それを燃やした灰を肥料にするなどして、最後の最後まで活用されました。しかもこれは江戸時代の話などではないんですよ。私が昭和40年代に福島の農家を訪ねたときに「古着は、最後は燃やして畑にまくんだ」という話を聞いたことがあります。わずか50年ほど前まで、暮らしの中に根づいていた方法なのです。

 かつては布や服を捨てるという感覚自体がなく、「あるものは全て使い尽くす」という考えを軸に生活が設計されていました。その裏には「それだけの知恵や工夫がなければ、生きていけなかった」という厳しい暮らしがあります。服を自給自足する生活では、家族全員分を調達するのも並大抵の苦労ではありません。着るものがなく、育てられない子どもを間引きする話は大正初期まであったといいます。古着は命をつなぐものとして、人びとの生活に欠かせない存在でした。(つづく)

――長い歴史の中で、衣服が自由に手に入るようになったのはつい最近のこと。限られた資源を大切に使う再利用の術には、物がない生活によって育まれた発想力や人間の生きる力が満ちています。次回は、そうした暮らしを支えた“日本独自の資源循環システム”に迫ります。

(写真資料提供:玉田真紀、構成:寺崎靖子)
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【たまだ・まき】
共立女子大学大学院家政学研究科修了。母校の被服意匠研究室助手を経て、宮城県の尚絅女学院短大講師として勤務。現在は尚絅学院大学総合人間科学系教授。専門は衣服のリユース・リサイクル文化。服飾文化学会会長、日本繊維機械学会繊維リサイクル技術研究会副委員長、手芸普及協会理事。編著書『アンティーク・キルト・コレクション』(共著、日本ヴォーグ社、1992)、『生活デザインの体系』(共著、三共出版、2012)、『高等学校用ファッションデザイン』(共編著、文部科学省、2022)など。
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