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かもめアカデミー
アートがつなぐ、まちと人 アートマネージャー
熊谷 薫
最終回 合言葉は「やってみよう!」
 アートの新たな可能性に目を向け、「小さくても行動することが大切」と語る熊谷さん。その言葉を自ら体現するように2020年に立ち上げたのが、地域密着型アートプロジェクト「TAMA VOICES(たまヴォイシズ)」。舞台は熊谷さんの地元・神奈川県川崎市多摩区、キーワードは「アートの地産地消」です。

――どのようなきっかけでTAMA VOICESを立ち上げることになったのですか?

 これもコロナ禍を機に生まれた活動です。大きなアートフェスティバルの再開には時間がかかると思いましたし、移動制限で遠方に行くこともできない。「それなら地元でできる、小規模な企画を立ち上げよう」ということで、私の地元である神奈川県川崎市多摩区の近隣に住むアーティストやアート関係者と4人で活動を始めました。
 まずはこの地域でできそうなことを掘り起こそうと、お茶会のような気軽なイベントを開いてみて気づいたのは、「地元には思った以上に多彩な人材がいる」ということ。福祉や町づくりや教育に関心がある方をはじめ、デザイナーやイラストレーター、ダンサーなどさまざまな分野に身を置く人たちが身近にいるとわかったのです。子育て世代も多いエリアなので「仕事はいったんスローダウンしているけれど、地元でならいろいろな活動がしたい」という方もいて、人的リソースの豊富さはうれしい誤算でした。

 今年(2022年)7月には「たまアート縁日 vol.2」というイベントを開催しました。地元の皆さんに好きな絵を描いてもらって、それをビルの建設現場の仮囲いに飾るという参加型のアートイベントです。地元の中小企業のオーナーさんと街のためになにか一緒にできないか相談している中で「少額だけど予算を組むのでやりましょうよ」と声をかけてもらい、そうしたらすぐに何人かの方が協力してくれました。そして、絵を描く場所や仮囲いはそのオーナーさんが提供してくれました。
 大きなイベントと違って、とにかく話が早いんです(笑)。小回りがきくというのも地元での活動の良いところですね。地元の方からは「子どもたちがちょっと楽しい経験をしたり、面白い大人に出会ったりする機会になってありがたい」という声も多くいただきました。いきなり社会課題を扱う難解な現代アートなどに触れるのは難しくても、視覚的に楽しいもの、とっつきやすいものを入り口にして、そこからどんどん世界を広げてもらえたらと思います。

©金子千裕「たまアート縁日 vol.2 みんなの景色を描いて街に飾ろう! 」2022年7月


 8月には、川崎市が2024年の市制100周年を前に実施する「アート・フォー・オール」という文化芸術推進事業で、TAMA VOICESの事業が採択されました。その名も「〜みるみる、なるなる、つくるくる〜生田緑地アートピクニック」(*囲み記事参照)。生田緑地を活用し、作品鑑賞や自然環境についての学びなどと絡めたさまざまなワークショップを10月末に実施する予定で、現在準備を進めています。

生田緑地アートピクニック準備中の様子
©︎TAMA VOICES

生田緑地アートピクニック準備中の様子
©︎TAMA VOICES

――まさに熊谷さんが取り組む「アートの地産地消」ですね。この言葉には、どういった思いが込められているのでしょうか。 

 地方創生という言葉が聞かれるようになり、私自身も地元でアート活動をするとなったときに、「地元の人が作って地元の人が消費する」というのはすごくいいんじゃないかなと思ったのです。外から有名アーティストを招聘し、観光客に来てもらうようなアートフェスティバルもとても大事なのですが、まだそこまでの地盤がない場合は、身近なところで楽しく活動できるコミュニティーを作ったほうが早いのではないかと。
 何でもそうですが、楽しそうなところには自然と人が集まりますよね。アート関係者にも好奇心の強い面白がりな人が多くて、「あれやってみようよ」「とりあえずやってみちゃおうよ」といったことをよく言います。それが伝播して、巻き込まれている人も「やってみよう!」というノリになってくるのです。

 昨年(2021年)にTAMA VOICESで開催した食とアートを絡めたワークショップ「食材解体ラボ」も、ご縁があったフードコーディネーターの福島りかさんという方と一緒に話をするうちに「食品のこの部分がすごく面白いから、そこを広げる企画をトライアルでやってみよう」と盛り上がって始まった企画です。自分一人で真面目に考えているだけではなくて、お互いの関心を引き出し合うことで発想が膨らんでいくのは、ワクワクしませんか?
 そうしたコミュニティーに、例えば子ども食堂を運営している方が参加していれば、支援につながる活動やイベントを一緒に考えていくこともできるでしょう。福祉などの問題も“支援する側”と“支援される側”の関係性ではなくて、楽しいから行きたくなる場所があって、そこで悩みを相談するようになって、皆で「どうしようか」と考える……といった有機的な結びつきがあれば、今までとはまた違った視点で解決策を探していけるかもしれません。

――楽しさは継続にもつながりますよね。アートと地域についてお話を伺って、小さくても大きくても、行動し続けることで道はつながっていくのだとあらためて教わったように感じます。

熊谷薫さん

 本当にそうですね。最初は小さく、自分たちの割けるリソースで。それでも目標は高く持って、地域の人ができるだけアートに触れられる環境を作っていく。そうした取り組みが大切だと思います。「アートに触れられる」というのは、そこに「誰もが自分のやりたいことを表現できる社会がある」ということだと思うのです。
 表現するイコール作品を作るということだけではありません。自分なりの表現で自由に活動するアーティストを見て、「ああ、自分もこういうことをやっていいんだ」と感じる。自由に意見が言える。やりたいことを表明できる。アートがある社会とは、そういったことができる社会なのではないでしょうか。

 これからも小さな活動を通して、町が持つさまざまな機能の一部分としてのアートを伝えていけたらと思います。アートを作る人がいて、アートが好きで集まってくる人がいて、そこに町づくりをしたい人や、さまざまな課題に取り組んでいる人たちも来てくれて、それぞれが協力し合うことで、アートにも町にも広がりが生まれる。アートには、そんな役割もあると思っています。(おわり)

――「実は今、水面下で進行中のプロジェクトがあるんです」と楽しそうに話してくれた熊谷さん。これもまた、地域に足を運び、人と出会って、言葉を交わす中で生まれたものなのだとか。人と人とのゆるやかな結びつきの中で育まれるアートの芽は、次にどんな花を咲かせるのでしょうか。自由な発想と楽しむ気持ちがあれば、その花の種はあなたの住む町でも見つけることができるのかもしれません。

(構成:寺崎靖子)

(*)「TAMA VOICES みるみる、なるなる、つくるくる
~生田緑地アートピクニック~」

 アートに「みる・なる・つくる」ことができる3つのワークショップと、絵本を楽しむピクニックスペースを用意。ふらっと遊びにくれば、誰でも気軽にアートを体験できる野外イベントです。
       【日時】2022年10月30日(日)10:00〜17:00
       【会場】神奈川県川崎市多摩区 生田緑地西口広場
           ※雨天時は東口ビジターセンターに会場変更予定
           ※詳細は公式HPのイベントページを参照↓
       【TAMA VOICES】https://tamavoices.com/
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【くまがい・かおる】
1979年神奈川県川崎市生まれ。アートマネージャー、事業評価・アーカイブコーディネーター、合同会社ARTLOGY代表、東海大学文化社会学部広報メディア学科講師。2005年に東京大学美術史学科修士課程修了後、N.Y.の市立大学に留学し戦後美術について研究、グッゲンハイム美術館でのインターンを経て帰国。2012年11月から東京アートポイント計画のプログラムオフィサーとして「Tokyo Art Research Lab」の記録調査/アーカイブ/評価に関わる研究開発プログラムに携わる。2014年からはフリーランスとして、アートプロジェクトの企画運営に加え、文化芸術分野のさまざまな活動のアーカイブや事業評価のコーディネートを手がけている。
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