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かもめアカデミー
アートがつなぐ、まちと人 アートマネージャー
熊谷 薫
第2回 コロナ禍が生んだ新たな表現
 人と人との密接な関わりによって生まれる化学反応も、地域のアートプロジェクトの楽しみのひとつ。新型コロナウイルスの世界的流行は、そうしたつながりも分断しました。コロナ禍に入りもうすぐ3年、アートの世界にも変化の波が押し寄せています。

――コロナ禍でアート業界にもかなりの影響がありましたね。

 ほとんどのプロジェクトが中止、もしくは無期限延期になり、特に地域とのコミュニケーションを大事に活動してきたアーティストには「これまでとは大きくやり方を変えなくてはいけない」という認識が生まれました。私のように事業のマネジメントやコンサルティングに携わる人間も、事業自体がストップする事態になって「これはもう新しい仕事を作るしかない」と一気に意識が切り替わりましたね。

――新しい仕事というと、どういったものですか?

 例えば、オンライン劇場の「THEATRE for ALL(シアターフォーオール)」は、コロナ禍をきっかけに立ち上げが決まった取り組みです。短期集中で議論と準備を進め、2021年2月にオープンしました。演劇やダンス、映画、メディア芸術などの作品を情報保障をつけてオンラインで配信する日本初の試みで、多言語字幕や手話通訳などにも対応しています。コロナ禍において、演劇は芸術表現の中でもとりわけ難しい状況に立たされた分野です。クローズドな空間に人が集まり長時間過ごす。しかも演者はセリフを発します。静かに絵画を鑑賞するよりも感染リスクが高い、ということもあって、演劇に携わる人たちは最も高いレベルで危機感を抱いていたと思います。

Tokai Community X まるっとみんなで映画祭
「もうろうをいきる」関連トーク(2022年7月18日)

 「THEATRE for ALL」を運営するのは、舞台芸術を中心に国内外のさまざまなアートプロジェクトの企画運営を手がけてきた株式会社precogです。実は同社では、コロナ禍以前から今の時代における演劇のあり方に問題意識を持っていました。物理的な劇場というのは、どうしても見に行く側にとってはハードルが高いですよね。子ども連れで行ける劇場も少ないですし、まして障害がある方はもっと大変です。そこで「いろいろな人が楽しめる、新しい劇場が必要だ」と考えたのです。
 しかし演劇には伝統的に「生で鑑賞すること」に対して強いこだわりがあり、配信やアーカイブなどの動きはなかなか進みませんでした。ところがコロナ禍が起こり、そうは言ってもいられなくなった。「このままでは業界自体がなくなってしまう」という危機感から一気にエンジンがかかり、新しいシーンを作る動きが各所で見られるようになりました。その中でprecogも「今実行するしかない!」と立ち上がったのです。

――コロナ禍で失ったものは数えきれませんが、“今まで気づかないふりをしていた問題”を直視するきっかけになった、ともいえますね。

 時代が劇的に変わる中で、自分たちが大事にしている表現や、未来に提供する形を維持していくためには、自ら動いて新しいプラットフォームを作っていくしかない。そういう意識を持って、小さくても行動を続けてきた人たちの信念が形になった事例だと感じます。「THEATRE for ALL」は、コロナ禍のアート業界の状況を鑑みて文化庁が公募した「文化芸術収益強化事業」に採択された取り組みです。
 私はコンサルティングという形で事業の申請時からprecogをサポートしてきたのですが、採択団体の大半を大企業や大規模な法人などが占める中、設立20年未満と若く、規模も小さい同社の事業が採択されたのは珍しいケース。そういった意味でも非常に革新的だったと思います。同事業に採択されたことで、コロナ禍から1年という早期のタイミングで実現までこぎつけることができました。

――新しいアイデアを持つ人たちと、アートマネージャーをはじめ各分野に精通する人たちが手を取り合うことで、目指すものが形になったのですね。今年に入り徐々にリアルのアートイベントも再開し始めていますが、コロナ前と比べて変化はありますか?

熊谷薫さん

 あらためて地域活動の大切さを実感しています。今は円安も重なって、海外からアーティストや作品を招聘することが非常に難しくなってしまいました。状況次第で来日できなくなることもありますし、大きな国際展などでは「これまでと同じ予算で同じ規模のものを開催することはできない」という話もよく聞きます。それでもやはり芸術や表現の場をつくるというのはすごく大切なことで、途絶えさせるわけにはいきません。だからこそ国内の表現がさらに成長したり、再評価されたりといった動きが必要だと思っています。
 アーティストはもちろん、プロジェクトの企画運営に携わるポジションでも、未来に投資するようなチャレンジングな若手の起用が進んでほしいですね。そこからまた新しい表現が生まれてくるのではないでしょうか。

 「THEATRE for ALL」が良い例ですが、大切なのは自ら課題意識を持って、周囲の協力を仰ぎながら「新しいことをやるぞ」という気持ちで動いていくこと。そうすれば、いきなり成功することはなくても種はまけるし、いずれ芽は出てきます。「だから頑張ろう!」と、私も周りにいる若いアーティストやアートに関わる人たちにいつも発破をかけているんです(笑)。(つづく)

――多様な人々にアートを開放する取り組みは、暮らしや社会のさまざまな場面で障壁を乗り越えるための大きなヒントになりそうです。困難をバネに新しいものを生み出すパワーに、こちらまで明るい気持ちになりました! 最終回では、熊谷さんが目指す「アートの地産地消」を通して、まちと人のこれからを考えます。

(構成:寺崎靖子)
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【くまがい・かおる】
1979年神奈川県川崎市生まれ。アートマネージャー、事業評価・アーカイブコーディネーター、合同会社ARTLOGY代表、東海大学文化社会学部広報メディア学科講師。2005年に東京大学美術史学科修士課程修了後、N.Y.の市立大学に留学し戦後美術について研究、グッゲンハイム美術館でのインターンを経て帰国。2012年11月から東京アートポイント計画のプログラムオフィサーとして「Tokyo Art Research Lab」の記録調査/アーカイブ/評価に関わる研究開発プログラムに携わる。2014年からはフリーランスとして、アートプロジェクトの企画運営に加え、文化芸術分野のさまざまな活動のアーカイブや事業評価のコーディネートを手がけている。
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