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食べるしあわせ
味の決め手はこだわりの「塩」 ソルトコーディネーター
青山志穂
第1回 手間暇かけてつくられる日本の塩
 毎日の食卓に登場する「塩」。塩は醤油や味噌づくりにも使われ、私たちにとってもっとも基本的な調味料といえるでしょう。長らく続いた専売制度が廃止(1997年)されて今年で四半世紀。今や日本に流通する塩は国内外合わせて4000種類以上あるそうです。しかし、それらを使いこなせているかと聞かれたら……? そこで、ソルトコーディネーターとして活動する塩のスペシャリスト、青山志穂さんにインタビュー。知って得する塩の基本から選び方、楽しみ方まで、奥深い塩の魅力について教えてもらいます。

青山志穂さん(写真:編集部)

「原料×製法」で味も形も変わる
 日本国内には北海道から沖縄まで、私が認識しているだけで約600カ所以上の製塩所が存在します。しかもそのつくり方は多種多様。日本にしかない独自の製法もあります。さらに、生産者さんの熱い思いや魅力的な人柄など、味わい以外にも語れる要素が満載です。
 ひと口に塩といっても、塩の種類は原材料によって「海水塩」「岩塩」「塩湖」「地下塩水塩」と大きく4つに分けられます。日本では塩といえば海水塩のイメージが強いですが、世界的には岩塩が主流で、一年につくられる生産量の約6割を占めています。残りの約3割が海水を原料とした塩。このほかに温泉水などから採れる地下塩水塩、でき上がった塩にハーブやスパイスをブレンドした「シーズニング」、日本古来の「藻塩」などもあります。
 ちなみに、塩資源に乏しい日本では岩塩と湖塩は採れません。人間が生きるために必要な塩を海水からつくるしか方法がありませんでした。

 日本の製塩は主に【1・濃縮】(海水の塩分濃度を高めて濃縮する)→【2・結晶】(塩分濃度をより高めて結晶化させる)→【3・仕上げ】(でき上がった結晶を整える)という3つの工程を経てつくられます。ただし、工程の中身は製塩所によって異なります。たとえば、自然の力を借りて天日干しにするのか、火力を使って釜炊きするのかなど、製法の違いで結晶の形や粒の大きさ、サラサラかしっとりかといった水分量、ミネラル成分のバランスが変わり、味わいに個性が生まれます。原料や産地による味わいの違いは全体の2割ほど。残りの8割は製法によって変わるのです。

値段が「高い」と言われる理由は?
 「日本は島国で四方を海に囲まれているので、塩づくりは簡単だろう」と思われがちですが、実は大変な苦労が必要です。
 一つは、日本は海沿いの平坦な土地が狭く、大規模な塩田がつくれないこと。もう一つは、多雨多湿の日本独特の気候です。塩田とは、大量の海水から水分を蒸発させ、塩だけを取り出すための場所・施設のことですが、諸外国のように広い土地を持ち、海水を大量に引き込んで1~2年放っておけば太陽と風の力だけで濃縮し、結晶ができる、というわけにはいきません。たとえば、メキシコには東京都と同じ広さの塩田があって、いくつかの区画に分かれており、「今日は足立区で収穫して、明日は新宿区……」といった具合で、塩ができたらブルドーザーで一気に収穫して終わり。言ってみれば「エコ」なつくり方です。

太陽と風の力で海水の水分を蒸発させる「流下式塩田」による【濃縮】の工程(高江洲製塩所・沖縄)

 これに対して日本は、土地がないうえに多雨多湿なので天日だけでは結晶にならず、一度濃縮したうえで、ガスや電気、重油など、たくさんのエネルギーを使って釜で煮詰めて、塩を結晶化させるしかありません。最初の工程の【濃縮】に関しては、砂浜の小さな塩田に海水をまいて天日にさらす方法もありますが、その後の【結晶】では釜で時間をかけて煮るのがメイン。そうするとエネルギーコストがかかるし、職人さんがつきっきりで火のそばに立つので、手間もかかります。その結果、原材料費はタダといっても、海外の塩に比べて値段が上がってしまうのです。
 ただし、職人さんによって、味わいは大きく変わります。濃縮した海水を煮詰める工程で、かき混ぜる人、かき混ぜない人、ごうごう煮立てる人、コトコト煮る人、「薪でないとつくりたい塩ができない」「鉄釜でないとダメだ」など、理想の味に向かってそれぞれ製法が違います。

新潟村上市にある製塩所「ミネラル工房」にて

 ほかにも日本人らしい工夫の例として、ビニールハウスに木箱を並べ、その箱に海水を入れて天日で塩に育てたり、日本が誇る世界一の「膜」技術を生かし、「逆浸透膜」で海水と淡水を分離させて濃縮海水を得たりと、制約がある中で日本独自の発展を遂げています。
 私は生産者さんと消費者をつなぐ活動として全国の製塩所めぐりをライフワークにしていますが、現地に出かけて製塩所ごとのこだわりの塩づくりを見せていただくと、その個性の違いに毎回驚かされてばかりです。(つづく)

――土地が狭く、雨が多い日本ならではのプロセスや技術によって、手間暇かけてつくられる塩の全体像が何となく見えてきました。次回は、四季や月の満ち欠けによって味が変わる塩や、SDGsを考えた塩づくりの取り組みなど、生産者さんがチャレンジする新しい塩のスタイルについてのお話です。

(写真提供・青山志穂、構成・宮嶋尚美)

【青山志穂_Official_Site】https://shiho-aoyama.com/
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【あおやま・しほ】
東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、総合食品メーカーを経て、塩の専門店「塩屋」を営む(株)パラダイスプランに入社。日々の業務の傍ら産地を訪問し、塩の研究を進めていく中で、塩に対する誤解や不理解を改善したい思いが強くなる。2012年、塩の正しい知識の啓もうを目的とした(社)日本ソルトコーディネーター協会を創立。国内外での講座やセミナーのほか、商品開発やアドバイザーとして活動。地域と連携し、塩を基軸とした地域活性化も手がける。訪れた製塩所は国内外合わせて延べ400カ所以上。自宅には2300種類以上の塩コレクションが並ぶ。著書に『日本と世界の塩の図鑑』『免疫力を高める塩レシピ』(あさ出版)ほか。
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