第9回 世界でひとつしかない旅の思い出を【マントン】
コート・ダ・ジュールはたくさんの顔を持っています。ニース周辺の県はアルプ=マリテイーム(Alpes-Maritimes)といって、日本語で訳すと「海辺のアルプス」。その名のとおり海の近くに高い山があり、夏は海水浴ができるうえに冬はスキーもできる、バカンスのメッカです。文化もさまざまで、県西部はプロヴァンスに近く、ニースより東はイタリアにそっくりです。その中で最もイタリアチックな町は間違いなくマントンでしょう。
フランスの南東国境にあるので、出国の手続きも必要なくすぐにイタリアに入国できます。その独特な位置によって歴史が非常に複雑で、イタリア領だったこともあればモナコ公国だったこともあり、最終的に1861年にフランスに返還されました。
現在もマントンにはたくさんのイタリア人が住んでいるだけでなく、国境を越えて働きにきたり、お店を経営したりしています。町中ではイタリア語をよく耳にするので、まるでイタリアにいるよう。ちょっとした気分転換になります。
高い山に囲まれているおかげで寒さをもたらす東風から守られているマントンは、年間316日ほぼ晴れ続き。1月の平均気温は11度です。昔から世界中のお金持ちがその穏やかな気候に憧れて、冬によく滞在しました。詩人、小説家、画家、映画監督など、多彩な才能を発揮したジャン・コクトーも、この地に長く滞在しています。そのため町中には彼に由来する美術館が2つもあるだけでなく、町の中心にある市庁舎には彼が手がけた巨大な壁画に囲まれた「婚礼の間」もあり、観光客も見学することができます。
そしてもう一つ、温暖な気候のマントンならではの名物として知られているのがレモンです。14世紀からミカン、オレンジ、レモンといった柑橘類の栽培が始まり、現在では毎年40トンものレモンを収穫しています。太陽をたっぷり浴びた実は、皮ごと食べられるぐらいすっぱくなく、そのおいしさは全国の一流シェフに認められています。
毎年2月にはレモン祭りが開催され、レモンやオレンジなどの柑橘類で造られた巨大な山車のパレードやオブジェで町全体が埋め尽くされます。でも、あまりにもおいしいので、このお祭りにマントン産のレモンとオレンジを使うのはもったいない!? 実は、展示やパレードの飾りには140トンもの柑橘類が必要。そのため、スペインから安いものを輸入して使っているそうです。
観光客は電車やバスでマントンを訪れると、とりあえず海辺側にあるマルシェや旧市街、美術館の周辺をよく散策しますが、旧市街の頂上にある墓地からの見晴らしは美しいうえに、その途中の路地もなかなか情緒があるので、ぜひ足を延ばしてみることをおススメします。マントンの住民は2万7000人。旧市街にもかなり人が住んでいて、古い雰囲気が残っているとともに生活感もあります。
そういえば、昨年はとてもすてきなお店に出会えました。旧市街の中心に位置するサン・ミッシェル教会に行く途中、華やかなアンティーク屋さんがあることは知っていましたが、高級な古いものにはあまり興味がないため、これまで一度も店内に入ったことはなく、いつも通り過ぎていました。
でもある日、この店の巨大な緑色のドアの前に太った白と黒の猫が待っていて、大きい声で鳴いて中に入りたそうにしていたのです。何度も何度も鳴いているので心配になって見ていたら、やがてドアが開き、猫がすっと入っていきました。チラッと中をのぞこうとしたら、店内にいた優しそうなオーナーのおじいさんが、「お嬢さん、こんにちは。お店がオープンするのを待ってたのかい? どうぞ、どうぞ」と私を誘うのです。どきどきしながら入ったとたん、目の前に別世界が開きました。
あまり興味がない人から見たらただのガラクタの集まりなのかもしれませんが、アンティークが好きな人には天国のよう。入り口には昔カフェに使われていた看板やテーブル、別の部屋にはたくさんの繊細な食器、さらに中庭に行くと木馬や鳥が入っているケージもあります。外からはとても想像できない広さで、奥が見えないほどたくさんの年代物の品々が大事にディスプレーされています。アンティークゾーンのショーウインドーには高級なアンティーク商品が飾られ、ブロカントゾーンにはヴィンテージや古い雑貨が置かれています。
昔から毎週末のように蚤の市やフリーマーケットを巡っているブロカント好きな母に、このお店を紹介しなきゃと思って、後日、両親を連れていくと大喜び。お店のオーナー夫婦と親しくなって、いろいろと話を聞くようになりました。
このお店のオーナーであるミッシェルさんとパトリックさんは、昔から古いものが大好き。気に入った品々をずっと集めてきて、20年前にこのお店をオープンしたそうです。長年フランス全国で集めてきた貴重なレトロ家具やメリーゴーランドのパーツ、カフェのデコレーションなどを中心に販売していましたが、商売とはいえそれらを手放してしまうのがもったいなくなり、やがてレンタルすることに。パーティーや大きい誕生日会などのほか、映画の撮影にもよく使われるそうです。
中でも2014年に公開されたにグレース・ケリーの人生をたどる伝記映画『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』はマントンで撮影され、パトリックさんの家具のほか、かごもたくさん利用されたそうです。二人にとっては自慢できるうれしい経験で、一生忘れない思い出。
マントンでいちばん人気があるお土産はレモン形の石鹸やプロヴァンスの陶器などです。サン・ミッシェル通りににたくさんあるお土産屋さんで買い物をする人がほとんどですが、パトリックさんのところでなら歴史のあるすてきなお土産がたくさん見つけられるかも。
マントンの古いスノーボール、「souvenir de Menton(マントンのおみやげ」」と書いてある100年前のジュエリーボックス、60年前の地図など……ほかで見つけることができない、世界にひとつしかない旅の思い出を探してみてはいかが?(つづく)
★マントンへのアクセス方法ニースから電車で30分、路線バスで1時間ぐらい。【マイ コートダジュール ツアーズ】
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