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美しいくらし
ニースっ子の南仏観光案内 マイ コートダジュール ツアーズ社長
ルモアンヌ・ステファニー
第1回 鷲の巣村のマルセルさん【エズ】
 ニース生まれのニース育ちで、日本大好き! 地元ニースを拠点に日本語ツアーガイドとして活躍中のステファニーさんの新連載が始まりました。日本人にも人気の高いコート・ダ・ジュールやプロヴァンスの定番観光スポットや通好みの穴場を、地元の人々の素顔やライフスタイルが垣間見えるエピソードとともに紹介してもらいます。現地を知り尽くしたステファニーさんならではの視点がキラリと光る観光案内。南フランスの魅力を再発見できるはずです。


 「コートダジュールの中でどこが一番おすすめですか?」と、旅行者の方からよく質問されますが、私のトップ3はニース・モナコ公国・エズ村です。
 特にエズ村はほとんどのガイドブックに載っているだけでなく、最近はたくさんの写真がSNSにアップされているため、「どんな所かわからないけれど、とにかく行ってみたい」という方や、美しい風景に憧れた女性の方が多く訪れています。その人気の理由はなんでしょう? ほかの村と何が違うのでしょうか?

 ニースとモナコの間に位置するエズ村は、海から垂直に立つ崖の上の標高420メートルの場所にあり、「鷲の巣村」という名前でよく呼ばれています。これは、鷲が卵を守るために険しい場所に巣を作るのと同じように、敵から侵略されないためにわざわざ山間部の切り立った崖や岩山の上を選んで造られたためで、現在でもアクセスが難しい村です。この場所自体は紀元前からあり、人が集まって村の形になったのは10世紀ごろからなので、1000年以上の歴史を持っています。
 南仏には同じような「鷲の巣村」がいくつもありますが、海に囲まれているのはエズ村だけ。頂上から海がきれいに一望できる唯一の村です。

 1920年ごろからコートダジュールが冬の間の避寒地として知られ始め、それに伴ってエズ村も観光地として人気を集めるようになりましたが、地元の人は用事がなければ行きません。実は、南仏出身の私の夫も一度も行ったことがないのです !  年間なんと1000万人の観光客が訪れるのに、住民はたった17人。その人数も年々減っています。

 私は2008年から日本人観光客を案内してエズ村を訪れていますが、その回数は千回を超えているでしょう。話好きな私は、お土産屋さんやレストラン、ホテルなどで働いている人、村の入り口のカフェで毎朝のように井戸端会議をするおじさんたちなどとたくさんの会話を交わしてきましたが、7年間は村の中に住む人と出会ったことはありませんでした。
 どうしてだと思いますか? ブティックやカフェもたくさんありますが、村で働いている人たちは、ほとんどがこの村の住民ではないからです。

 エズ村に行ったことがある人はわかると思いますが、石畳と階段ばかりの坂道で、車が入れず、非常に住みにくい場所です。住んでいる人がリタイヤしたお金持ちの外国人なのか、子どものいる家族なのか、お年寄りなのか……私には全く想像ができませんでした。

 ところが、ある日の朝早く、村の中心にある高級ホテルに泊まっているお客さんを迎えに行くため、おしゃれをしてヒールを履いた私が、転ばないように気を付けつつ、ハーハーと息を切らせて坂を上っていたときのことです。早い時間で光が柔らかくて美しくて、とっても静かで、村は貸し切り状態でした。
 そこに突然、前方を歩いている人の姿が見えてきました。昔ながらの帽子を被って、バゲットのはしっこが出ているリュックを背負って、ゆっくりと進むおじいさんの姿が現れたのです。これは絶対に観光客じゃない ! チャンスだ ! と思い、近づいて「 Bonjour Monsieur (おはようございます)!」と明るく声をかけました。

 すると、おじいさんは 「Oh, bonjour mademoiselle(おはよう!)」と優しい笑顔で返してくれたのです。
 「すみませんが、本物のエザスク(エズ村の住民)ですか?」
 「そうだよ。まあ、エズ村生まれじゃないけど戦後に引っ越してきて、もう離れられなくてずっとこっちなんだよ。今年で85歳だ」
 私はとっても喜んで、どんどん質問したくなって……。
 「パンを買ってきたのですね。毎日この坂をのぼるのは大変じゃないですか?」
 「大変だよ。膝が悪くて3日に1回しかおりないよ。あとは一緒に住んでいる妻か子どもたちが必要なものを買って来てくれるんだ。こういうところだからね」

 そのとき、後ろから重たそうな箱を肩に乗せて、ゼーゼー言いながら坂道をのぼってくる配達のお兄さんとすれ違いました。おじいさんは続けます。
 「おれも昔、村のてっぺんでお店をやっていたんだ。荷物は雌ロバのファニーがずっと頑張って運んでくれていた。ロバが日常生活から消えたので今の人は大変だね。あ、妻が心配するから、ごめんね」と帰っていきました。

 あとで調べたら、おじいさんの名前はマルセルさんといって、村の頂上にある「鷲巣(Le Nid d’aigle)」というお店を営んでいたようです。マルセルさんのお店があった頂上には、エズ村を訪れる観光客の目的地の一つでもある熱帯植物園があります。17世紀までお城が立っていた場所に1950年ごろオープンしました。晴れている日は360度の眺望が素晴らしいので、ぜひ行ってみてください。真っ青な地中海とオレンジ色の屋根のコントラストが楽しめて、年賀状に使えるような素敵な写真が撮れます。


 熱帯植物園を散策したり、村の中に点在するアトリエやかわいいブティックの多い通りをブラブラしたりするのもいいのですが、ぜひ村の中で迷ってみてください。どうぞご心配なく !  坂だらけなので、のぼると頂上に向かい、くだるとふもとの駐車場に戻るので、迷路のようですが迷子にはなりません。
 裏道を歩いたり、午後は高級レストランである「シェーブルドール」か「シャトーエザ」でお茶をしたりすると、ちょっと違う雰囲気が楽しめます。一年を通してジャスミンやブーゲンビリアが咲いていて、石畳や石造りの家からは歴史を肌で感じることができます。


 とはいえ、エズ村の真の魅力を知るには、できればホテルに一泊することをおすすめします。私の大好きな広島県の宮島のように、日帰りの観光客が帰った夕方から早朝にかけての村は、とても静かで時間が止まったかのよう。美しい夕暮れや日の出も見られますし、マルセルさんのような住民に出会えるチャンスもあるので、特別な思い出を作ることができます。
 村人に出会った際は、フランス語ができなくても、目を合わせて「Bonjour!」とあいさつをしてみください。(つづく)

★エズへのアクセス方法
 ニースからのアクセスはバスかタクシーとなります。ニース以外の場所からはタクシーのみ。ニースからバスの場合は、「Nice Vauban」バスターミナルから82番Plateau de la Justice行きか112番Beausoleil行きのバスに乗り、Eze Villageで下車。所要時間30分程度。

【マイ コートダジュール ツアーズ】http://www.mycotedazurtours.com/
【mycotedazurtours Instagram】https://www.instagram.com/mycotedazurtours
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【Stephanie Lemoine】
1979年フランス・ニース生まれのニース育ち。高校で第3外国語として日本語を選択、大学はパリにある国立東洋言語文化学院(Institut national des langues et civilisations orientales)で日本語と日本文学を専攻。大学時代の1年半、東京学芸大学に留学。ニースを拠点にした日本語ツアーや通訳、各種コーディネートなどを提供する「マイ コートダジュール ツアーズ」に、日本語ドライバーとして2008年から勤務し、10年に社長に就任。フランス政府公認ガイド。日本でのお気に入りの場所は宮島(広島県)と湘南(神奈川県)。大好きな鎌倉で老後を過ごすのが夢で、2人の息子たちには毎日欠かさず日本の話をしている。
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