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子どものこれから
アンズのワンダーランド! 画家
蟹江 杏
第1回 “アートの持つ力”を信じて~福島・相馬編~
 やわらかい雰囲気と印象的な色使いの作品で注目を集める版画家・蟹江杏さん。キラキラした黒目がちな眼差しは少女がそのまま大人になったようで、「蟹江さん」と呼ぶより、つい「杏さん」と呼びかけたくなります。アーティストのみならず、東日本大震災で被災した子どもたちを支援するNPOの理事長や、東京・新宿でのアートイベントのプロデューサーなど、多彩な表情を見せる杏さん。彼女が信じ、探し続ける“アートの持つ力”とは? これから4回にわたってご紹介します。

――東日本大震災が起きた翌日、杏さんは友人・知人に10通のメールを送った。「傷ついた子どもたちに絵本と画材を送ろう!」。それがきっかけとなり、国内外から集まった絵本は約1万5000冊、画材は約8000点。絵本と画材は福島県相馬市に送られた。

 相馬は、私が幼いころからたびたび訪れていた場所です。父の親友がいて、家族ぐるみのお付き合い。だから、あの震災が起きたときも真っ先に頭に浮かんだのは、相馬のことでした。幸いなことに電話がつながり、話を聞くうちにこれは想像もできないくらい大変なことだと……。

 父の親友である佐藤史生さんは相馬で長く小学校の校長先生をしていました。「子どもたちにはいずれ心のケアが必要になる」と聞き、いつか相馬の子どもたちと一緒に絵を描こうと思いました。そのために、今からすぐできることをやりたい。それで呼びかけたのが、絵本と画材を子どもたちに送ることでした。

――杏さんのメールに応えて絵本や画材の提供を申し出てくれた人たちから、支援の輪が広がり始めた。震災から1週間ほどでブログを開設し、さらに広く支援を呼びかけ、3月下旬にはスイス、アメリカ、フランス、イギリスなど海外からのものも含め、早くも2400冊あまりの絵本と画材が集まった。杏さんは佐藤さんたちに相談し、車にそれらの絵本を積んで「こばこ文庫」として避難所や小学校に巡回を始めた。4月には相馬市の避難所で「お絵描き教室」や「版画体験教室」を開催した。

杏さんが福島・相馬の子どもたちを描いた版画。「You are loved from all over the world!!!」と書き添えている
 私は震災が起きる前から版画家としての創作活動のかたわら、子どもたちと一緒に即興で絵を描く「お絵かきお姉さん」として、お芝居や歌を交えながら絵を描くことの楽しさを伝える活動をしてきました。子どもたちの想像力は無限大で、どんな画材でもかなわない。そういうアート・パフォーマンスに参加してくれるのは、“絵を描きたい”と思っている子どもや親御さんたちです。ところが、被災地の子どもたちの中には絵を描くのが好きな子もいれば、嫌いな子もいる。避難所にはさまざまな人がボランティアに来ていたし、子どもたちも本当はお絵描きよりも外でサッカーをしたいとか思っていたんじゃないかな。

 子どもに限らず、人は初対面の人とすぐに打ち解けるものではありません。それでも月に1度、相馬に通ってお絵描きを一緒にしているうちに、子どもたちの中から「また来てほしい」と、ものすごく強く私との時間を求めてくれる子が出てきました。そのとき初めて、私、そして絵を描くことを欲してくれる人がここにはいるんだと思いました。

 届けられた画材を使って子どもたちが描いた絵が300点をこえたころ、ひとりの女の子が「皆でいっぱい描いたよ。杏さんは展覧会をやっていていいな」と言い出して……。「そうだ! この子たちの絵で展覧会をしよう」と思いました。

――杏さんの活動と思いを知った東京の放送局が、2011年8月に有楽町の本社で絵の展覧会を開催。それがきっかけとなり、全国各地で展覧会が開かれるようになった。その2カ月後の10月には、子どもたちの絵を1冊にまとめた絵本が出版された。杏さんは佐藤さんと一緒に編集者として名を連ね、自ら文章も書いた。その本の売り上げや、展覧会の巡回先で寄せられた多くの励ましや善意をもとに、震災から1年半後の12年9月、相馬市に「3.11こども文庫“にじ”」が完成。杏さんは、子どもたちと一緒に文庫の扉に大きな虹の絵を描いた。 

相馬の子どもが描いた絵。津波の上でサーフィンをしている人が描かれている。子どもはつらい体験も絵にすると、絵を描くことそれ自体が楽しくなり、このような笑顔でカラフルなものになる場合があるという
 震災後の子どもたちの絵の中では、津波に人が流され雷が鳴っていても、虹のようにきれいな色がありました。“こんなときだからこそ、きれいな色を使いたくなるのかもしれない”。そう思って文庫の名前を「にじ」にしたんです。

 絵を描いていると元気で楽しそうな子どもも、家族や友達を失ったことを実感してしまったかのように、ときおり、悲しい表情を見せることもありました。でも、子どもたちの描く絵は少しずつ明るいテーマになっていった。そういう彼らを見ていたら、絵本の主人公がどんな困難も想像力で乗り越えるように、現実の世界で窮地に立たされたときも想像する力が人々の心を助けてくれることを実感しました。それが、“アートの持つ力”なのかもしれません。

――子どもたちの絵画展の巡回は現在も続いており、これまでの3年間で北海道から沖縄の石垣島まで66カ所で開催している。杏さんは先々で、必ずその地域の子どもたちと一緒に絵を描く。プロジェクトはやがて「NPO法人3.11こども文庫」となり、杏さんは理事長に。新宿・歌舞伎町の大ガード下には相馬の子どもたちの絵が大きな壁画として飾られているが、これも「こども文庫」の発案で実現したものだ。そこに一緒に飾られているのは、昨夏、新宿・歌舞伎町で多くの親子連れと一緒に描いた作品。杏さんは、そこである感情にとらわれたという。次回は、その話から。

(過去の展覧会から)
※蟹江杏さんをはじめ東京のクリエーターが福島県相馬市の子どもたちと「東日本大震災」をテーマに描いた作品を発表する展覧会「3月11日の、あのね。#4」〜ポストアート展+こども映画館+3.11ふくしまそうまの子どもの描くたいせつな絵展(仮)〜が3月に東京・新宿で開催されます。
ぜひご来場ください。

◎「3月11日の、あのね。#4」〜ポストアート展+こども映画館+3.11ふくしまそうまの子どもの描くたいせつな絵展(仮)〜
日時:2015年3月10日(火)〜3月22日(日)11〜19時(最終日のみ17時まで)
会場:全労済ホール/スペース・ゼロ http://www.spacezero.co.jp
主催:NPO法人3.11こども文庫 http://www.311bunko.com/


(写真・高尾 斉、構成・白田敦子)
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【かにえ・あんず】
画家。東京都生まれ。「NPO法人3.11こども文庫」理事長。「自由の森学園高等学校」卒業。ロンドンにて版画を学ぶ。2021年11月「Penクリエイターアワード2021審査員特別賞」受賞。美術館や画廊、全国の有名百貨店、その他国内外の展覧会への出展や絵本・壁画制作・講演など活動は多岐にわたる、文部科学省復興教育支援事業ではコーディネーターとして参画。東京の新宿区・練馬区・日野市などの都市型アートイベントにおいて、こどもアートプログラムのプロデュースも手がける。そのほか、絵本専門の文庫(福島・相馬、千葉・東金)の運営やアートワークショップなど世界の子どもたちをアートでつなげる活動をしている。
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