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かもめアカデミー
伝統の継承者 文楽太夫
豊竹咲寿大夫
第2回 「三位一体」の芸術
 小学校の総合学習で「文楽」を学んだことをきっかけに、中学生で豊竹咲大夫師匠の弟子となり高校生で文楽の太夫として初舞台を踏んだ豊竹咲寿大夫さん。高校卒業後、文楽の担い手である技芸員たちのマネージメントをする文楽協会との間で、文楽の公演すべて出演できる“本契約”を結びました。こうして、大阪だけでなく国立劇場・小劇場で行われる東京公演などにも参加できるようになったのです。

背中を押してくれた恩師
 ここで迷いが生じました。文楽の興行の全部を体験したことで、未知のものがなくなったような感覚を抱きましたし、1カ月近く東京に滞在して大阪とはまた違う土地を知ることで、例えば俳優になるとか、そういうほかの可能性も考えるようになって……。この先、自分は文楽の太夫としてやっていけるのだろうかと思い、将来をみつめ直すために19歳の後半で一度お休みをいただきました。お休みの期間は、あれこれ悩んだり、好きなことをしてみたり、といった日々でしたね。そうこうするうち20歳になり、小さいころに習っていた体操の先生がお祝いをしてくれることになりました。

(c)藤本礼奈
 私は子どものころ、かなりの期間を入院して過ごすほど体が弱かったのですが、親に「自分の体は自分で治したいから体操をやる」と言って、幼稚園の体操教室に通い始めたらしいんです。恐らく、薬を飲んだり病院で生活したりするのが嫌だったんでしょうね。この体操教室で教えてくれたのが、その先生。以来、体が丈夫になって今に至るので、自分の人生を変えてくれた恩師です。私が文楽を休んでいることをご存じなかった先生は、酒を酌み交わしながら「お前の10年後が楽しみやな」とおっしゃった。この恩師に文楽をやっている自分の10年後の姿を見てほしいと思いました。それで、私は文楽を自分の仕事にすると決めて戻りました。ですから今は30歳に向けて、一人前の太夫へと修業していくことが目標です。

文楽は、全身全霊の芸能
 文楽の世界に戻ってからは、師匠のご指導でもほかの方とのお稽古でも、以前より厳しさが身にしみるようになりました。前回、中学生で入門したときから、自分には文楽が仕事という意識があったと話しましたが、後から思うと、当時は甘えていたというか、どこか習い事に近い感覚があったのかもしれません。しかし文楽は、全身全霊で向かわないとできない芸能なのです。

 文楽が全身全霊でやる芸能であることは、「三位一体」である、太夫と三味線と人形の連携にも表れています。太夫と三味線で「浄瑠璃」というものを語るのですが、太夫と三味線はオーケストラのソロと伴奏のような関係ではなく、それぞれがそれぞれの演奏をするのです。お互いに「合わせよう」とせず、独立していて、しかし結果的に「合っている」のでなければならない。太夫も三味線も、人形遣いを見ることはしません。人形遣いは太夫の語りと三味線を聴き、それを目安に動きます。すべての呼吸が合うためには、実際の舞台で場数を踏むしかありません。文楽は、完全に舞台経験がすべて。そこで何を自分が得るか、何を吸収できるかです。
 その私にとっての大きな経験の機会が、この6月に巡ってきます。国立文楽劇場(大阪・6月21日、22日)と国立劇場・小劇場(東京・6月28日、29日)で開催される「文楽若手会」です。

念願の“床”デビュー
 まだ若手である私がこれまで、大勢で出演する“並び物”に出演してきたことはお話ししたとおりです。基本的に太夫一人、三味線一人だけで座る“床”というスペースで語ることは、私にとっては夢。その床に、この「文楽若手会」で初めて座ることになりました。私が語るのは、歌舞伎にもなっている大作『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』のうちの「寺入りの段」。

(c)藤本礼奈
 私が入門してすぐ師匠から教わった物語であり、技芸員となる際の試験で語らせていただいたものです。それを今回、初めての床で語らせてもらえることになりました。こうして大切な節目には、いつもこの演目をやらせていただくことに大きな喜びを感じています。と同時に、自分が成長しているかどうかがはっきりとわかってしまうわけですから、プレッシャーも感じています。

 5月の東京公演を終え、6月の大阪で「文楽鑑賞教室/社会人のための文楽入門」の公演のかたわらで、若手会のお稽古が始まっています。『菅原伝授手習鑑』の中でも大きな見せ場の一つである「寺子屋の段」では、主君・菅丞相を陥れた政敵・藤原時平が狙う主君の子・菅秀才を守る源蔵・戸浪夫婦の葛藤や、菅秀才を守るために自分の子・小太郎を身代わりに差し出す松王丸・千代の嘆きが描かれます。私が語る「寺入りの段」は、その「寺子屋の段」への伏線を張る大事な場面。菅秀才をかくまいながら寺子屋を開いている源蔵夫婦のもとに千代が小太郎を預けに来ます。

 太夫は登場人物の台詞から地の文までのすべてを一人で語ります。戸浪と千代という二人の女性の語り分けや、子どもたちが寺子屋でにぎやかに手習いをする様子、去ろうとする母に追いすがる小太郎とそれをたしなめる母。そして、たしなめる中に「息子がこれから死ぬ」ということへの感情を見せ過ぎないよう語らなければいけなりません。自分がクリアしなければいけない課題はたくさんあります。それ以前の基礎的なこともいまだ追い続けている状態なので、本番までにどれだけのことを習得できるのかを常に考えています。
 若手会では、若い太夫・三味線弾き・人形遣いの活動を見ていただくことができます。特に今年はこれまでよりもぐっと年齢が下がり、20代、30代が表に出ますので、ぜひ、多くの方に観ていただけたらと思っています。

※次回は、文楽とはどういうもので、どんな魅力があるのか、より具体的にご説明していきます。

(構成・高橋彩子)


【文楽豆知識】
文楽廻し

床には回転する「盆(ぼん)」が仕組んであり、太夫と三味線弾きは金と銀が裏表になった衝立を背にして盆に乗ってスタンバイする。出番が来ると床世話人が人力で盆を回し、太夫と三味線弾きが表に登場する。
太夫の衣装
夏場は白、冬場は黒の着物。竹の入った肩衣で美しくハリを出す。汗対策のために、裏地に柿渋紙が張ってあり、襦袢には汗取りの工夫が凝らされている。

袴(はかま)
袴は下まで割れていて座りやすくなっている。
尻ひき

腹から力いっぱい声を出すために、下腹に一番力の入る姿勢で舞台の間中ふんばっている。両膝に力が入り、足の指先にも力を入れる。尻ひきはこしかけずにあてて使う。

◆豊竹咲寿大夫さんブログ
http://ameblo.jp/sakiju/entry-11140540937.html

※参考文献:『豊竹咲甫大夫と文楽へ行こう』(豊竹咲甫大夫著 旬報社)
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【とよたけ・さきじゅだゆう】
1989年大阪府生まれ。2002年豊竹咲大夫に入門、文楽協会研究生となる。2003年豊竹咲寿大夫と名のる。2005年7月国立文楽劇場で初舞台。
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