「地方に住むフランス人にとって、パリは憧れの街ではない」という吉村さん。それほど多くのフランス人は郷土愛が強いとは初回にも教えてもらったことですが、一方の私たち日本人は、自分たちが住む地域にどれだけ愛着と誇りを持っているのでしょうか。いまだに東京コンプレックスを抱いているのか、それとも時代の流れとともに東京に対する考えに変化が生まれているのか……。さて、吉村さんの考察は?便利でも特色のない東京駅、地方色豊かなパリの駅 昔ほどではないにしろ、地方の若者の「東京へ行きたい」という願望は今なお続いているように感じます。地方にいるから満たされない、というより、国土の狭い日本では“東京”といってもすぐ手の届く距離ありますからね。仕事にしろ、最先端の情報にしろ、エンタメにしろ、おしゃれなカフェにしろ、その気になれば北海道や九州からでも飛行機であっという間。その近さゆえ、むしろ「東京っていいな」という感受性が強くなっているのだと思います。

パリ・北駅
一つ残念なのは、鉄道の中心が東京駅に集中してしまったこと。かつては、地方の行先ごとに発着駅が決まっていました。たとえば東北へ行くなら上野駅、信州の松本は新宿駅で、山陽・山陰本線と東海道本線は東京駅。それが、新幹線が充実して便利にはなりましたが、それぞれの駅に漂っていた地方情緒はどこかへ行ってしまったようです。「上野発の夜行列車おりた時から~」は、もはや消失してしまった世界なのです。
一方、パリの鉄道事情はと申しますと、今も地方色は健在。パリと地方を結ぶ国鉄の主要な駅は6つあり、フランス第2の都市・マルセイユやニースなど、プロヴァンスに南下する列車が発着するのはリヨン駅、セーヌ河口の一帯に広がるノルマンディー地方へは、動き出す列車に印象派の画家たちがほろ酔い気分で飛び乗ったというサン・ラザール駅から行きます。

北部への玄関口、北駅。ロンドンへ向かうユーロスターなど国際列車も発着する
ほかにも東駅、北駅、オーステルリッツ駅、モンパルナス駅があり、駅自体が名所になっていることも。ブルターニュ地方やアキテーヌ地方など、パリより南西方面に発着するモンパルナス駅周辺には、ブルターニュ地方出身者たちが開いたクレープ屋が多いことで有名ですし、リヨン駅には他駅にはないほど豪華な「トラン・ブルー」というレストランがあります。逆に、アルザスやメッツなど質実剛健な地方とつながる東駅には、リヨン駅の華やいだ雰囲気はありません。
「地方色なんていらない。格差はないほうがいい」という日本人もいますが、地方らしさを消すことが、より“東京の一極集中”を招いているとはいえないでしょうか。
何でもそろう東京に足りないもの 東京にいれば地方のものでも何でもそろうといわれます。たしかにそのとおりで、デパートで地方の物産展を開けば、大勢の人が押し寄せます。
実はパリでも、「ボンマルシェ」というデパートが日本のような地方の物産展を開催しました。ところが、立ち寄るのは海外からの観光客ばかりで、パリに住んでいるほとんどのフランス人は知らん顔。たとえばプロヴァンス展が開かれたとしても、アルザス地方出身者はアルザス地方のお菓子を食べたいのであって、プロヴァンス地方伝統の王室銘菓「カリソン・デスク」を買おうとは思わないのです。「故郷のお菓子が一番」とはっきりしているのは、さすがフランス人といえるでしょう。
では、プロヴァンス地方の出身者が買うかというと、それも違う。物産展で販売されるように、パリまでの輸送に耐える壊れにくいものや賞味期限の長いもの、大量生産できるものを、ここで買っても意味がないと考えるのです。徹底して無駄なお金を使わないのもまた、フランス人共通の気質。彼らはお目当てのものがどこに売っているか知っているので、わざわざデパートの催事場でお財布を開きません。
日本でも今はネット通販も盛んですから、デパートに行くことすら必要ないのかもしれませんね。でも、「通販で売れている“地方のお取り寄せ品”は、それほど地元の評判が高くないと思う」とは、とある地方に住む友人の意見。こんなふうに「地元の食べ物は地元で食べるのが一番おいしい」という考え方は、日本の地方にもあるのだと思います。
フランス人ほど強烈な“地元愛”が日本で育つにはもう少し時間がかかるかもしれませんが、東京に暮らす地方出身の人たちだって、皆、自分の故郷の話が好き。その思いを“東京”がもっと謙虚に受け止める必要があるのかもしれません。
―― 住む場所が変わっても、故郷を忘れないのは日本人も同じなのでは? 次回は、地方に暮らすフランス人たちの生活スタイル、人生の楽しみ方についてうかがいます。(つづく)【吉村葉子さんの公式サイト】
http://www.yokoyoshimura.com/(構成:宮嶋尚美)