月見寺と俳人たち
〈雪見寺〉は、諏方神社の隣にあります。正式には浄光寺と言います。高台にあるこのお寺からは、境内はもちろん、眼下に広がる田畠の雪景色も楽しめたのではないかと思います。
〈月見寺〉は本行寺といい、日暮里駅の近くにあります。境内の碑によると、月見以外にもちょっと知られたお寺だったようです。
それは〈俳句〉です。江戸後期に住職をしていた日桓(にちかん)上人は、〈一瓢〉という俳号を持つ俳人でもあり、有名な俳人〈小林一茶〉とも親交があったそうです。境内にある一茶の句碑にも、
陽炎や道灌どのの物見塚
と刻まれています。
月見寺の名で知られる本行寺
また、〈種田山頭火〉とも縁があったそうです。山頭火は、出家して全国を放浪して回った近代の俳人で、自由律の俳句を詠んだことで有名です。その山頭火の句碑もあり、そこには、
ほっと月がある 東京に来てゐる
と刻まれています。
もう1つ、このお寺には名物があります。それは、先ほどの一茶の句に「道灌どのの物見塚」とあった、その〈物見塚〉です。
本行寺は、徳川家康より前の江戸城主〈太田道灌〉ゆかりのお寺で、道灌が築いた〈物見塚〉、つまり斥候台(見張台)があったと伝わります。ただし今では、寛延3年(1750)に塚の横に建てられた、〈道灌丘碑〉と呼ばれる石碑だけが残っています。
お月見スポットめぐり
文政2年創業の羽二重団子(2019年まで改装中)
ここで少し、〈月〉にまつわる周辺スポットに足をのばしてみましょう。
まず、お月見に欠かせないお団子屋さんに行きましょう。後ほど老舗の〈羽二重団子〉を紹介しますが、本店は改装中で今は入れません。でもその場所こそ、月にもゆかりのある歴史ある散歩コースなので、たずねてみましょう。
本行寺の道を隔てた反対側には、〈谷中の墓地〉が広がっています。その墓地に入って、墓地の中にある〈天王寺〉に向かいましょう。そして、そのお寺の門に向かって右手の、墓地に沿った道を進んでください。
すぐに突き当たりますので、今度はそこを左折しましょう。すると〈芋坂〉という坂に着きます。今は鉄道橋になっているので、そこを渡ってください。渡りきったら、道なりに進めば、羽二重団子本店にたどりつきます。
今は跨線橋になっている芋坂
〈芋坂〉と〈団子〉の取り合わせは、昔から有名だったようで、夏目漱石の小説『吾輩は猫である』には、「芋坂に行って団子を食いましょうか」と書かれていますし、子規は「芋坂も団子も月のゆかりかな」という句を詠んでいます。
次に、羽二重団子の前の道を〈鴬谷〉方面に進み、正岡子規の旧居〈子規庵〉に行きましょう。この道はかつて石神井川の支流の〈音無川〉という川でしたが、明治16年(1883)に鉄道工事にともなって埋め立てられました。
子規はこの家で、明治27年(1895)から母と妹といっしょに暮らし始め、明治35年(1902)年に、結核に端を発する脊椎カリエスによって、34歳という若さで亡くなりました。
その絶筆3句には、すべて〈へちま〉が詠まれています。なぜならその水は、痰切薬だったからです。参考までに一句あげておきましょう。
おとといのへちまの水も取らざりき
実は、この痰切に欠かせなかった〈へちま〉も、〈月〉と関係があります。根岸の里にある子規庵からほど近い場所に〈浄名院〉というお寺があり、ここでは毎年、旧暦の8月15日に、痰切りを封じ込めるための〈へちま加持〉が行われているのです。今でもぜんそくや気管支炎でお悩みの方が大勢訪れ、たいへん賑わっています。
江戸の町で評判となったお団子
モダンな和風カフェ〈HABUTAE1819〉
そもそもお月見とは何なのでしょうか。それは、1年で最も美しいとされる旧暦の八月十五夜の満月を祀り愛でる風習です。中国を起源とし、日本には平安時代頃に渡ってきたそうです。
この日の月を〈中秋の名月〉とも言います。〈中秋〉とは、秋の真ん中に当たる8月の異称です。本場の中国や台湾などでは、この日を〈中秋節〉と言って、三大節(三大年中行事)の一つとし、今なお盛大に祝われています。
さて、中国のお供えものの定番は、月をかたどった〈月餅〉ですが、日本では〈お団子〉ですね。では、いよいよお団子を食べに行きたいと思います。
お団子は焼団子と飴団子の2種類
〈羽二重団子〉は、創業文政2年(1819)の老舗のお団子屋さんです。先ほど少しお話した本店で開店しました。創業者の初代・庄五郎が、「藤の木茶屋」を営んだのに始まり、そこで提供したお団子が、羽二重のようにきめが細かくおいしいと評判になり、いつしかそれが屋号になったそうです。
本店は改装中で、2019年に完成予定ですが、名物のお団子は、本店の近くに平成15年(2003)年に開店した、モダンな和風カフェ〈HABUTAE1819〉で食べられます。
お団子には、生醤油を付けて焼いた〈焼団子〉と、こしあんを付けた〈餡団子〉の2種類があります。独特の舌触りのお団子に、甘すぎず、辛すぎない味付けがほどこされていて、素朴なのに洗練された上品な味わいです。
また、この店舗では新メニューも食べられます。たとえば、伝統のお団子を、フルーツや野菜とともに、デザート感覚でいただける上に、お茶だけではなくコーヒーも飲めます。
今月は、〈下町情緒あふれる町〉としてメディアで紹介されることの多い、谷中・日暮里周辺を、〈お月見〉という視点で散歩しました。近年お月見は、西洋由来の年中行事に押され気味ですが、たまにはゆったりと月をながめてみてはいかがでしょうか。
【HABUTAE1819 羽二重団子日暮里駅前店】
東京都荒川区東日暮里6-60-6
電話03-5850-3451
[営業時間]
10:00~18:00(L.O.17:45)
[定休日]
年中無休 ※年末年始(12/30~1/1)は休み
【makoto office 安原眞琴公式サイト】
http://www.makotooffice.net/【イラストと地図:鈴木 透(すずき・とおる)】
1965年福島県生まれ。「釣りキチ三平」などを制作する矢口プロダクションを経てフリー。
※WEB連載原稿に加筆してまとめた単行本『東京おいしい老舗散歩』が絶賛発売中です(発行:東海教育研究所、発売:東海大学出版部)。
【やすはら・まこと】
1967年東京都生まれ。文学博士。専門は日本の中世・近世の文学、美術、文化、女性史。吉原文化の最後の継承者を5年間取材したドキュメンタリー映画「最後の吉原芸者 四代目みな子姐さん―吉原最後の証言記録―」を2013年に発表。立教大学・法政大学・大正大学・東武カルチュアスクールなどで講師を務め、天台宗総合研究センター、日本時代劇研究所などの研究員でもある。NHKカルチャーラジオ「歴史再発見 芸者が支えた江戸の芸」を2016年に担当。著書に『「扇の草子」の研究――遊びの芸文』(ぺりかん社)、『超初心者のための落語入門』(主婦と生活社)、『東京の老舗を食べる』(亜紀書房)などがある。