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美しいくらし
キューバ人は生き方上手 ウェブマガジン「キューバ倶楽部」編集長
斉藤真紀子
最終回 キューバの週末

海沿いのマレコン通り(ハバナ)


 50年代以前のクラシックカーが街を走り、コロニアル調の建築物は暮れなずむたたずまい。そこに弾むようなリズムの音楽と、陽気な人びとの話し声がこだまする。街全体がテーマパークみたいなハバナは、気合いを入れて観光するより、そぞろ歩きが一番楽しい。

 このテーマパークに、とっておきの「アトラクション」がある。海岸沿いのマレコン通りだ。ゆるくカーブした大通りは海側に広い遊歩道があり、コンクリートの塀に縁どられている。海がしけると、この塀を乗り越えて波しぶきが散ることもあるが、たいがいはたくさんの人が塀の上に腰かけて思い思いに過ごしている。語らう恋人たち、楽器の練習をする少年少女、海を見つめている釣り人、というふうに。

 薄ぼんやり街灯に明かりがともるころ、週末のマレコン通りは大にぎわい。スポーツ観戦かコンサート会場かというほどの人いきれだ。その熱気につられて繰り出すと、おなかの皮がよじれるほど、笑い転げることがある。

 昨年のある春の週末、私は現地で合流した日本やキューバの友人たちとマレコンの塀に腰かけ、やわらかい海の風を浴びていた。隣には熱くキスを交わしている年配のカップル。反対側には10代の若者グループがドリンクを持ち寄ってパーティーしている。ひっきりなしに前を通る、バラの花やらおつまみのピーナッツやらを売りに来る人たち。若者グループが、その人たちと何やら話し込んでは、ときどき時々笑っている。交渉しているふうでもない。「ピーナッツがいる?」「いらない」という以上に、どんな会話をしているのだろう。

 混雑にまぎれて10代~20代ぐらいの仮装した若者グループが通り過ぎていった。一緒にいたキューバの人たちが、「アニメのコスプレだよ」と教えてくれた。赤と黒の、忍者ふうの装束のようにも見えた。

クラシックカーが走り抜けるマレコン通り
 知らない人たちに「巻き込まれていく」のが、マレコンならではのオモシロ現象だ。現地の人たちは、「あそこの誰を知っている」「どこで何をした」と話しながらつながっていく。
 ふと「ケビン・ベーコン、6次の隔たり(Six Degrees of Kevin Bacon)」というゲームを思い出した。ケビン・ベーコンは出演する作品が多いので、どの俳優も共演者の共演者をあたると、6人以内にケビン・ベーコンがいる、つまり6人介せば誰もが知り合い、ということらしい。それがキューバなら、「知り合いの知り合い」と3次でつながってしまいそうだ。

 マレコン通りの喧騒をニンマリ観察していた私も、日本人だと言ったら「空手マスター」と名乗る初老のキューバ人に挑まれた。「私はカポエイラ(ブラジルの格闘技)マスターだ」と返して試しに回し蹴りをしてみせたら、一目散に逃げていった。
 その様子を見て笑っていたら、新たに松葉づえで戦いを挑んでくる酔っ払いも現れた。周りのキューバ人が酔っ払いの口調をまねしてからかい、大げさに私をはやし立てるものだからこちらもすっかり調子に乗って、挑戦を受けてしまった。日本で酔っ払いに話しかけられたら、見て見ぬふりをしてしまいそうなのに。

 それからも音楽をかけたり踊ったり、なかなかマレコンの夜は明けなかったのだが、笑いすぎて涙を流しながら、いささかしんみりしてしまった。
 一緒にいたキューバの若者たちは、物売りの人にも、片足を失った松葉づえの年配者にも、自称空手マスターの怪しい酔っ払いにも、同じように接して、話をして、冗談を交わしていた。相手側のピーナッツ売りも、片足がない人も、ほら吹きも、自信満々で明るくて、こちらを笑わせようとサービス精神を振りまいていた。誰かがひとこと発すると、周りの人が拾ってはやして、笑いを膨らませる。

 平和で治安がいいといわれるニッポンに住みながら、私は通りすがりの人とこれほど隔たりなく話したり、笑ったりできない。頑丈な鎧を身に着けて、事あらば切りかかるぞ、とばかりに刀を腰に挿して生きているみたいに思えてくる。

 今ようやく、Wi-Fi環境が整いつつあるキューバ。いまだ国営放送局しかないテレビは至って真面目だし、インターネットもつながりにくい。映画館はあるけれど、まだまだ娯楽も限られている。そんな環境だからこそ人びとは外に出て、週末はマレコン通りに集まる。そこでは誰もが「お笑い芸人」みたいだ。
 こんなにおなかを抱えて笑えるエンターテインメントも、テレビ番組やネットのインフラが充実するにつれて、なくなってしまうのだろうか。そう思ったら、ふとさびしさがわいた。(おわり)

【写真提供:斉藤真紀子】
【キューバ倶楽部】
http://cuba-club.net/
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【さいとう・まきこ】
日本経済新聞米州総局(ニューヨーク)金融記者、朝日新聞社出版『AERA』専属記者を経てフリーランスライターに。2000年に初めてキューバを訪れ、その街並みや音楽、人々に魅せられ、以来「心のふるさと」に。取材を重ね、『AERA』で「キューバ人はなぜ幸せか」(2012年1/16号)、「医療大国担うキューバの女医」(同4/23号)を執筆。「キューバの今」を伝えるべく、15年にウェブマガジン「キューバ倶楽部」を立ち上げる。
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