
※WEB連載原稿に加筆してまとめた単行本『あんずとないしょ話』が2017年5月22日に発売されます(発行:東海教育研究所、発売:東海大学出版部)。

版画:蟹江 杏
このエッセイの最終回の舞台はご存じ葛飾は柴又。
その柴又の駅前の寅さんの銅像のすぐ横っちょに見えるいい雰囲気の下町酒場「春」さんだぁ。
そのお店の小学校3年生になるあおいちゃんは看板娘だった。
当初その飲み屋さんのカウンターで取材をしようと思ったのだが、まだ日も暮れぬうちからお店はギュウギュウの超満員。
そこで急きょお店の前の路上にテーブルと椅子を運んでの取材となった。
うんとこしょっとテーブルを運ぶお母さんに、
「あ、すみませんねお母さん……」
と言ったら、
「違うわよ。私はこの子のおばあちゃん」
えええええ。僕より若く見えるこの人がおばあちゃん!?
酒場の女性は年齢不詳だねえ~。
それから本当のお母さんが来たが、まだチャキチャキのお姉さん。
どうも親子孫3代の女性でこの店を切り盛りしているらしい。
あおいちゃんに「このお店って、できて何年なの?」と聞くと、
「ママが生まれた年からお店をやってるから……教えられませ~ん」
えええ。
「ママは29才だから29年かな。去年も来年もずっと29年で~す」
おおっ、それはまさに酒場の大人の会話だ。

早速あおいちゃんに聞く。
「将来はこのお店を継ぐ気持ちはあるの?」
するとものすごく元気な声で、
「あります!」
ここまでハッキリと将来を答えたのは、あおいちゃんがこの連載で初めてかもしれない。
お店の手伝いもしているのでこのお店の常連さんはもちろん、お使いなどにも行くので町中の人があおいちゃんのことは知っているという。
どこに行っても声をかけられるのだとか。さすが人情の街・柴又だねぇ。
「大人たちともみんな知り合いで何か得したことある?」
「えーと、お年玉が他の友達よりたくさんもらえる」
それはいいね! それはお手伝いのご褒美だからいいんだよ。
「芸能人で好きな人はいる?」
「うーんとね、嵐の松潤と……あと、星野源!」
ここで僕が、
「星野源さんが昔やってたバンドと共演したことあるよ」
「えええええーーーっ!」
あおいちゃんのテンションは突如マックスに。
すると杏さんが、
「このおじさんこう見えて紅白にも出たことあるんだよ」
「えええーっ!」
そりゃビックリするわな。こんな坊主頭の冴えなさそうなオッチャンがそんな晴れ舞台に出たことがあるなんて。
「お店を手伝うことで大事なことは何?」
「うーんと、注文をしっかり聞いて出すことです」
「それじゃあ、このお店のオススメはありますか?」
と、あおいちゃんは食い気味に「はい、それは渥美清も食べた納豆オムレツです!」
そう、寅さんはこのお店にも飲みに来ていたのだ。
もちろんあおいちゃんが生まれるずっと前のことだろうけど。
でもこんなカワイイ看板娘が居ちゃあ、ニコニコと酒もすすむだろうねえ。

取材も終わってせっかくだからと杏さんらとお店で一杯飲んでいくことに。
と、あおいちゃんが「お兄さんは飲み物は何にしますか?」
それはまた、この連載始まって以来の僕がおじさんじゃなくて「お兄さん」と呼ばれた瞬間でもあった。
最終回にようやく若返ったよ。
あおいちゃん、ありがとう。また飲みに行くね~!
※次回(後編)は杏さんのエッセイをお届けします【石川浩司のひとりでアッハッハー】
http://ukyup.sr44.info/【蟹江杏さんのホームページアドレス】
http://atelieranz.jp/