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きれいをつくる
好きこそ服の上手なれ。 Artisan salon de gisoオーナー
庄司博美
最終回 職人として、職人を支えるものとして

 大事にしてきた洋服を今風によみがえらせてくれるリメイクと、生地やデザインを相談しながら「世界でたった一着」の服を仕立ててもらうオーダーメード。目利きのお客さんたちが集まる銀座で「Artisan salon de giso」という店を開いている庄司博美さんは、洋服に関するあらゆる要望をかなえてくれるフィッティング・コンシェルジュだ。

──庄司さんが手がける仕事には、ご自身の手はもちろんのこと、お客さんと洋服に合わせて各分野の職人さんの技も加わっている。

 オーダーメードというと、ものすごく敷居が高く頼みにくいイメージがありますよね。でも、決してそればかりではないんです。今、オーダーメード初心者の方にも親しんでもらえるように、既にデザインされた襟やそで口、ボタンの付け方など部分的なパーツをお好きなように組み合わせていただけるパターンオーダーのシャツを作っています。私の好みとして、女性のブラウスのような感覚ではなくメンズのオーダーのようにきっちりとしたいかにもシャツらしいレディースのシャツを作りたいと思っていたんです。ところが縫製も手がける私の立場から見ても、シャツの仕立ては独特で普通の縫製とは全く違う。そこで、まずはお客さまに欲しいシャツのこだわりや希望をお聞きして私がデザインし、型紙を作り、オーダーシャツ専門に縫製してきた職人さんに縫ってもらおうと考えました。
 
 お客さまの要望から見えてきたのは、女性らしいラインでウエストにメリハリがあって襟が高めでキリッとした感じで、でも襟を開いたときの返りがほどよいバランスのシャツ。それを型紙に落として見せたら、ほとんどの職人さんに「こんなにカーブの強いものは無理だ」と断られました。メンズのシャツには「くびれ」がないし、ラインが違うからなんです。ところが、中には「やったことがないので希望どおりにできるかわからないけれど、やってみましょう」と言ってくださる職人さんがいる。私も「こういうメンズテイストの仕立てで、こんなカーブで縫えたら、今まで日本で誰も縫ったことのないシャツができる。一緒に作ってください」と懸命にお願いしました。

──フィッティング・コンシェルジュは、頼み上手で口説き上手でもある。腕利きで一徹の職人さんを相手にするからには、自らも勉強を怠ることはできない。庄司さんは、当代一流と評判が高いイタリアやフランスのブランドのシャツの型紙を片っ端から起こして研究した。そして、それを今まで培ってきたフィッティングの経験をもとに、日本人の体形に合うように変えていった。

 私の工夫が詰まった型紙に基づいて職人さんが縫ってくれました。縫い上がって、「庄司さんの型紙、すごくかっこいいね。バランスがいいのが、ハンガーにかけただけでわかるよ」と言われました。シャツ職人として40年のキャリアを誇る方からそんなふうに言われたら、それはもうお客さまに「ぜひ着てみてください」と言える自信になります。
 「こういうものを作りたい」とか、お客さまが「こういうものがあったらいいのに」と言われるものを実現する方法を必死に探せば、それに応えてくれる職人さんが必ずいる。私自身も職人ですから、職人同士でよい刺激を与え合いながら新しいものを生み出すことができる出会いは本当にありがたいですね。

──庄司さんの服作りに対する情熱は、シミ抜きの職人さんや染めの職人さんなど、多くの熟練した技を引き寄せている。お客さんから、「どこのクレーニング屋さんに出しても落ちなかった」という相談を受ければ、例え東京で一番のクリーニング店でできなかったことでもあきらめない。
 

 結局、お客さまにとって、洋服にとって何が一番いいかを考えたら、妥協できない性格なんでしょうね。洋服に関して「うちはそれはやっていない」とか「うちは受けていない」というお断りは絶対にしたくないんです。お客さまから「こういうことができますか?」と言われたら、「今はそれをやる術はありませんが、友人や職人仲間でそういうことができる人間を探してみます」とご了承いただいて少し待っていただく。それによって、今までは受けられなかった仕事がどんどんできるようになってくる。まさに、お客さまに育てていただいているお店なんですよ。

──圧巻は、ウェディングドレスのリメイクだ。上質のレースを生かしたコートとスカートに仕立て直そうと、深い墨色に染め抜くことに。染めの職人さんを探して行き着いたのは、京都。交渉を重ね、「着物の幅に解体してくれたら素晴らしい色に染める自信がある」と言われ、やった。結果は、京都の職人さんにも「楽しい仕事だったよ」と言われるほどの出来栄えに。こうして超一流の職人たちとのつながりを作り、それが顧客を喜ばせ、また新たな仕事を生んでいく。

 私も学校を出たばかりのころはレディースのことしかできませんでした。それがあるとき、お気に入りのテーラーが廃業してしまったのでメンズのスーツを仕立ててもらえないか、という相談をお客さまからいただきました。私は基本的に断らないので、何とかしようと(笑)。テーラーさんに「私がデザインして型紙を引くので縫製してください」と頼んでも、「お嬢さん、そのお客さんを紹介してよ」と言われる始末。それでもあきらめずに飛び込んでいくと、中には若いデザイナーとの新しい取り組みをお面白がってくれる職人さんがいる。それでレディースとメンズの型紙の違いや縫い方の違いを教えてもらって、だんだん身についてきました。

──お客さんと接してわかってきたいろいろなニーズに応えたい──その一心でやってきたという庄司さんの仕事は、型にはまらずどんどん広がっていく。オーダーメードというとどうしても一張羅のコートや式典用のスーツを思い浮かべるが、なんとパジャマのオーダーを受けたこともあるそうだ。

 お客さまがとても気に入っていたもので、ちょっとくたびれてきてしまったから擦り切れてしまう前に同じものを仕立ててほしいというご要望でした。こんなふうに、一張羅ではなく普段着やパジャマであっても、自分だけの使いやすさやこだわりや好みがあり、その理想を形に仕立てることこそがオーダーメードの醍醐味なのではないかと思います。洋服は、誰かのために着るというより自分のことを好きでいられるように、幸福感や自信を持って毎日を前向きに生きるために着るものだと思います。

──庄司さんは、日本の職人たちが一生懸命に作っているものに対しても強いこだわりを持っている。取材で訪ねた日、ハンガーにとてもきれいなレース地のワンピースが掛かっていた。深いバラ色の、見たことがない大きなパターンの見事なレース。輸入ものかと思いきや……。


 何十年も前にお母さまが仕立てられたものを、娘さんが譲られてお持ちくださったものです。今シーズンの初めにイタリアのメゾンのショーウインドーにこんな感じのドレスが飾られていました。それと同じようなものを、すでに何十年も前に日本の職人が織って、仕立てていた。驚きました。こんなふうに、簡単には作れず普通に売っていないようなものを作るのが職人技だと思い知らされました。精進を重ねた技で丁寧に作られたものは、時間が経っても古びることなく見る人に感動を与えてくれます。

──このワンピースがこれから庄司さんの手でまた新たな服に生まれ変わる。楽しみだ。オーダーを受けてから1回目の仮縫いまでがほぼ1カ月、2度目の実物生地での仮縫いにもう1カ月、仕立てにさらに1カ月。合計3カ月が標準的な仕立て上がりまでの時間だ。庄司さんはまた、デザイン・型紙代、仮縫い・縫製代、工賃など請求の内訳をはっきりさせることにもこだわっている。これなら、同じ型紙でパンツやスカートなどをもう1枚作るときには型紙代は不要になり、わかりやすい。でも、やはりオーダーメードは高値の花だと言いかけると、庄司さんは真剣に語り始めた。

 今、日本の職人さんたちは本当に頑張っています。例えば滋賀県や愛知県の毛織物メーカーは、ウールの配合など、全部自分のところでやっている。その工場には、かつて生産性の低さから世界中で淘汰されてしまった低速織機が今でも現役で稼働しています。カシミアにストレッチを入れるなど高度な技術も可能なので、素晴らしい出来の生地を目当てに、フランスやイタリアの名だたるメゾンが注文に来る。これは、低速織機ならではの柔らかくて何ともいえない風合いにこだわり続けた社長さんがいたからこそ残ったものづくり。その仕事に適正な対価をお支払いするために、直接お客さまに接する私たちは「その生地がどれほどのこだわりの中から生まれ、どのような特性を持ち、どれほど希少な生地であり、いかに価格に見合った仕事が施されたものなのか」をきちんと説明する責務を担っていると思っています。今、日本のメイドインジャパンの洋服は日本市場で何パーセントくらいあると思いますか? なんと4%を切るんですよ。

──そんなに少ないとは知らなかった。ファストファッションは驚くほど安価だし、ワンシーズンなら十分着られる。でも、その陰で日本の縫製工場はどんどん閉じられている。食品だけではなく衣類も、安価さだけを求めることは結局自分たちの首を絞めることにつながるのだろう。庄司さんのように一見きらびやかな世界に身を置く人の口から聞かされたのは、正直なところ意外だった。そういえば庄司さんは年に2回、数百枚をこえる手書きのハガキをお客さんに出しているそうだ。

 こういうスタイルのお店なので、お客さまの数も口コミがほんど。最近になってこんなふうに雑誌やラジオで紹介されることも出てきますが、やはりお客さまお一人お一人を大切に、顔を思い浮かべながらハガキを書くことを大切にしたいと思っています。

──「衣」は、生きとし生けるものの中で、人間にだけ楽しみが享受されるもの。庄司さんはさらにその楽しみを深く掘り下げ、大きく広げていくのだろう。あなたも思い切って、シャツのパターンオーダーから始めてみては?

(構成・白田敦子/写真・前田光代)

※基本の代金は、「デザイン・型紙代+仮縫い代+縫製代+生地材料代」です。
※デザインや縫製の仕様、素材生地によって価格は変わります。


【Artisan salon de giso(アルチザン・サロン・ド・ギソー)】
営業時間:11:00~19:00
TEL:03-5856-9223
E-mail:syoji@artisansalondegiso.jp
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【しょうじ・ひろみ】
1974年兵庫県生まれ。大阪樟蔭女子大学、文化服装学院で服飾を学ぶ。卒業後、オーダーメードのアトリエでアシスタントデザイナーを経て、2001年に東京・目黒に有限会社偽装デザインオフィス設立。ギンザ・コマツ、株式会社ワールドなどとフィッティング・コンシェルジュとして契約し、08年に期間限定でギンザ・コマツ内にArtisan salon de gisoを開店。09年、ギンザ・コマツ建て替えにともない銀座1丁目に移転。
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