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美しいくらし
歴史が教えてくれた大切なこと 株式会社ことほぎ代表取締役
白駒妃登美
第1回 “好き”が仕事になったきっかけ
 現在、日本の歴史や文化の素晴らしさを伝える仕事をしている白駒妃登美さん。小さいころから伝記が大好き。伝記の登場人物や歴史上の人物を、親友のように感じていたといいます。しかし趣味を仕事にするという発想はなく、大好きな「歴史」の楽しさを伝えることが仕事になるとは全く思っていなかったそうです。大学卒業後、およそ7年半航空会社に勤務。その後、ビジネスマナーの講師や結婚コンサルタントなど、主婦として子育てをしながら歴史とは無縁の仕事を続けてきた彼女の、“好き”が仕事になったきっかけを3回にわたって紹介します。

未来が見えない

 “博多の歴女”と呼ばれ、日本の歴史や文化の魅力を国内外に発信するようになったのは、2010年に歴史についての私の思いをつづったブログを出版社の方がご覧になり、「歴史の本を出しませんか?」と声をかけてくださったことがきっかけです。大変ありがたいお話でしたが、このとき、私は人生のどん底にあって、すぐにお返事ができなかったのです。

 実は、その2年前に子宮頸がんが見つかって手術をしたのですが、完治したと思っていたがんが肺に複数カ所に転移していたことが発覚。医師からは「この状態で助かった人を見たことはありません」と言われ、まだ小学生だった2人の子どもを目の前にして、私は朝まで眠れないという日々を送っていました。そんなときに出版のお話をいただいたのです。私は、残された時間を子どものために使いたいという思いと、本当に死んでしまうなら、生きてきた証に本を出版したいという、相反する思いの間で揺れ動き、命と向き合い、その使い道について思い悩みました。

 それまでの私は、マーフィーやナポレオン・ヒルなど欧米型の成功哲学の影響を受け、いつも明確な夢や目標を掲げ、10年後の自分をイメージして生きてきました。10年後にこうなるためには5年後はこうで、そのためには3年後はこう、1年後はこう、だから今これをしよう……と、私は常に“今”を未来のための手段として生きてきたのです。
 しかし病気になり、医師から助からないと言われ、私には10年後がないんだと思った途端、まだ体は動くのに、自分が何をすべきなのかわからなくなってしまいました。すべきことがわからないというのは、本当に苦しいものです。そのとき、欧米型の成功哲学は、人生が上り坂のときには有効ですが、下り坂のときには支えにならないと実感したのです。

“今”を生きれば悩みはなくなる
 結局、私は悩んだ末に出版を決意。病床であらためて日本の歴史や文化について勉強していくうちに、あることに気づいたのです。それは、“今”を未来のための手段として生きてきた日本人なんて、いなかったんだということです。たとえば、俳人・正岡子規。江戸時代末期に四国・松山の武士の子として生まれた子規は、「武士道における“覚悟”とは、いついかなるときでも平然と死ねることだ」と考えていました。しかしその後、脊椎カリエスを患い激痛に悩まされる中、「どんなに痛くとも、どんなに苦しくとも“今”という一瞬一瞬を生かされている以上、その生かされている“今”を平然と生きることこそが、本当の“覚悟”だ」と悟り、亡くなる寸前まで精力的に執筆活動を続けました。

 私は病床で、この子規の生きざまを見習い、過去も未来も手放し、生かされている“今”に感謝して、“今、ここ”に全力投球しようと心に決めました、すると、それまで毎晩子どもの寝顔を見ては涙ぐみ、朝まで眠れない日々が続いていたのに、その日からぐっすり眠れるようになったのです。そのとき、気づきました。人生の悩みの多くは、過去に対する後悔か、未来への不安によって生まれるのだ、と。子規のように“今”を生きれば、ほとんどの悩みは消えてなくなるはず。少なくとも私の場合は、悩みや不安が、雪のように溶けてなくなってくれたのです。

仕事も“縁”

 それからの私は、よりいっそう、“今”を大切にする日本人らしい生き方をしていくことにしました。自分に与えられた環境を受け入れ、感謝して、ご縁をいただいた人たちに笑顔になってもらうために、自分にできることを精いっぱいのことをして生きようと決めたのです。そうしたら、悩みや不安が消えてくれただけでなく、不思議なことに体調もどんどんよくなり、肺に数カ所転移していたがんが、いつの間にか画像から消えていました。あれから6年経った今も、元気に生かしていただいていますが、それは子規をはじめとした先人たちのおかげです。

 私が前半生に目指してきたアメリカ型の成功哲学と、病気をきっかけに取り戻した日本人の生き方。一方が正しくて他方が間違っているとか、優劣があるわけではありませんが、それぞれの民族には、先人たちが培ってきた歴史や文化や価値観があるのですから、その民族に合う生き方と、合わない生き方というのは、存在しているような気がします。「ご縁」や「おかげさま」という言葉は、外国語にはひとことでは訳しにくいといわれています。このような日本語にしかない言葉や表現の中に、日本人らしさ、日本人にふさわしい生き方のヒントが詰まっているのではないでしょうか。

 遺伝子研究の世界的な権威・筑波大学の村上和雄先生によると、人間にとって最高の幸せは、「自分という存在が、誰かの喜びの源になっていると実感できること」だそうです。つまり自分以外の相手がいるからこそ、最高の幸福を感じることができるのです。ですから、人生には人と人とのつながり、“縁”が大切なのだと思います。今、振り返って考えてみると、出版社から声をかけていただいたのも大切な“縁”だったと思います。
 そのご縁を大切にし、いただいたお仕事に精いっぱい取り組む中、自分自身の生き方を振り返る機会ができました。そして日本人らしい、自分らしい生き方を取り戻すことにより、病気も奇跡的に快復し、好きだった歴史を仕事にすることができたのです。

――第2回は、白駒さんが日本の歴史を好きになったきっかけや、歴史を学ぶ醍醐味についてお話ししていただきます。

(構成:大谷涼美代、人物撮影:岩本薫子、風景撮影:馬場邦恵、編集:柏木真由子、北口博子)

*この記事は、株式会社リビングくらしHOW研究所が運営するライター・エディター養成講座「LETS」アドバンスコース17期生の修了制作として、受講生が取材、撮影、編集、校正などを実践で学びながら取り組んだものです。
【ライター・エディター養成講座「LETS」のホームページアドレス】
http://seminar.kurashihow.co.jp/lets
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【しらこま・ひとみ】
埼玉県生まれ、福岡県在住。大学卒業後、大手航空会社に入社し国際線に約7年間乗務。現在は、日本の歴史や文化の素晴らしさを国内外に発信する「株式会社ことほぎ」代表取締役。先人たちの「志」や、そこに生きた人々の「思い」に触れる歴史の講演が好評を博し、講演やテレビ・ラジオ出演は年間200回に及ぶ。著書に『人生に悩んだら「日本史」に聞こう』(祥伝社)『愛されたい!なら日本史に聞こう』(同)、『感動する!日本史』(KADOKAWA)、『こころに残る現代史』(同)、『子どもの心に光を灯す日本の偉人の物語』(致知出版社)など。最新刊は、『歴史が教えてくれる日本人の生き方』(育鵬社)。
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