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きれいをつくる
ピンチをチャンスに変える心のカギ「AQ」とは? 目白大学社会学部長
渋谷昌三
第2回 ピンチのもとをキャッチする

※このWEB連載原稿に加筆してまとめた単行本『AQ -人生を操る逆境指数』が絶賛発売中です(発行:東海教育研究所、発売:東海大学出版部)。


 社会心理学者・渋谷昌三先生に伺う「AQ講座」第2回。今回は、誰にも覚えがある“見過ごし”がもたらす影響について伺います。山道でつい蹴飛ばしてしまった小石がちょっと大きな石を転がし、しまいに大きな岩を動かして恐るべき自体に……なんてことになりかねないんです!

●不安を「なかったこと」にしてしまう自己防衛本能

 問題が小さな「きざし」のうちにとらえられるかどうか、ささいな違和感の段階できちんとキャッチできるかどうかは、その人の感性や心の状態によって変わります。
 体調が悪くてさまざまなシグナルが出ているのに気づかず症状を悪化させてしまう人がいるように、不安やピンチの初期段階に対して鈍感な人は、なかなかそれに気づくことができません。
 ですからまずは、自分の心の声に用心深く耳を傾けることが大切です。
 本当は不安や心配が心の隅に巣食い始めているのに、「こんなことで気に病むのは人として小さい」などと、それに封印してやせ我慢をするのは、とても危険なことなのです。

 さらに気をつけたいのは、こういう人はおうおうにして、それに気づいても「気づかなかったことにする」場合があるということです。「この不安の後ろには、何かよくないこと、面倒な状況が控えているんじゃないか」とうすうす気づいていながらそれに向き合う勇気がなく、気づかないふりをしようとするのです。
 これは、心理学用語で「防衛機制」のなかの「抑圧」という心の働きです。気づいてしまうとその背後に控える大きな問題とも対峙しなければならなくなるため、無意識にそれを矮小化してしまいます。
 こんなに長期に咳が長引いているのは何だかおかしいな、とどこかで感じているけれど、それをはっきり「おかしい」ととらえてしまうと、病院で検査しなければならない。そこで大変な病気が発見されるのが怖い。だから気づかなかったことにしてしまおう――。そんなふうに、自己防衛的に「気づかない」ことがあり、これは体の不調に限ったことではなく、日常の中でもとても危険なことです。

 たとえば同僚と朝すれちがった時、挨拶の調子がいつもとちょっと違う感じがした。でも大げさに考えると不安が募りそうな気がして、「気にしないでいいや」とあっけらかんとふるまってしまう、というようなことがありませんか? けれど人間関係の行き違いは、多くの場合がこうした、小さなひずみをそのままにしたことから端を発しているのです。そこから大きな亀裂が生じ、なかなか修復できなくなっていきます。

●人間関係の危機は芽のうちに摘み取る

 そこで大切なのが大きな問題となる前の、「あれ?」と気になった時にすぐにケアすることに心がけることです。つまり危機が芽のうちに摘み取ってしまうのです。軽く乗り越えられるうちに解決することができれば、深刻な事態になるのを防げます。
 同僚の態度が何となくヘンだったら、自分から声をかけてみる。


「最近どう? 忙しい?」
「この間の会議は大変だったね」
「ここのところなかなか話もできないね」
 そんなふうに一声かけてみると、じつは会議の席の何気ない一言が誤解を受けていたことがわかったり、こちらの態度に少し不満を感じていたりなどの「すれ違い」の存在がわかったりします。
 この段階なら、
「ああ、あれはそういう意味で言ったんじゃないよ」
「そんなに忙しいのに気づかなくてごめん。何か手伝えることはある?」
 などと一言言葉をかければ、ひずみはすぐに解消することができます。

 けれどこの段階を見過ごしてしまうと、その先は誤解が誤解を生んで心の距離が大きく開いてしまったり、怒りや憎しみの感情が増幅される事態となったりします。

●小さなストレスの「乗り越え」が耐性をつくる

 精神的ストレスもこれと同様に、小さいうちに気づくことが重要です。
 ストレスにどれだけ耐えられるか、という性質を「ストレス・トレランス」と言いますが、これを高めるのに最も有効なのは、小さなストレス、つまり日常のささいな違和感や不安を乗り越える経験をたくさんすることです。

 たとえば子どもは、小さなピンチをいくつも乗り越えて成長していくものですね。シャツのボタンを留める、靴を履くなどの生活行動学習、親から与えられる禁止や課題、拒否なども子どもにとっては日々体験し、乗り越える必要のあるストレスです。こうした小さなストレスを乗り越える経験を重ねていくと、成長後、大きなストレスにぶつかってもクリアできる耐性、ストレス・トレランスが養われます。

 これは言い換えると、目の前にあることから逃避せずに向き合おうとするクセとスキルが身に付いているということでもあります。この能力が身に付いていると、気になるささいなことを見逃さず、放置しなくなります。つまり、ピンチのもととなる出来事をキャッチする感性が高まるというわけです。

(構成・株式会社トリア 小林麻子)

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【しぶや・しょうぞう】
1946年神奈川県生まれ。学習院大学卒業後、東京都立大学大学院博士課程終了。心理学専攻。文学博士。山梨医科大学教授を経て、目白大学社会学部長。非言語コミュニケーションを基礎とした研究領域である「空間行動学」を開拓。『「身近な人」との人間関係がラクになる心理学』(大和書房)、『ほんとうの自分が見えてくる心理学入門』(かんき出版)など人間関係やビジネスに生かす心理学に関する著書多数。
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