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かもめアカデミー
ビートルズ~アートの視点から読み解く4人の奇跡 東海大学国際文化学部教授
石塚耕一
第1回 『プリーズ・プリーズ・ミー』

※このWEB連載原稿に加筆してまとめた単行本『ビートルズのデザイン地図』が絶賛発売中です(発行:東海教育研究所、発売:東海大学出版部)。


 音楽で、ファッションで、生き方で、世界中のファンを魅了した「ザ・ビートルズ」。その名を耳にしただけで、楽曲とともに青春の1ページを思い出す人も多いのではないでしょうか。「ビートルズは人生の一部」と語る東海大学国際文化学部の石塚耕一教授が「かもめアカデミー」に登場。メディアデザインが専門の石塚先生がレコードジャケットをテーマに、「アート」の視点からビートルズの魅力に迫ります。 

 ビートルズのデビューアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』のジャケットは、当時、マンチェスター・スクエアにあったEMIの本社ビル「EMIハウス」のバルコニーで撮影されました。リバプールから出てきたデビューしたての若者にとって、ロンドンの近代的なビル内で撮影することは格別な思いがあったに違いありません。ハンブルクで愛用していた革のジャケットを脱ぎ捨て、新調したであろうスーツとピンクのシャツ、マッシュルームカットと呼ばれる一風変わった髪型で撮影しました。それはこれから訪れるであろう新時代を予感させるのに十分でした。

(C)Koichi Ishizuka
 ビートルズはデビュー当初から自己主張する存在として知られていましたが、それは自分たちの音楽に絶対的な自信を持っていたからに違いありません。彼らは「誰よりも新しいもの」「オリジナリティがあるもの」を作ることにこだわっていましたから、与えられることだけに満足することはなかったのです。ですから、プロデューサーのジョージ・マーティンと対立することもしばしばありました。ジョージ・マーティンとしては、ビートルズによってEMI傘下の『パーロフォン・レーベル』をメジャーにしようと考えていましたので、その思いからデビュー曲はプロのライターが書いた『ハウ・ドゥ・ユー・ドゥ・イット』を準備していたぐらいです。しかし、最終的にはオリジナルにこだわるビートルズの考えを尊重することになりました。プロデューサーよりも新人の主張を優先させるというのはビートルズらしいところでもあります。

 アルバム・ジャケットの撮影については二転三転しました。最終的にジョージ・マーティンが依頼したのはアンガス・マクビーンという写真家でした。マクビーンはシュールリアリストであり、肖像写真に革命をもたらした1人です。オードリー・ヘップバーンをモデルにしたフォトモンタージュなどは、マグリットやダリの絵画同様に新鮮な驚きを与えました。そのマクビーンにビートルズの撮影を依頼するというのは大胆なことなのですが、マクビーンにとってもアルバム・ジャケットで自分の能力をどう生かすかという課題に直面したはずです。

(C)Koichi Ishizuka
 マクビーンは、EMIの本社ビルの吹き抜けの階段から、ビートルズが下を見おろしているところを撮影するというアイディアを思いつきました。フォトモンタージュなどの技法は使わないものの、それでいて一般的なジャケットにはない世界を表現しようと思ったに違いありません。この写真には三つの特徴があります。一つは、吹き抜けの下から撮影することによって、ビルの柱やガラスの壁、階段の手すりなどの造形物が遠近法を強調する効果を出していることです。遠近法は視覚的に強い印象を残します。レオナルド・ダ・ビンチの『最後の晩餐』のように計算されたものではないとしても、その遠近感はビートルズの存在を際立たせることに成功しています。

 二つ目は、4人が笑顔で見おろすというアングルです。ティーンエイジャーにとってはこれほど親近感を感じさせる写真はないでしょう。彼女たちからしてみると、ビートルズが自分たちに語りかけているような印象を持つことになります。最後は、4人の姿勢やポーズがバラバラであることによって動的な変化が生まれていることがあげられます。マクビーンの指示でそうなったのか、あるいはハンブルグ時代から撮られることに慣れていたビートルズだからできたのかは分かりませんが、同じスーツを着ているにもかかわらず、そこに一人ひとりの個性が感じられるのです。無機質なビルの空間と反比例するかのように生き生きとしたものとして伝わってくるのです。芸術性を意識しながらもビートルズの個性をとらえようとした見事な写真といえるのではないかと思います。

 LPレコードの時代において、アルバム・ジャケットは音楽の入り口であるとともに、アーティストからのメッセージでもあります。ビートルズのデビューアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』は、それまでにないオリジナリティに満ちた音楽とジャケットを作り出すことによって、彼ら自身のセカンドアルバム『ウィズ・ザ・ビートルズ』に首位を奪われるまで、6カ月以上もイギリスのトップに君臨することになったのです。










THE BEATLES『PLEASE PLEASE ME』(ユニバーサル・ミュージック)
1963年3月に発売されたビートルズ最初のイギリス盤公式オリジナル・アルバム。デビューシングル『LOVE ME DO』や2作目にしてイギリスのヒットチャートで初めて1位に輝いた表題曲『PLEASE PLEASE ME』など14曲を収録。発売と当時に大ヒットとなり、イギリス『メロディ・メーカー』誌では30週連続1位を記録した。写真は2009年にデジタル・マスター使用で発売された紙ジャケット版

【参考文献】
『THE BEATLES/PLEASE PLEASE ME』(ユニバーサル・ミュージック2009年)
『TTHE BEATLESアンソロジー』(リットー・ミュージック2000年)



【かもめ編集部から】
 「中学2年生のときに初めてビートルズの曲を聴き、その魅力にとりつかれた」という石塚先生。インターネットがなかった時代に、レコードジャケットは歌手を知るための大切な手段だったとか……。斬新なアイデアが詰め込まれ、芸術作品としても高い完成度を持つレコードジャケットは、今でもとても新鮮です。語り継がれるべき“もう一つの”ビートルズ・ストーリー。次回以降もどうぞお楽しみに。


※石塚耕一先生のブログ「学びの森」はこちらから
 http://manabinomo.exblog.jp/

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【いしづか・こういち】
1955年北海道生まれ。北海道教育大学卒業。北海道おといねっぷ美術工芸高校や北海道松前高校などで校長を務め、2013年より東海大学国際文化学部デザイン文化学科教授。アート、デザイン研究と同時に絵画や映像などの制作にも取り組み、北海道内を中心に数々の個展を開催。おといねっぷ高の生徒たちの成長を描いた著書『奇跡の学校 おといねっぷの森から』(光村図書・2010年)は、韓国でも翻訳版が出版されている。
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