第2回 “パンかみ”でも“ソバかみ”でもありません
※このWEB連載原稿に加筆してまとめた単行本(『頭が良くなる食生活』が絶賛発売中です(発行:東海教育研究所、発売:東海大学出版部)。
前回ご紹介した私の自己ベスト“ひと口2000回”の大記録を抜こうと、早速チャレンジしてくれた皆さんに質問です。
「よく噛むと、どこが動くか気づきましたか?」 まだチャレンジしていない人は両手を顔面に当てて、ちょっと噛んでみてください。首筋の筋肉や頬が動くことがわかりましたか? それでは、次は目の側面の少しへこんでいるところ――目と耳の付け根のほぼ中間に手を当ててみましょう。ここも激しく動きますよね。この部分を何と呼ぶのかというと、そうです“こめかみ”です。米を噛むと動く場所、というのがその語源といわれていますが、“パンかみ”でも“ソバかみ”でもなく“こめかみ”というところに、米を主食として生きてきた私たち日本人の心が込められているように思えます。
さて、食べ物を噛むと激しく動く首筋や頬、こめかみにかけての顔面には、頸動脈や側頭動脈、顔面動脈、大脳動脈などの動脈が無数に走っています。よく噛むとこれらの動脈が激しく動いて、脳への血流が増します。ちなみに、私たちの脳の重量は体重全体の2%にしかすぎませんが、安静時でも全身酸素消費量の約20%を消費しています。体の司令塔である脳は、ものすごいエネルギーを必要とするのです。
そこで、もう一度、質問です。
「自動車はガソリンを燃やして走りますが、人間の細胞を動かすエネルギーは何でしょう?」
イラスト:花田美恵子
ちょっと難しかったかもしれませんが、答えは「アデノシン三リン酸(ATP)」です。DNAを形づくっている核酸塩基の一つであるアデニンにD-リボースという5炭糖が結合すると、アデノシンという物質になります。このアデノシンにリン酸が3個結合した物質がATPです。2番目と3番目のリン酸結合部位が高エネルギーリン酸結合になっているため、ATPからリン酸が一つ取れてアデノシン二リン酸(ADP)に分解されるとエネルギーが放出されます。その際、物資の合成・分解と輸送、酵素反応、筋肉の収縮、発熱などの生命活動、すなわち代謝が進むのです。
つまり、すべての生物はATPをADPに変換させることでエネルギーを得ているのです。だからこそ脳を活発に動かすためには、脳神経細胞内に大量のATPを供給する必要があります。
「それでは、ATPの原料は何でしょう?」 ATPの原料はブドウ糖と酸素です。私たちの体内でこの2つを運んでくれるのが“血液”です。噛むことでブドウ糖と酸素をいっぱい含んだ新鮮な血液が次々と脳に送り込まれ、生体エネルギーであるATPの生産が増大する結果、脳細胞が活発化。記憶力や判断力、集中力などが増します。
高校生やその保護者を対象にした講演会で、「噛んで、噛んで、噛みまくる食生活を実践すれば、塾に行かなくても成績は上がるはずですよ」と私が話すと、皆さんドッと笑ってくれますが、この言葉には前述のような裏づけがちゃんとあるのです。
ハゲも白髪も、おさらば! よく噛むと脳が活性化するだけではありません。先ほどは両手を顔面に当ててもらいましたが、今度は頭頂部に手を当てながら噛んでみてください。頭皮が動くのに気づきましたか? よく噛むと頭皮が刺激されて振動することによって血流量が増すのでATPが大量に作られ、髪の毛を育てる細胞が元気になります。その結果、ハゲや白髪になりにくくなるというわけです。私は65歳を過ぎていますが、よく噛む食生活を続けているおかげで同年代の男性よりも頭頂部には少しだけ自信を持っています(笑)。
このほか、顔面の筋肉が発達するので表情が豊かになり、日本語の発音が強く美しくなるだけでなく、英語の発音も上達します。一般的に英語の発音は苦手だと思っている日本人が多いのですが、これはなぜかというと日本語と英語の母音と子音の数の違いによります。母音と子音の数が少ない日本語の場合、顔面の筋肉がそれほど発達していなくても発音できます。一方、日本語の5つに対して20以上もの母音がある英語の場合は、口を大きく開けたり、すぼめたり、平たくしたり、噛んだりするほか、舌を前に出したり、歯茎に付けたり、奥に下げたりしないと、発音記号通りには発音できません。そのため、英語の発音を上達させるには顔面の筋肉を強靭なものにしなければならない――よく噛むことは英会話上達の秘訣でもあるのです。
ここまで、よく噛むことで得られるさまざまな効能をご紹介してきましたが、「本当にそうかな?」「う~ん、信じられない」と思う人もいるでしょう。そんな人に私がオススメしているのは、やはり“よく噛むこと”。今日からでも実践して、その効果を自分の体で確かめてほしいと思っています。