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かもめアカデミー
海獣たちが教えてくれる島国の多様性 国立科学博物館研究主幹
田島木綿子
最終回 海獣と共存できる未来のために
 夏真っ盛り。海に出かけたいと思っている人も多いのでは? でも、海は決して私たちだけのものではないのです。ヒト社会が、クジラを含む海の哺乳類(海獣)に及ぼす影響なども研究している田島木綿子先生へのインタビュー。最終回は、海獣と人間が共存できる未来について聞きます。

――大量に作り出されたプラスチックは、ゴミとなった後、海に流れ、海の環境や生物たちに悪影響を及ぼす海洋プラスチックになるケースが多く、魚類や貝類がエサと思い飲みこんでしまい、消化器に滞留してしまう5mm以下の小さなマイクロプラスチックまで問題視されています。

 2018年夏、神奈川県鎌倉市の海岸に体長1052cmのシロナガスクジラの赤ちゃんがストランディング(漂着)しました。私たちが調査したところ、胃の中から直径約7cmのプラスチック片が見つかり、国内外のマスメディアに大きく取り上げられました。2015年の国連サミットでは、SDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)が策定され、14番目の目標に「海の豊かさを守ろう」が盛り込まれたこともあり、このニュースは広く取り上げられました。

シロナガスクジラの赤ちゃんの胃の中からプラスチック片が見つかった
(写真提供:田島木綿子)


 実はこれまでの調査により、約30年前にストランディングしたクジラの胃からも海洋プラスチックは回収しており、講演会など機会があると紹介していました。そのため、ここにきて急激なメディアの関心の高さには、正直「今ごろになってどうして?」という思いもありますが、広く知っていただくきっかけにはなっているようです。

 直径5mm以下の大きさのマイクロプラスチックを含む海洋プラスチックには、残留性有機汚染物質「POPs(Persistent Organic Pollutants)」が吸着していることが最近になりわかりました。こうした化学物質は、生物に高濃度に蓄積されると免疫力の低下をもたらし、感染症をはじめとするさまざまな病気にかかりやすくなってしまうことがわかっています。
 POPsは厄介なことに海中に漂うと長距離を移動し、分解されにくい上に土壌や海底に蓄積されやすく、食物連鎖を介して生物濃縮するため、海における食物連鎖の上位にいる海獣たちは、高濃度に蓄積していることが知られています。それに加え、プラスチックも飲み込んでしまった個体はさらなる蓄積が重なり、健康を保てなくなる個体もでてきます。それは、同じ哺乳類であるヒトにとっても対岸の火事ではないということです。

 海洋プラスチックゴミや化学物質が、海獣を含む海洋生物や海洋環境へもたらす影響を1つでも明らかにする上でも、ストランディング調査は我われにいろいろなことを教えてくれます。
 本来は、プラスチックも化学物質も人間社会が豊かになるために作り出されたものなのですが、ほかの生物にとって、さらには我われヒトにとっても、1つ踏み外すと有害になるかならないかは紙一重なのかもしれません。

――私たち人間が海獣たちと共存していくためには、どうしたらよいのでしょうか?

田島木綿子先生

 最近思うことは、ヒトも生物の一員なんだ、とか、ヒトが生かされているのは周囲の生物や環境があってこそなんだ、という当たり前のことを今一度感じてみることではないでしょうか。たとえば、「ゴミはゴミ箱に捨てましょう」とか「プラスチックは使わない」と誰かにいわれても、なぜそうしなければならないのかを自分で納得しなければ、行動として続かないと思うのです。

 皮肉なことに、ここ数年に及ぶコロナ禍で観光客が途絶えたアメリカ西海岸のイエローストーン国立公園やオーストラリアのグレートバリアリーフなどの自然保護区では、そこに棲息する生き物が回復したり、自然が豊かになったりしていると、海外の研究者たちがSNSで発信したり、ニュースになったりしていました。「これこそが本来の姿であり、サンクチュアリ(聖域)そのものだ!」とか「動物たちが生き生きしている!」といった研究者たちのメッセージを見ると、複雑な思いになりました。

 でも、ここで諦めないのも研究者の矜持。私も研究者の一人として、海獣たちと共存できる未来を切りひらく責任も感じることがあります。まずは、周囲にいる生き物や海にいる海獣たちのことをもっともっと身近に感じ、関心を持ってもらえるきっかけ作りをしていくこと。そうすれば自ずと、もっと知りたいとか、彼らが心地よく生きるためにはどうしたらいいのかなど、具体的に考えることができるかもしれません。

 考えようによっては、共存の道は単純です。母からもよく言われましたが、相手の気持ちになること、思いやりを持つこと、相手が嫌がることはしないこと。人間同士の場合と同じなのです。その思いやりを海獣たちを含むほかの生物にも向けられたら、それが共存の第一歩なのだと思います。
 たとえば、ダイビングやホエールウオッチングで海に行くときは、「彼らの生活に少しお邪魔させてもらうんだ」と考えたり、親子クジラがいたならば、船やボートのスピードを少し減速したりという気遣う心があれば、それで十分なのではないでしょうか。
 その中で、私たち人間が野生の海獣たちに出会えることは素晴らしい経験になります。そこから、「付き合ってくれてありがとう」とか「すごくカッコいいね」という、彼らを尊重する気持ちに繋がり、彼らが棲む環境を守ろう、むやみに近寄り過ぎないよういしよう、といった気持ちが生まれてくるのではないでしょうか。

巨大なクジラをはじめさまざまな哺乳類の骨格標本の前で


――ものの見方や考え方、ふるまいが人間中心だけでよいのか、ということですね。海獣たちの立場に立ってみると、さまざまなことが違って見えてくるように感じます。

 そうですね。人間はとにかく脳が異常に発達した頭でっかちの生物です。そのおかげでこれだけヒトという生物が繁栄できた一方、少し周りに気を遣えない生物にもなってしまったように感じます。同じ哺乳類である彼らの身に起こっていることは、遠からず同じ哺乳類である私たちに跳ね返ってくる可能性もあります。炭鉱で発生する有毒ガスをいち早く感知するために、坑道にカナリアを連れて行きますが、ストランディング個体は、いわば海のそうした存在なのかもしれません。

 私が学生のころ、なぜ彼らにどんどん魅了されていったのか。初心の感動を忘れることなく、多くの人たちに、生き物のに素晴らしさをこれからも発信し続けたいと思います。そこに、共存という道のヒントが必ずやあるように思うのです。(おわり)

 一度は陸に上がったのに再び海に帰っていった海獣たち。田島先生の話を聞いていたら、海に向かって「一緒に頑張ろう!」と叫びたくなりました。もの言わぬ彼らにとってより良い未来を考えることは、そのまま私たちの未来を考えること――。この夏、私たちにとってかけがえのない仲間である海獣たちに思いを馳せてみませんか?

(構成:白田敦子)
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【たじま・ゆうこ】
1971年埼玉県生まれ。国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ主幹。筑波大学大学院理工情報生命学術院准教授。博士(獣医学)。日本獣医畜産大学(現・日本獣医生命科学大学)獣医学科卒業後、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。同大学院の特定研究員を経てアメリカのMarine mammals centerやテキサス大学で病理学を学ぶ。2006年から国立科学博物館動物研究部に所属。専門は海棲哺乳類学、比較解剖学、獣医病理学。著書に『海獣学者、クジラを解剖する。』(山と渓谷社)、『海棲哺乳類大全』(みどり書房)、監訳に『イルカ解剖学』(NTS出版)など。
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