× close

お問い合せ

かもめの本棚に関するお問い合せは、下記メールアドレスで受けつけております。
kamome@tokaiedu.co.jp

かもめの本棚 online
トップページ かもめの本棚とは コンテンツ一覧 イベント・キャンペーン 新刊・既刊案内 お問い合せ
子どものこれから
福島の子どもたちと新たな一歩を 画家
蟹江 杏
3月13日から20日まで東京・新宿で原画展
 2011年の東日本大震災直後から福島の子どもたちへの支援活動を続けている画家の蟹江杏さん。「NPO法人3.11こども文庫」の理事長として、当時小学3年生だった福島県相馬市の子どもたちの作品を展示する「3月11日の、あのね。」展を主催。10年間で全国100カ所近くの会場を回り、大きな反響を呼んできました。そして震災から11年を経て、同展は新たな主役を得て開催されます。福島の子どもたちへの尽きせぬ思いや原画展に込める願いなどを聞きました。

―― 11回目となる東日本大震災・被災地支援展覧会「3月11日の、あのね。」(2022年3月13日~20日)で展示されるのは、杏さんが福島県双葉郡大熊町の子どもたちと一緒に取り組んだアートワークショップの成果です。福島の子どもたちとの作品展は、新たな一歩を踏み出そうとしています。

東日本大震災・被災地支援展覧会
「3月11日の、あのね。#11」
会期:2022年3月13日(日)~20日(日)
時間:11:00~19:00 ※最終日は17時閉場
会場:こくみん共済coopホール/スペース・ゼロ
入場:無料

 これまで展示してきた相馬の子どもたちの作品は、10年後に返す約束で大切に預かったものです。東日本大震災の直後に描いた200点に及ぶ作品を多くの人に見ていただこうと全国を巡回し、10年経った昨年(2021年)、約束どおり子どもたちに返却しました。18歳になった彼ら・彼女らとの再会や作品を返却する様子はNHKのドキュメンタリー番組で紹介され、何度も再放送されています。そのたびに多くの人から、「ずっと続けてきたのはすごい」とか「素晴らしい活動だ」といった反響をいただきました。でもその一方で、私は「私がこの10年間続けてきたことは、そんなにすごいことだったのか?」と、戸惑いを感じるようになったのです。

 「十年一昔」という言葉があるものの、私にとって東日本大震災からの月日はあっという間、まだまだ志半ばだという思いが強くなるばかりだったからです。あの日から10年経つからといって、何らかの“区切り”がついたわけではありません。そもそも“区切り”なんてつけてはいけない……。相馬の子どもたちに作品を返す時が迫り、このような思いを抱え始めたころに出会ったのが、大熊の子どもたちです。

―― 2020年の夏から、杏さんと大熊の子どもたちとのアートワークショップが始まりました。その様子は、2021年6月に大熊町教育委員会から発行された書籍『ぼくも、わたしも、ここにいる』としてまとめられています。

皆で一緒に大きな絵を制作

 相馬市と同じく太平洋に面した「浜通り」と呼ばれる地域にある大熊町は、福島第一原子力発電所の事故で県内外への全町避難を余儀なくされた町です。現在は少しずつ町の復興が進んではいますが、大熊の子どもたちはあの大震災から11年になる今もなお、役場などの拠点が移された会津若松市の廃校になった校舎を借りて学校生活を送っています。

 彼ら・彼女らと一緒にアートワークショップに取り組むことになって私がまず思ったのが、「この元気な子どもたちのことを多くの人に知ってもらいたい」ということ。そこで、相馬の子どもたちに作品を返却して新たな一歩を踏み出すことになった「3月11日の、あのね。」展で、大熊の子どもたちの作品を紹介したいと考えたのです。
 11年が経った今なお “ここ”にいる子らに対して私たちは何ができるのか。大熊の子どもたちの作品を間近に見てもらい、一人でも多くの人に「この子たちのことを知らずにいられますか?」と問いかけたかったのです。

―― 2011年の東日本大震災直後に出会った相馬の子どもたちと、2020年に出会った大熊の子どもたち。子どもたちへの向き合い方に何か違いはありましたか?

 今振り返ると、居ても立ってもいられず相馬に駆けつけた2011年当時は、「とにかくこの子たちの手を離してはいけない」という激情にも似た気持ちを抱いていました。相馬の子どもたちにとっての東日本大震災は、目の前で起こったリアルな出来事。つまりは“自分事”だったからです。
 一方で、現在小中学生である大熊の子どもたちは当時、赤ちゃんか幼児。まだ生まれていなかった子もいます。今なお原発事故による大きな影響を受けているとはいえ、被災直後の子どもたちとは求められる支援が違うと感じました。

 大震災という自然災害のみならず、その後の国や県や町の方針、そして家族の選択など、あらゆる“大人の事情”の結果として「ここにいる」大熊の子どもたち。「この子どもたちのどこに寄り添うべきか」について悩み、迷いました。そしてわかったのは、10年経ったけれど終わりではない、区切りをつけてはいけない、ということ。だから私は、大熊の子どもたちのあどけない笑顔に向き合いながら、あの大震災から派生したさまざまなことを考え、悩み続けようと決めました。

「黄色い道、未来の町を描こう」(2020年9月制作)


―― 今回の原画展では、書籍『ぼくも、わたしも、ここにいる』に収録されている子どもたちの作品の原画が展示されます。

ワークショップに取り組む蟹江杏さん

 大熊の子どもたちは皆、とても素直ないい子たち。原画展の会場には本人の作文やワークショップ中の写真を掲載した書籍も置いてありますので、ぜひ手に取って読んでほしいですね。この本をつくったときは全員が小学生でしたが、そのうちの2人が中学生になり、現在は小学生6人と中学生2人、聴講生1人の全部で9人。小学生も中学生も一緒に学び、上級生が下級生をごく自然にサポートしています。障がいを抱えている仲間にも、皆がごく普通に接しています。その様子を見ると、これこそ教育の理想的な環境なのではないかとさえ思えてくるのです。

 今、大熊町では持続可能な未来を切りひらいていける力を育成しようと、子どもたち一人ひとりの持ち味を大切にしながら、新しい教育づくりに取り組んでいます。少人数の学校では外部の大人との触れ合いは大切な体験につながりますから、私はそうした大人のひとりとして、大熊の子どもたちとかかわり続けていきたいと考えています。

―― 大熊の子どもたちとの交流は、今後も続けていくということでしょうか?

 もちろん、そのとおりです。大熊の子どもたちとのアートワークショップは2021年も続いています。大熊町の小中学校はこの4月から小中一貫の義務教育学校「大熊町立 学び舎 ゆめの森」となり、来年2023年4月には復興整備が進む大熊町大河原地区に完成する新校舎で、全国にも例がない「幼保施設一体型義務教育学校」として新たなスタートを切ることになっています。少しずつかもしれませんが、でも着実に未来に向かって歩みを進めている大熊の子どもたちが、これからどのように成長していくのか。これからも見守っていくつもりです。

―― 杏さんが福島の子どもたちに寄り添い始めて10年以上になります。子どもたちは、杏さんにとってどのような存在ですか?

 実は最近、「人生は決断と選択の連続か?」と問われたら、「そうだ!」とは言いきれないと思うようになったんです。今の私が答えるとしたら、「行きがかりであり、成り行きである」というところでしょうか(笑)。
 あの日、テレビで大地震と津波の光景を見て、誰もが「何かしたい」「何かしなければ」と感じたと思います。私自身も「助けに行かなくちゃ」と感情に任せて被災地に赴きましたが、振り返ると今もこうして福島の子どもたちに寄り添い続けているのは、もはや成り行き・行きがかりの成せる技なのかもしれません。

 ですが、たとえそうだとしても福島の子どもたちとのかかわりをやめる理由が見当たらないのです。続ければ続けるほど、何も解決していないのではないかとさえ思うのです。
 この子どもたちが成長して、いずれは大人になったときにどのような未来を見せられるのか? 私たち大人の考え方やふるまい、選択の仕方に大きく影響されるでしょう。私自身、あの大震災を機にさまざまなものの見方や価値観が変わりました。これからも迷い、考えながら、福島の子どもたちとつながり続けていきたいと思っています。(おわり)

2020年度のワークショップの集大成。
音楽家の関口直仁さん(左から3人目)のピアノ演奏の中、大きな壁画を完成


―― 福島の子どもたちとの新たな一歩となる「3月11日の、あのね。」展と蟹江杏さん。この春もまた、子どもたちのよりよい未来のために、私たち大人ができることとは何か? を静かに問いかけてくれます。

(構成:白田敦子、写真:たかはしじゅんいち)

東日本大震災・被災地支援展覧会「3月11日の、あのね。#11」



会期:2022年3月13日(日)~20日(日)
時間:11:00~19:00 ※最終日は17時閉場
会場:こくみん共済coopホール/スペース・ゼロ(東京・JR新宿駅南口から徒歩5分)
入場:無料
【展示1】書籍『ぼくも、わたしも、ここにいる』原画展
会津若松市の仮校舎で学ぶ大熊町立小学校の児童らと蟹江杏さんが1年を通して開催したワークショップと交流の成果をまとめた書籍『ぼくも、わたしも、ここにいる』(2021年、福島県大熊町教育委員会発行)に掲載された作品30点を展示。     
【展示2】みんなの展覧会
杏さんが理事長を務めるNPO法人「3.11こども文庫」から生まれた3つの文庫「にじ文庫」「おひさま文庫」「みず文庫」の多彩な活動を紹介します。
【展示3】3.11こども文庫のこれまで
被災地への絵本や画材の配布、アートワークショップ、展覧会、講演会、演劇、ライブペインティング、書籍出版、商品開発など、11年にわたる活動をパネルで紹介します。

蟹江杏さんが描く子どもの本


『あんずとないしょ話』

子どもたちの心の奥底にある本音を、創作活動の原点でもある自身の子ども時代を振り返りつつ、版画と感性あふれる文章で描き出す。ミュージシャン・石川浩司さん(元・たま)との対談も収録。

『あんずのあいうえお』
「あ」から始まる「いのちの名前」。はじめて50音に出会う子どもたちも、もう一度50音に再会したい大人たちも、杏さんが描くひらがな50音の世界を旅しよう!

杏さんが相馬の子どもたちに寄り添い続けた軌跡。インタビュー「福島の子どもたちと紡いだ10年」はコチラ⇒



【蟹江杏さんのホームページアドレス】
http://atelieranz.jp/
ページの先頭へもどる
【かにえ・あんず】
画家。東京都生まれ。「NPO法人3.11こども文庫」理事長。「自由の森学園高等学校」卒業。ロンドンにて版画を学ぶ。2021年11月「Penクリエイターアワード2021審査員特別賞」受賞。美術館や画廊、全国の有名百貨店、その他国内外の展覧会への出展や絵本・壁画制作・講演など活動は多岐にわたる、文部科学省復興教育支援事業ではコーディネーターとして参画。東京の新宿区・練馬区・日野市などの都市型アートイベントにおいて、こどもアートプログラムのプロデュースも手がける。そのほか、絵本専門の文庫(福島・相馬、千葉・東金)の運営やアートワークショップなど世界の子どもたちをアートでつなげる活動をしている。
新刊案内