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美しいくらし
廃墟から「未来」が見える 「J-heritage」代表・産業遺産コーディネーター
前畑洋平
第1回 “マヤカン”を知っていますか?
 廃墟が国の登録有形文化財になる――。今年の3月下旬の夜、ふと耳にしたラジオのニュースに「?」と思い、「マヤカンは廃墟の女王とも呼ばれ……」と説明を聞いてますます「???」。気になって調べてみたら、ハマりました! 人々の営みの確かな気配と裏腹の、誰もいない侘しさ。役割を終えて朽ちてゆく静かな佇まいに惹かれるこの感覚ってなんだろう? これはもっとハマらないとわからない! ということで、保存活動に取り組んできたNPO法人「J-heritage(ジェイ・ヘリテージ)」代表の前畑洋平さんにインタビュー。廃墟の魅力について4回にわたって聞きました。

「廃墟の女王」ことマヤカンは山中の自然に溶け合うように佇む


――旧・摩耶観光ホテル(マヤカン)は、1930年に明治初期から貿易で栄えてきた神戸の街を見下ろす摩耶山中腹に建てられました。設計は大正から昭和にかけて阪神地方で活躍した建築家・今北乙吉。鉄とガラスを多用した鉄筋コンクリート造で地上2階、地下2階の当時最先端のモダニズム建築です。曲線的な外部のひさしや壁面、幾何学的なアールデコ調の外観と内装デザイン。使われなくなり荒れ果ててもなお、その優美な佇まいから、今では「廃墟の女王」としてファンを魅了しています。どんな歴史をたどってきたのでしょうか?

 明治期に神戸の居留地に住む外国人がハイキングに訪れていた六甲山地の中央にある摩耶山は、大正から昭和にかけて本格的に観光地化する計画が進みました。当時、ケーブルカーを設置した企業の福利厚生施設「摩耶倶楽部」として建てられたのがマヤカンです。その後、ホテルとなるも第二次世界大戦中の1945年に廃業。高度経済成長期に周辺に遊園地や動物園などがつくられ、民間会社に売却されたマヤカンは1961年にリゾートホテルとしてリニューアルオープンしましたが、台風による被害で2度目の廃業。1970年代に学生のゼミ合宿などに利用される宿泊施設として再開したものの、住み込みの管理人が体調不良となり1993年に営業を停止してそのまま朽ちていきました。つまり現在のマヤカンは3度目の廃墟の姿というわけです。

 廃墟を探索したり写真に収めたりして愛でる「廃墟マニア」と呼ばれる人たちのことを聞いたことがあるでしょうか。僕ももともとはその一人ですが、1999年ごろからマニアたちの間でマヤカンは「廃墟ホテル」として憧れの存在。緑濃い摩耶山の自然の中で朽ちていく幻想的な雰囲気から、映画やマンガ、ロールプレイングゲームの舞台にもなりました。そのため「聖地めぐり」をしたいファンの間でも人気が高まり、今では海外の雑誌などで取り上げられるほどです。

かつて浴室として利用されたこともある「額縁の間」


――わかります、わかります! 私も写真を見て不思議な魅力を感じました。外観にも内部にも優美な曲線が多用されたデザイン、色ガラスが残る円窓や天上までの大きな窓、シャンデリアが残る大広間など、華やかなりし港町の社交の場であった面影がしのばれます。だいぶ傷んでいるようにも見えましたが、保存を目指すようになったきっかけや経緯はどのようなものだったのでしょう。

 マヤカンは私有地で一般の出入りを禁止していたにもかかわらず、不法侵入や破壊行為、さらには放火の危険さえありました。そのため地域住民から警察・消防への相談が多く寄せられ、所有者である企業が解体を検討せざるをえない状況にまでなっていたのです。でも、数々の廃墟を見てきた僕が見ても、アールデコ様式の建築が経年劣化するさまと、それが周囲の植物に侵食され絡み合って朽ちていく美しさは独特で、壊してしまうにはとても惜しい存在。そこで、なんとか合法的にこの魅力ある廃墟を残し、多くの人に見てもらいたいと考えました。

 そのためには、地域の人たちの理解や協力が欠かせません。「摩耶山再生の会」というグループがあり、摩耶山一帯を再び観光資源として活性化しようと取り組んでいます。彼らと一緒にマヤカン保存活動をしたいと相談しました。同会のアドバイザーが、兵庫県の歴史的建造物の保存・活用を図るヘリテージマネージャーという資格を持つ人たちのネットワーク組織の理事だったことで、マヤカンの所有者である企業のトップにつなげてもらい、保存への模索が始まりました。

 とはいっても、当初は保存どころか「見学したい」と言ってすぐに「はい、どうぞ」なんて歓迎されるわけがありません。多くの廃墟は所有者にとって解体するにも費用がかかるやっかいな存在。放置せざるをえない負の遺産なのです。打開の糸口になったのは、2014年に放映されたNHKの『新日本紀行』という番組の廃墟特集。僕らのNPOが各地の廃墟の情報を提供し、マヤカンも取り上げられました。番組の反響のおかげもあり、所有者の企業も保存を検討してくれることになりました。

 2015年、所有者の企業と歴史的な建造物の保存に取り組む神戸市のNPO「ひょうごヘリテージ機構H20」、それに僕らのNPOが連携して「摩耶観光ホテル保存の会」を結成。一緒に保存のあり方や安全な見学の仕方を検討することになりました。廃墟マニア以外の人たちにも見てもらおうと2017年から「摩耶山再生の会」によるガイド付外観見学ツアーも開始。新たな観光資源として神戸新聞の1面で取り上げられました。

最上階の余興場には丸窓や半円形の窓がある

余興場の下にある食堂にはシャンデリアが残る


――淡々とした話ぶりながらマヤカン愛ほとばしる前畑さん。その静かな熱意が、多くの人を動かしてきたのでしょう。2017年に実施した保存や調査や補修、不法侵入を防ぐための警備費用を集めるためのクラウドファンディングは2週間で500万円をこえ、最終的には700万円以上集まったと言います。

 クラウドファンディングに協力してくれる見返りにマヤカンの内部も見られるようにしなければ、お金は集まらないと考えました。そのときに「ひょうごヘリテージ機構H20」の松原永季理事が提案してくれたのが、マヤカンの歴史的・文化的な価値を位置づける国の有形文化財登録を目指すための内部調査というアイデアです。

 国の登録有形文化財は、観光資源などとして活用しながら文化財保護を図る目的で、多くの名建築が失われた阪神・淡路大震災の教訓から1996年に始まった制度です。対象は原則、築50年以上の建物で、登録の基準は「国土の再現することが容易でない歴史的景観に寄与しているもの」「造形の規範となっているもの」「再現することが容易でないもの」のいずれか1つを満たすこと。
 その申請に必要な資料を整えるためにマヤカンを愛する人たちの手で現状を丁寧に調べ、調査や測量を行って皆で登録を目指そうというわけです。

 クラウドファンディングに協力してくれる調査要員は2017年7月から募集したのですが、2カ月弱で350人ほどが協力を申し出てくれて目標額を達成しました。その後、2年半かけて耐震診断の予備調査や各部分の実測調査、劣化度調査や周辺状況の調査などを計24回、さらに劣化箇所の経過確認や危険箇所の調査を月1回程度実施。マヤカンのホテル時代に大広間でダンスを楽しんだというご婦人も参加してくれました。マヤカンは時代をこえて神戸で愛されてきたのだと実感できてうれしかったですね。

――前畑さんをはじめとする多くの人々の協力と熱意が実を結び、今年の3月19日に国の文化審議会の答申が出て、マヤカンは登録有形文化財に登録されることになりました。評価されたのは3要件のうちの「造形の規範となっているもの」。保存状態がよくない廃墟が登録有形文化財に指定されるのは、全国的にも異例のことだといいます。

 マヤカンの評価は、山の中腹の傾斜面に建てられ、眼下に広がる神戸の街の眺望を生かすように工夫されていることから山上リゾート施設としてのあり方をよく表していること、各階にひさしをめぐらして曲面を強調し大きな開口を設けている優雅で開放的な外観、内部の大ホールやステージにアールデコ調のデザインが施されていることなど、総合的なものでした。廃墟であっても、景観的、造形的、歴史的に価値があると認めてもらえたことの意義は、とても大きいと思います。
 いずれは一般の人にも内部も見てもらいたいと考えていますが、そのためにはどういうやり方や仕組みが必要なのかなど、議論が始まったところです。マヤカンを守ることが、多くの人を魅了する廃墟に地域の観光資源として新たな命を吹き込むよい事例になればと期待しています。(つづく)

神戸市街を見おろすロケーションに建つ

余興場正面の舞台周りもアールデコ調のデザイン


――廃墟マニアから、産業遺産コーディネーターとして文化財保存活動に取り組むようになった前畑さん。ところで、廃墟と産業遺産はどう違うの? 次回はそんなシロウトの素朴な疑問から聞きます。

(写真:前畑温子、構成:白田敦子)

【産業遺産の価値と魅力を発信するNPO法人「J-heritage」】https://www.j-heritage.org/
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【まえはた・ようへい】
1978年生京都府生まれ。兵庫県神戸市在住。産業遺産の価値と魅力を発信するNPO法人「J-heritage」総理事として全国の産業遺産の見学ツアーや遺産を活用した地域活性プロジェクトの企画運営などを手がけている。兵庫県ヘリテージマネージャー(第14期)、兵庫県地域再生アドバイザー、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域活性化伝道師(内閣府)、湊川隧道保存友の会幹事などを務める。
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