
農業の師匠とともに
坂下可奈子さんが新潟県十日町市の池谷集落に移住して4年。池谷はかつての限界集落を脱し、今や「奇跡の集落」と呼ばれています。坂下さんたちがやっていることは、中山間地の過疎問題にとどまらず、少子化や女性の社会進出など日本が抱える課題にも大きなヒントを与えてくれるような気がします。最終回では、山里暮らしの魅力や集落に根を下ろして生きる坂下さんの「これから」について伺います。 よく地域の人から「お前さんみたいな移住者がどうしたら来てくれるのか」と聞かれます。逆に地方で働いてみたいと思っている人たちからは「どうやったら食べていけるのか」とか「移住しても結婚はできるのか」などいろいろなことを聞かれます。私自身の経験も踏まえ、少しずつそれに答えるようなものをまとめられたらと思っています。『ChuClu 』もそのひとつ。「田舎でちょっと暮らしてみたいな」とか、田舎を離れた人たちがまた戻ってきたくなるような、あるいは戻ってきやすくなるような冊子になればと思います。
山里の暮らしは、飽きることがないんですよ。雪が溶けたらすぐに農作業が始まって、秋まで大忙し。やがて雪が降って仕事ができなくなるのは12月から3月くらいまで。その間も除雪のアルバイトをしたり、1月からは毎週のように除雪体験にやってくる人たちの受け入れの手伝いをしたり。それ以外に、農繁期のまとめや振り返りもします。お金の計算や農業の技術についての勉強、それに次年度の計画作り。視察や研修にも出かけるし、そうしているうちに雪が溶けて、また農作業の始まりです。
――日本有数の豪雪がもたらす質の良い美味しい水は、集落の人々の喉と棚田をたっぷり潤し、これまた日本有数の美味しい米となる。集落には、「ご隠居は雪が降れば降るほど喜ぶ」という言葉があるとか。雪かきはきついけれど、この雪がないとこんなにおいしい米はできない。池谷の人たちは、だから皆、力を合わせて豪雪の冬を乗り越えていく。 ここでの暮らしは、1年に1度しかできないことの連続です。生まれ育った香川では春、夏、秋が来たら次の春まで長い秋が続いているような感じがしていましたが、ここではすべての季節が劇的に変化して毎年感動する。池谷に暮らしているおばあちゃんも言うんです。「70歳を過ぎても毎年春は感動するのよね」と。その感覚はわかる気がします。つい、次の季節、また次の季節と、追いかけてしまう。それが楽しくてあっという間に年月が過ぎていくのです。

無農薬米を都会からのボランティアと一緒に「はざかけ」にする
これから2、3年で、私の人生も大きく変わっていくのでしょう。考えてみると、変化ばかりですよね、女の人は。私も移住するまで結婚や子どものことなど考えたこともなくて、ただ目の前の農業をやっていればいいと思っていました(笑)。この地域の家庭は皆、子どもが大勢いる大家族。地域自体が家族のようで、頼り合い、大きなお世話をかけ合う関係があるから、子だくさんで多世代が幸せに生活できているのかな。
そのような大家族をたくさん目にすると、本当にこの地域に来てよかったと感じます。私もたくさんの子どもに囲まれて、山でちゃんと仕事をして、幸せなおばあちゃんになりたい。そして、この集落が持っている文化や自然、集落の人たちが私に教えてくれた大切なことを、同じように丸ごと次の世代につなげたいと思います。
――取材は、田植えが終わった初夏。棚田に燦々と陽が降り注ぐ池谷集落は、すでに汗ばむ陽気だった。四季の寒暖の差も、おいしいお米の条件なのだと納得した。帰京してすぐに新米を予約。どうしても味わいたくて、「はざかけ米」も奮発した。実りの秋、池谷はまた忙しくなるだろう。私も黄金色に染まった棚田と坂下さんの素敵な笑顔を思い浮かべながら、新米をほおばるのが今から楽しみだ。(構成/白田敦子、写真提供/坂下可奈子)