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美しいくらし
ひとり出版者の仕事 暮ラシカルデザイン編集室
沼尻亙司
第2回 『ぜんぶパー』からの起死回生で、それは始まった
 編集室の仕事を説明をする時、「文章書いて写真も撮ってます」なんて言うことが多いけど、そう話しながら「でも、それだけじゃないよなぁ」と、心の中で呟き、ひと言で伝える難しさに悶える自分がいる。
 例えば、房総半島の南側のフィールドにフォーカスしたガイドブック『BOSO DAILY TOURISM』の制作がまっさかりだった昨夏の、ある一日を振り返ってみる。
 
 その日は、館山市の田園の中にある「ブロワ珈琲焙煎所」から始まり、南房総の山に抱かれた「free style furniture DEW(デュー)」、そして、関東地方唯一の捕鯨基地がある和田浦の食事処「さかな」を訪ねた。

「ブロワ珈琲焙煎所」は町工場を思わせる、スタイリッシュな焙煎工房


 「ブロワ」では、コーヒーの焙煎風景の写真撮影を行った。ブロワの店主、西村さんは「直火式で個性を出したい」と、「ブタ釜」と呼ばれる古い直火式焙煎機と日々向き合っている。そのコーヒーのおいしさの背景を伝えるための撮影である。
 撮影を終えたら、品切れになっていた『房総コーヒー』を追加納品。実はブロワでは編集室の本を販売してくれている。毎回買い取っていただいているのでその場ですぐ現金清算。私が領収証を記入している側から、西村さんはすぐ本を売り場にディスプレイしてくれる…ありがたい!
 

さっそく最新刊もコーヒー豆の隣に置いていただいた

 ブロワでは、コーヒーを片手に本を読んでくださる常連さんがいたり、「載っているところを巡りたい」と言って本を買い求めてくださる観光客の方がいたりと、本を通じたいいリズムが生まれていて、本当に嬉しい気持ちでいっぱいになる。
 その後は、古材家具工房にカフェギャラリーを備えた「DEW」へ。新たなカフェ空間を増築中とのことで、今後の取材の方向性について打ち合わせをした。

 最後の立ち寄り先は「さかな」。撮影しつつ、クジラ料理の魅力や郷土食としての歴史、お店を開くきっかけなどを伺うなどして、取材を進めた。そして、帰宅後はこの日撮影した写真の選別や、取材内容のテキストをおこす作業が待っている……。

「free style furniture DEW」。2019年1月に新たなカフェ空間が完成した

「さかな」では定番の竜田揚げや、クジラの刺身などを味わえる

 ……という具合に、一日だけの仕事をピックアップしてみても、取材や撮影、打ち合わせに納品、清算、そしてパソコン作業と、複数の仕事をこなしている。
 だが、編集室の仕事はそれだけではなく、レイアウトデザインや本に使う紙の選定、本の営業や発送・配達作業など、印刷・製本以外の本づくりに関わる多くの部分を行っている。そしてそれらを基本的に私一人でやっている。だから、編集室の仕事をワンフレーズで表現しにくい。仕方がないので便宜的に「ひとり出版者」と呼んでいるのである。

 でも、最初からひとり出版者をやろうと思って始めたのではない。実は、思いもよらないトラブルがきっかけだった。今から5年近く前のこと……。

 当時は、勤めていた千葉県の情報誌を制作する会社を退職し、フリーで情報誌や自治体の広報誌で連載記事を持ちつつ、出版社からスポットでカフェやパンの本の取材、撮影、執筆の仕事をいただいていた。
 
 その時も、ある出版社から「千葉のカフェ本を作るので、十数軒取材してほしい」と依頼があった。大好きなカフェ取材! と嬉々として取材に臨み、記事を完成させた。もちろん、掲載用の写真も揃えた。データを出版社に送信し、あとは刷り上がりを待つばかり。

 ところが、私の元に送られてきたのは完成した本ではなく、弁護士のハンコが押された、ただならぬ雰囲気の文書だった。「えっ、訴えられるようなコト、なんかしたか!?」と理由も分からぬままおののきつつも、文面に目を通す。私に仕事の依頼をしていた出版社が破産し、原稿料未払いのために私が債権者である。そんな内容だった。動揺する手でスマホを取り出し、すぐさま担当編者に連絡を入れる。電話からこぼれた涙混じりの編集者の言葉は「私も、昨日知ったんです」だった……。
 
 その出版社の社長は、すでに雲隠れ状態であった。印刷代の支払いで資金繰りがショートしたらしく、原稿代程度のお金はとても回収できる感じではなかった。だが、原稿代よりも本にならなかった記事の方が、私の中では大問題だ。取材に多大な時間を割いてくれたカフェ店主の方々に、どう事情を説明すればいいのか。「出版社が破産して、取材したもの全部、パーになりました」なんて言えるだろうか。記事には店主のみなさんの熱量が込められているのだ。

これまで会社任せだった色校正の発注も、初めて自分でやった。すべての作業がドキドキだった

 仕方がなく、作っていた記事を家庭用のプリンターで印刷。取材させていただいたすべてのカフェを回り、事情を説明しながら「こうなる予定でした」と記事を手渡した。すると、多くの方が「いや、沼尻さん。これを本にしたらいいんじゃない? 本にできたらうちに置いてあげるよ」。そう声をかけてくれたのだ。

 だが、個人が本なんて出版できるものなんだろうか? 本なんて直木賞作家のようなビッグネームであったり、規模のでかい出版社が出せるような、そんなイメージがあった。そんな時、知人から具体的なアドバイスをもらった。
 「B6サイズで70ページくらいでしょ? 紙にもよるけど、ネット印刷なら十数万で1000部くらい刷れるんじゃない」。
 

納品されてきた『房総カフェ〜扉のむこうの自由を求めて~』。梱包を解く手が震えたのを覚えている。表紙は富津市にある森のカフェ「cafe GROVE」

 確かに。調べたらパソコン1台分くらいの値段で刷れる……できそうだ。よし、やろう。せっかくだから、自分の思い通りのレイアウトにして理想の本を作ろう! そうして作り上げたのが初めての自費出版本『房総カフェ〜扉のむこうの自由を求めて~』だった。

 その本を掲載店一店一店にお届けし、カフェで本が売られることとなった。「こんな取材を受けてね」「こんな事情があって自費出版したんだって」と、お店の方たちは、この本の背景までお客さんに伝えてくれていて、本当にありがたかった。
 そしてそれは、「本に込めた熱量が伝わるってどういうことなんだろう」と考えるきっかけにもなり、「本は本屋で売られているもの」という固定化された「あたりまえらしさ」は、こうしたリアルな体験から覆されることにもなった。(つづく)

沼尻亙司さんの公式サイト「暮ラシカルデザイン編集室」
https://classicaldesign.jimdo.com/
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【ぬまじり・こうじ】
1981年千葉県生まれ。千葉県全域のタウン情報誌『月刊ぐるっと千葉』編集室に在籍した後、2014年に千葉・勝浦の古民家を拠点にした「暮ラシカルデザイン編集室」を開設。「房総の名刺のような存在感としての本」を目指して、取材・制作・編集などの本づくりから営業までを行う。これまでに、人・地域にフォーカスした『房総カフェ』『房総のパン』『房総コーヒー』『房総落花生』『BOSO DAILY TOURISM 房総日常観光』などのリトルプレスを発行。
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